第19話 喫緊の課題
第二階層の攻略も順調に進んでおり、今日は早めに切り上げて明日に備えようと攻略組全員で帰還。
待機エリアに戻ってきて、ようやく一息つこうといったところで、上着を脱いでベンチや床に腰掛ける一堂。
けれど、男子たちの視線は相変わらず、妙なところで固まっている。
身体を動かして帰って来た男子高校生達が集まって楽な格好に着替えている様はまさに男子更衣室のような様相を呈していた。
蜂蜜色に輝く長い金髪に非常に整った美しい顔立ち。男顔負けの長身でスタイルも抜群に良い。ジャージの前を押し上げる、大きく膨らんだラインが印象的な、我らの仲間の一人。
その男達の集団に混ざっている八千穂圭は、どう見ても「男子更衣室にいていい見た目」ではなかった。
「なぁ」
その本人が、唐突に口を開いた。
部屋の空気が、ぴんと張る。
「そろそろ、真面目に考えないといけないことがあるんだけどさ」
言いながら、圭は自分の胸元を、わざとらしく指先でつついた。
ジャージが柔らかく歪んで指が深く沈む。それに、男子たちの視線が一斉に向き……すぐにあちこちへ泳ぎだす。
「……ブラ問題」
ど真ん中の単語が、石壁に吸い込まれるように響いた。
「ブ……」
誰かが変なところで言葉を切った。
俺も、思わず咳き込みそうになる。
それは、全員がうすうす気づいていて、誰も口に出したくなかった問題だった。
女体化してしまった以上、避けて通れないやつ。
「だってさ」
圭は、あくまで平然と続ける。
「このサイズで揺れっぱなしって、ふつうに走りにくいんだって。お前ら、知らねーだろうけど」
そう言って、軽くその場でステップを踏んでみせる。
ジャージの前が、わずかに遅れて上下する。
男子たちが一斉に目を逸らした。
「見ない努力してんのは分かるけど、存在自体は消えないんだよな、これが」
圭は苦笑する。
「で、同じ女体化組でも」
視線が、こっちに向く。
「湊は、多分こういうの自分から言わねーだろ」
「……」
否定できなかった。
女の身体になってから、ずっと意識していたのに、どう言い出せばいいか分からなかった話題だ。
男のクラスメイト相手に、「ブラが」とか「下着が」とか、どの口で言えばいいのか。
「うち、姉貴も妹もいるからさ」
圭は、さらっと言った。
「下着がどんだけ大事か、男時代からそれなりに見聞きしてきたわけ。サイズ合ってないと肩凝るとか、肌荒れするとか、スポーツの時はホールド力がどうとか、延々聞かされてきた」
そこで一拍置いて、わざと明るめの声に変える。
「でだ。どうせ女になっちまった以上、性能ちゃんとしてる方がいいに決まってんだよ」
男子たちの何人かが、居心地悪そうに身じろぎした。
でも誰も、「そこまで考えなくていいだろ」とは言えない。
さっきの戦闘で、圭の前に立つ動きを、全員が見ている。
あの胸で全力ダッシュを繰り返していたら、単純に戦力のロスだ。
「だからさ」
圭は、ふっと笑ってから、きっぱりと言った。
「誰かのスキルかダイスの枠、どっかで一回『下着セット』に使わせてくんね?」
部屋の温度が、一瞬だけ上がる。
「いや、マジで真面目な話な。これは『お楽しみ』とかじゃなくて『装備』」
そう言って、圭は自分の胸を指でこん、と軽く叩いた。
「ここにちゃんとした防具ないと、いろんな意味で危ないから」
言われてみれば、理屈としては完全に正しい。
男子の誰かが、おそるおそる手を挙げた。
「その……湊の分も、ってこと?」
「当たり前だろ」
圭は即答する。
「俺だけ揃えてどうすんだよ。あいつの方が先に女になってんだし」
そこで一瞬だけ、こちらを見てにやっと笑う。
「ファッション的にもさ。灰色パーカーに合うスポーツブラとか、考えるの結構楽しいぞ?」
「楽しむな」
思わず突っ込んでいた。
でも、少しだけ救われた気がした。
圭が「オシャレ好きな女子視点」を、そのままジョークに変えてくれている。
男子校で、下着の話を真面目に議題に上げるのは、やっぱりきつい。
こうやって、笑い半分で押し切ってくれるなら、まだついていきやすい。
「ダイス願いで『運動用の女性用下着セット』とか、かなりピンポイントに狙えそうだしな」
男子たちの間に、納得とも苦笑ともつかない空気が広がる。
石切が、ぽりぽり頭をかきながらつぶやいた。
「……まあ、装備って考えれば、アリっちゃアリか」
「そうそう」
圭が指を鳴らす。
「元の世界でも、スポブラとかランニングタイツとか、『見た目ちょっとあれだけどガチ装備』ってあるじゃん。それの延長線」
そう言い切る圭の横顔は、男の頃と変わらず「面倒見のいい先輩」のそれだった。
「なぁ」
圭は、真剣な目で続ける。
「湊」
不意に名前を呼ばれる。
「嫌だったら、ちゃんと言えよ。無理に『女子っぽいの』着せようとは思ってねーから」
「……うん」
少し考えてから、答えた。
「動きやすくて、あんまり目立たないやつなら……手伝ってくれると助かる」
圭の口元が、ほんの少しだけ和らぐ。
「任せろ。そういうの、得意だわ」
その言い方に、いつもの「オシャレ好きな八千穂」の気配が戻ってきた。
男子校の待機部屋で、女体化した二人の下着の相談。
冷静に考えたら、かなりカオスだ。
それでも、これをきちんと決めておかないと、この先もっと困るのは自分たちだ。
下着問題は、もう「ネタ」ではなく、完全に「装備の一部」になっていた。




