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第18話 川端の食事事情


 第二階層でルベルを仲間にした俺たちは、来た時と同じく石のリザードマンを撃破しつつ、一度待機エリアまで戻り、腰を下ろした。


 息が上がっているのは、戦闘のせいだけじゃない。


 慣れない迷宮歩きと、いつ来るか分からない敵への緊張で、みんなの顔から余裕が消えていた。


「……腹、減ったな」


 誰かがつぶやく。


 木古内のサニタリーゾーンに備えてあった保存食は、もうほとんど残っていない。

 このフロアではまだまともに食べられるものも見つかっていない。


「俺は、腹減っててもあんま関係ねーけどな」


 だるそうな声がして、そっちを見る。


 川端が、壁にもたれたまま、手のひらの上で小さな炎を転がしていた。


 その炎の色は、さっきよりも少しだけ弱々しい気がする。

 けれど、本人は気にしていない様子だった。


「関係ないって、どういう意味だよ」


「ほら、俺、まともな飯あんま食えねーじゃん。

 どうせ特製ドリンクみたいなやつじゃないと栄養にならねーし」


 軽く言ってるけど、さらっと重いこと言ってないかこいつ。


『対象は今後、常温の水および一般的な固形食を摂取した場合、体調不良を引き起こします』

『対象は、生存のために、定期的に高温の特製飲料を摂取する必要があります』


 あのアナウンスが頭の中で再生される。


「……今のところ、その“特製飲料”って、どこから出てんだ?」



「知らね。たまに迷宮から支給されるんだよ、ほらこれ」


 川端が、足もとに置いてあった金属製のボトルを持ち上げる。


 湯気が立っている。

 蓋を少し開けると、スープのような匂いがした。

 悪くはない。けれど、自由に選べる感じではない。


「味はまあまあ。飽きるけどな」


「贅沢言えんだろ」


 藤堂が笑う。


「こっちは普通の水ですら貴重なんだぞ」


「分かってるよ。だから文句は言わねーし」


 川端は、そう言いながら一口飲んだ。


 その表情が、一瞬だけ、ほんの少しだけ和らぐ。


「……で、そっちは?」


今度は、川端が俺の方を見る。


「さっきの、毒治したやつ。パナシーアだっけ」


「ああ、あれか」


 手を見つめると、視界の端に小さな表示が浮かぶ。


『使用:パナシーア(毒) 残り回数:4/5』


 残り四回。



「今のところ、五回まで使えるっぽい。種類を変えてもいいのかは、まだ試してないけど」


「強くね? それ。

 湊のペナルティの重さ考えたら、まあ妥当っちゃ妥当だけど」


 川端の言い方は、妙にあっさりしていた。


 俺は、少しだけ迷ってから、手をかざす。


「試しに……《パナシーア》、回復用」


 そう口にすると、また手のひらがじんと熱くなった。


 今度現れたのは、さっきよりもやや大きい瓶だ。

 中身は薄いオレンジ色。

 さっきの毒消しとは、微妙に色合いが違う。


「おお……」


 周りから小さな歓声が上がる。


中身は薄いオレンジ色。

 さっきの毒消しとは、微妙に色合いが違う。


「それ、回復薬っぽい見た目だな」


「ゲームのポーションって感じ」


 川端と藤堂がポーションを覗き込みながら呟く。


「……味って、どうなんだろ」


 自分で言って、自分で首をかしげた。


 その瞬間、頭の中に小さな選択肢が浮かぶ。


『味設定:未選択』

『候補:甘味/酸味/苦味/塩味/その他』


「味まで選べんのかよ……」


 思わず声が出た。


「何それズルい。俺の特製ドリンクも選ばせてほしいんだけど」


 川端が、若干真顔で文句を言う。



「いや、まだ本当に自由に選べるかは分からんけど……

 とりあえず、一番無難そうなイメージを思い浮かべる。


 スポーツドリンクみたいな、ちょっと甘くて飲みやすいやつ。


「……よし。《甘味・さっぱり系》」


 ぼそっとつぶやいてから、瓶の蓋を開けてみた。


 ふわっと、柑橘っぽい匂いがする。


「うわ、マジでスポドリ系の匂いしたぞ今」


 藤堂が目を丸くする。


 恐る恐る一口飲んでみた。


 甘すぎず、酸味もほどほど。

 スポーツドリンクとオレンジジュースの中間みたいな味だ。



「……普通にうまい」


「おお」


「いいなそれ」


 みんなの視線が一斉に集まる。


「いやでも、これは基本的に怪我人用だから。

