第20話 加島の野望リターンズ
圭の「ブラ問題」宣言で、一度しんと静まり返った待機部屋に、別の声が割り込んだ。
「……ダイス願い案件、だな」
その一言に、何人かがぴくっと肩を揺らす。
声の主は加島だった。
ゲーム好きで、オタク寄りの男子。さっきからニヤニヤと相談を聞いていた張本人だ。
その一言に、何人かがぴくっと肩を揺らす。
「装備扱いにするなら、ダイス願いで引き当てるのが一番手っ取り早くね?」
そう言って、わざとらしく手を挙げる。
「はい、ここで私の温存した願いが火を吹くわけですよ」
「お前……」
思わず声が漏れた。
ダイスの願いは、一人一回きり。
石切はすでに「皆の衣装支給」で自分の分を使い切っている。
他にも、ちょっとした便利アイテムやスキル補助に願いを使ったやつが何人かいる中で――
「そういえば、お前だけまだ使ってなかったな」
前衛の誰かが、あきれたように言った。
「温存してたっていうか」
加島は胸を張る。
「ここぞという『こだわりポイント』が来るまで、取っておこうと思ってたわけ。で、今だろ、これ」
男子校のど真ん中で、「こだわりポイント」と言い切る内容が下着なの、どうなんだろう。
でも、反論しづらいのも事実だ。
圭が肩をすくめる。
「正直、助かるわ。石切もう使っちまってるしな」
「だろ?」
加島の目がきらきらしている。
そのきらめきが、決して下心だけではないのが、余計にタチが悪い。
こいつはこいつで、ちゃんと「装備」として考えているのだろう。
そのうえで、「男子校に女子装備を公式投入する」というシチュエーションに、オタクとしてテンションを上げている。
「ただし」
圭が、すっと割り込む。
「条件あるわ」
「はい出た。お姉ちゃんみたいな顔」
「実際、妹いるからな。今はお姉ちゃんってのは間違いじゃないし」
圭は自分の胸元を指でこん、と叩く。
「まず、用途は完全にスポーツ寄り。動きやすさ最優先。変にフリルとかリボンとか付けて、実戦で邪魔になるのはナシ」
「了解。性能重視」
「あとサイズ。俺と湊、体型違うから、ちゃんと範囲で出してもらう」
そう言って、視線をこちらに向けてくる。
「湊、恥ずかしいかもだけどさ。だいたいのサイズ感、頭ん中でイメージしといて」
「……努力はする」
男子の前で、自分のサイズを考えさせられる日が来るとは思わなかった。
でも、ここで誤魔化したら、あとで走るたびに後悔することになる。
それはもう、嫌というほど分かっている。
「で、色とデザインは」
加島が、そこでしゃしゃり出る。
「基本モノトーン系でベース抑えつつ、差し色で……」
圭が、すかさず制した。
「おい。今からお前の趣味全開にする気だろ」
「バレた?」
「バレバレだわ」
一拍置いてから、圭は少しだけ表情を緩める。
「でもまあ、完全に外してなきゃ、多少なら遊んでもいい」
「おっ」
「こっちはこっちでチェックするからな。スポブラ系メインで、余裕あったら普通のやつも少し、くらいのバランスで」
「任された」
加島は、ぐっと拳を握った。
男子校の一室で、「スポブラ配置バランス」という言葉が飛び交う日が来るの、本当にどうなんだろう。
でも、不思議と嫌悪感はなかった。
圭が、コメディの方向に引っ張りつつ、ちゃんと真面目に「装備」の話として進めてくれているからだ。
「問題は、これだよな」
加島が、腰のあたりをぽんと叩く。
「ダイスの願いって、一人一回きり。俺がここで変なこと口走って外したら、お前ら一生根に持つだろ」
「そりゃそうだろ」
「だからこそ、ちゃんと男として――」
そこで、なぜか一呼吸置く。
「男子校生代表として、誇りを賭けて願う」
妙にいい声で宣言されて、部屋の温度がまた少し上がった。
「男子校生の誇りと下着を一緒にするな」
誰かが即座に突っ込む。
でも、笑いはちゃんと起きた。
圭がふっと笑い、俺もつられて口元が緩む。
け遠くに行った気がした。
「……じゃ、やるか」
加島が、ダイス用の小さな祭壇の前に立つ。
透明な立方体の中で、例の宝石のように輝く青いサイコロが、ゆっくりと浮かび上がった。
『個別願い受付モード。願いを口頭で宣言してください』
頭上から、いつもの無機質な声。
加島は、深呼吸をひとつしてから、真顔になった。
「願いを一つ」
「あんまり恥ずかしくない感じの、運動用メインの女性用下着セットをください」
言い切った。
部屋の隅で誰かが吹き出し、慌てて口を押さえる。
アナウンスが、数秒の沈黙のあとで応えた。
『願いの内容を確認。戦闘補助装備として有用と判断』
ダイスが、くるくると高速回転を始める。
『出目によって、支給点数と品質を変動させます』
「よっしゃああああ!」
なぜか、その瞬間にクラス全体から声援が飛んだ。
「がんばれ男子校生代表!」
「頼むぞ加島ー!」
「変なレースとか要らねーからな!」
男子校のテンションが、完全にコメディに振り切れていく。
俺は、灰色パーカーのフードをぎゅっと握った。
圭が隣で、小声でつぶやく。
「……外したら、一生ネタにしてやるからな」
「プレッシャーすごっ」
笑い声と冷やかしと、少しの期待がごちゃ混ぜになった空気の中で。
ダイスが、ぴたりと止まる。
浮かび上がった目は――。




