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閑話 川端のコンポタ事件②

 そのことにちゃんと気づいたのは、何日か経ってからだった。


 階層攻略中のインターバルの夜。

 支給されたコンポタの紙パックをスキル操作で器用に温めながら、川端はベッドの端に腰かけていた。


 ストローをくわえ、軽く吸う。

 とろりとしたスープと一緒に、小さな粒が舌の上に転がった。


「……あ」


 思わず、声が漏れる。


 コーンの粒を、無意識のまま奥歯で噛んでいた。

 ぷち、と手応えがあって、砕けた甘みが口の中に広がる。


「久々に、なんか噛んだな……」


 言ってから、自分でおかしくなって笑う。

 当たり前すぎて、前の世界では一度も意識しなかった動作だ。


 こっちに来てからは、ずっと“飲むだけ”だった。

 水もだめ、冷たいお茶もだめ、ぬるくなった味噌汁すらアウト。


温かい液体だけがギリギリ通る、細い細い線の上で、生きてきた。


 スープだって、本当は具入りが恋しかったけれど、

 具だけよけて、残りだけすするのにも、だいぶ慣れてしまっていた。


 なのに。


「コンポタは、いけるんだよな」


 もう一度ストローを吸う。

 今度はわざと、コーンの粒を探すように舌を動かす。


「……マジで?」


 笑いがこみ上げてきて、肩が揺れた。


 最初は、東金のパナシーアだった。

 あいつが寝ぼけて作った、具入りのコーンポタージュ味。


 あの時も、噛んで、飲み込んで──何ともなかった。


「液体しか摂れねえ、はずだったんだけどな、俺」


 ペナルティの説明を、頭の中でなぞる。

 “温かい液体以外の摂取を禁止する”

 あの、腹の立つくらい事務的な文字列。


 コーンの粒は、どう考えても液体じゃない。

 でも、これは大丈夫だ。


「……やべ。めちゃくちゃデカい進歩じゃねえか、これ」


 思わず、にやけた。


 好きなものを好きなだけ食える、なんて贅沢はもう無理だろう。

 それでも、「まったく噛めない」と「コンポタの粒くらいは噛める」の間には、相当な差がある。


「湊のパナシーア、やっぱ反則だわ」


ありがたい意味で反則なのか、あとでツケが回ってくる意味で反則なのかは分からない。

 けれど、今この瞬間だけは、素直に感謝しておきたかった。


 最後の一粒までしっかり噛んで飲み込んでから、川端は小さく息をついた。


「……コンポタだけでも、噛めるなら、上等だろ」


 自分に言い聞かせるようにつぶやいて、空になった紙パックを軽く握りつぶした。

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