 減らしたくないし、そうポンポン配れるもんでも──」


「一口でいいからさ」


 川端が、苦笑しながら手を伸ばしてきた。


「別に、回復とかいらねーけど。

 俺、冷たいもん飲めないからさ。

 こういう“ちゃんとした飲み物”っぽいの、久々に見た」


 ちょっとだけ、言い方が本気だった。


 断りづらい。


「……一口だけだぞ」


 瓶を差し出すと、川端は「さんきゅ」と言って受け取った。


 その瞬間、ほんの一瞬だけ、彼の表情が緩んだ。


「どうだ?」


「うん……うまい。

 てか、ちゃんと“飲みたい味”って感じ」


 嬉しそうでもあり、どこか物悲しそうでもある顔。


「俺さ、ペナルティ食らってから、マジで“自分で選んだ味”ってやつ、ほとんど飲んでねーんだわ。

 熱くて、栄養あれば何でもいいですよーって感じのばっかで」


「……」


 言われて初めて、その重さに気づく。


 俺のポーションは、冷たくても飲める。

 それだけで、川端にとっては、今飲んでいる特製ドリンクとは違う「普通の飲み物」に近いのかもしれない。


「ありがとな、東金。

 まあ、これに頼りすぎるのもアレだろうけど」


 瓶を返される。


 中身は、ほんの少し減っただけだ。


『使用:パナシーア(軽傷) 残り回数:4/5』


 表示は変わっていない。

 どうやら「味見程度」ではカウントされないらしい。


 その仕様に、少しだけホッとした。


「ねえねえ」


 そのとき、少し離れたところから、軽い声が飛んできた。


「いいなあ、東金ばっかモテて」


「誰がモテてるか!」


 振り返ると、石の出っ張りに腰かけていた八千穂 圭が、頬杖をつきながらニヤニヤしていた。


 長い金髪が、迷宮の薄暗い光の中でもやたら目立つ。

長身で足が長いから、ただ座っているだけでも様になる。男の時から美形ではあったが、女になった今ではそれが他とは隔絶したレベルで上昇している。


「いいよねー、“姫ポジ+回復役”って。

 パーティで一番大事なポジションじゃん」


「姫って言うな」


「じゃあ何て呼べばいい?

 “ポーションメーカーお姉さん”?」


「もっとひどくなってるからやめろ! っていうか、今ならお前のが姫じゃねぇの?」


「ん? あー、そうかも? じゃあ二人共姫だなー」


 八千穂は、けらけら笑いながら、俺の手の中の瓶を指さした。


「でもさ、それ、けっこう可能性あるよね」


「可能性?」


「川端みたいに“普通の飲み物”縛り食らってるやつ、今は一人だけだけどさ。

 今後も、変な食事制限とか付くやつ、絶対出てくるじゃん?」


 さらっと言いながら、周りを見回す。


「そういう連中にとっては、“湊のポーションだけは普通に飲める”みたいになったら、けっこうデカくない?」

「……」


 図星だった。


さっきも、ただ一口飲んでもらっただけなのに、川端の顔は明らかに和らいでいた。


 パナシーアの説明文には、「怪我、毒、麻痺、病等に効く」としか書いていない。

 でも、「飲み物としてどう扱うか」は、俺の自由次第だ。


「味、選べるんだろ?」


 八千穂が、いたずらっぽく笑う。


「だったらさ。

 いつか、“冷たいジュース風パナシーア”とか、“あったかいシチュー味パナシーア”とか、作れるようになったら面白くね?」


「シチュー味て」


突っ込んだものの、妙に具体的なそのイメージが頭に残る。


 もし、本当にそうなったら。

 川端みたいなやつでも、少しずつ普通の味に近いものを楽しめるようになるのかもしれない。


 今はまだ、分からない。

 飲み続けたらどうなるかなんて、試す余裕もない。


 けれど──


「……まあ」


 瓶を見つめながら、ぽつりと言う。


「そのうち、“ちょっといい味”くらいにはしてやるよ」


「お、約束?」


「約束とかじゃねえよ。ただの、将来の話だ」


 川端が、横からぼそっと言った。


「それでも、ちょっと楽しみにしとくわ。

 “俺のペナルティ、完全固定じゃないかも”って思えるだけで、だいぶマシだから」


 その言葉に、胸のどこかが少しだけ軽くなった。


 俺のペナルティは戻らない。

 でも、その代わりに得たパナシーアで、誰かのペナルティをほんの少しでもマシにできるなら。


 この女の身体も、少しは許せるかもしれない。




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