↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/60

第22話 試着


 木古内が作ってくれた「サニタリーゾーン」は、ダンジョンの中とは思えないくらい落ち着いた空間だった。


 パネルで仕切られた小部屋がいくつか並び、その奥に少し広い共有スペースがある。


 さらに、一番奥に、壁で囲まれた一回り大きな個室がいくつかあり、それから目隠しになるパーティション付きの着替えスペースがある。男子校時代なら「ここは女子用かな」と思いそうな設備が、一箇所にぎゅっと詰まっている。


 いま、その入口には「使用中」と書かれた札がぶら下がっていた。


「じゃ、行くか」


 圭が、片手に下着セットの箱を持ちながら言う。


 俺も自分用に選んだスポブラとショーツのセットを抱えて、そのあとをついていった。


 背後からは、男子たちの好奇と気遣いが混じった視線を、ひしひしと感じる。


「中、覗いたら殺すからなー」


 圭が振り返りざまにさらっと言うと、「誰が覗くか!」というツッコミと笑い声が返ってきた。


 サニタリーゾーンの扉を閉めると、外の喧騒が少し遠のく。


 圭が、ふうっと息を吐いた。


「……ふう。こっから先は、女子更衣室ってことで」


「言い方」


 でも、そう言われると、少しだけ気持ちが切り替わる。


 木古内が気を利かせてくれたのか、着替えスペースにはちゃんとカーテン付きの小さなブースが二つ並んでいた。


「どっち入る?」


「どっちでも」


「じゃ、こっちね」


 圭が右側のカーテンをしゃっと開けて、中にスポブラの箱を置いた。


 俺も、反対側に入る。


 カーテンを閉めると、そこは畳一畳分くらいの、狭いけれど自分だけの空間だった。


 天井の明かりが、スポブラの生地を柔らかく照らす。


 黒地に、グレーのラインが入ったシンプルなデザイン。


 触ってみると、生地はしっかりしているけれど、固すぎない。


 胸の部分には薄いパッドが入っていて、ゴムは厚めだ。


「湊、サイズ合いそう?」


 カーテン越しに、圭の声がする。


「たぶん……」


 自分の胸元を押さえて、スポブラを重ねてみる。


 この世界に来てから、ずっと意識してしまうようになった膨らみ。


 服越しに見るだけでも、自分が「男子じゃない」ことを実感させられる場所。


「うん」


 圭の言葉に合わせて、パーカーの裾をつかむ。


 木古内がこのスペースを作ってくれていなかったら、こんなふうに落ち着いて脱ぐこともできなかっただろう。


 男子たちの視線を気にしながらジャージを脱ぐなんて、想像しただけで無理だ。


 ここは、扉とカーテンと、木古内の気遣いで守られた小さな島だ。


 パーカーを脱ぎ、いままでの簡易ブラ代わりのタオルを外すと、ひやりとした空気が胸元に触れた。


元に触れた。


「……」


 鏡はないけれど、自分の体のラインは、手のひらが覚えてしまっている。


 深呼吸をひとつしてから、スポブラに腕を通した。


 慣れない動きで少しもたつきながら、肩ひもを引き上げ、背中側のゴムをぐいっと下ろす。


 胸を手でおさえて、下から生地を持ち上げるようにして、位置を整える。


 ぴたり、と収まった瞬間、今までとの違いがはっきり分かった。


「……あ、これ」


思わず声が漏れる。


 カーテンの向こうから、圭の声がした。


「どう?」


「なんか……全然違う」


 胸が動かない、というわけではない。


 けれど、今までみたいに「布一枚で何とかしてます」みたいな心もとない感じがない。


 全体を包まれて支えられている安心感がある。


 ジャンプしてみたら、揺れ方もだいぶ抑えられそうだ。


「さすがダンジョンクオリティって感じだな」


 圭の方からも、小さく感心したような声がする。


「こっちもいい感じ。これなら走り回ってもイケるわ」


「圭、そのサイズでもちゃんと支えられてる?」


「支えてくれないと困る」


 どこかおかしそうに笑っている。


 圭の方のスポブラは、きっと俺より一回りも二回りも大きいサイズだ。


 それをちゃんと受け止めているのなら、この装備は本当に「当たり」なのだろう。


 ショーツも、さくっと履き替える。


 こちらも、余計な装飾はなく、ウエストゴムは太めで、足さばきの邪魔にならなそうだった。


 服を脱いでいるというより、「戦闘用インナーに着替えている」という感覚の方が近い。


「湊」


「なに」


「ちょっとだけ、カーテン開けて、シルエットだけ見せ合わね?」


「シルエットだけって何」


「ほら、サイズ合ってるかどうか、外側から見ないと分かりにくいところあるし。胸の位置とか、ストラップ食い込んでないかとか。女兄弟チェック的な」


 女兄弟チェックという単語が、妙に説得力を持っている。


 たしかに、自分一人では気づかないバランスの悪さもありそうだ。


「……じゃ、上だけ」


「了解」


 お互い、パーカーやジャージはまだ着ていない。


 スポブラとショーツだけの状態で、カーテンを指二本分くらい、そっと開ける。


 目線より上で。


 互いの首から下、肩から胸のラインだけが、カーテンの隙間に重なった。


「おー……」


 圭が、素直な声を出す。


「湊、そのサイズでその形なら、これで正解だわ。ちゃんと支えられてる」


「圭は……」


 言いかけて、言葉に詰まった。


 金髪をまとめて後ろに払った圭の肩。


 スポブラに収まっているけれど、それでもはっきり分かるボリューム。


 さっきまでジャージに押し上げられていたラインが、今はしっかりとホールドされている。


 スポブラの黒い生地が、圭の胸にぴたりと沿っていた。


「……すごいな」


「感想が雑」


「いや、ちゃんと支えてるなって意味で」


「だろ?」


 圭は、自分の肩ひもを指でつまみながら、位置を微調整している。


「これなら、テンパーチャーで前に出ても、胸のことそこまで気にしなくて済みそう」


 それはたぶん、俺も同じだ。


 パナシーアで走り回るとき、ずっと意識のどこかで「変な揺れ方してないか」を気にしていた。


 このスポブラなら、その分、戦闘と回復に集中できる。


「よし。確認終わり」


 圭が、ぱんと手を叩く音がした。


「一回閉めよ。これ以上やると、なんか変な気分になってくる」


「同意」


 同時に、カーテンを閉じる。


 その布一枚が、男子時代との距離感まで仕切ってくれている気がした。


 パーカーを着直す。


 スポブラ越しの胸は、さっきよりも形が整っていて、揺れも少ないはずだ。


 でも、見た目には大きな違いはない。


 男たちの前に出ても、今まで以上に意識されることは、たぶんない。


 それでいい。


「湊」


 カーテンの向こうから、圭の声がする。


「なんかあったら、遠慮なく言えよ」


「何が」


「うん。こっちも、何かあったら言う」


「よし。じゃ、男子共の待つ世界に戻りますか」


 圭が、軽く息を吐いてから言う。


 サニタリーゾーンの扉の向こうには、いつもの男子校の空気が待っている。


 でも、その前に。


 スポブラとショーツという、ちゃんとした「装備」を手に入れた。


 それは、女体化というペナルティの中で、自分たちが取り戻した、ささやかな安心だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。