第16話 ボス撃破後の小休止(風連視点)
すみません、一部のセリフのやり取りから、先にこちらの話を差し込んだほうが良いと思った為、15話を16話にして入れ替えました。
待機エリアへ戻ってすぐ、石畳の床に、大の字で寝転がった。
天井は、相変わらずどこまでいっても石と闇だけだ。それでも、さっきまで暴れていた化け物がいないだけで、やたら広く感じる。
「……死ぬかと思った」
横で同じように寝転がった直江が、息を吐いた。
「お前の『ワン・サード』なかったらかなり危なかった」
「いやいや、距離いじったのはお前だろ。俺、ただの後衛スキルだし」
軽口を叩きながらも、腕は鉛みたいに重い。
そんな俺らの視界の端を、ひょいと誰かの影が横切った。
女の子みたいなシルエット。
東金――今は「湊」と呼んだ方がしっくりくる、クラスメイトが、アナウンスの光柱から少し離れたところで、ぽすんと座り込んだ。
さっき、あいつはまたダイスを振った。
ペナルティダイス。
もう二度と見たくなかった、あの透明な六面体。
「……湊、平気そうだな」
口に出してから、自分でも変な言い方だと思った。
比べてしまうのは、もう一人の例がいるからだ。
ボス部屋の隅。壁にもたれて座っている長身のシルエットに、どうしても目がいく。
八千穂圭。
ついさっきまで、バスケ部の「デカい方」として有名だった男だ。
今そこにいるのは、確かに背は高い。けれど、もう「デカい」という感じではない。どちらかと言えば、スタイルがいい。
腰まで届く金髪。制服ジャージの前を、明らかに処理しきれていないサイズの胸が押し上げている。
顔の造形は、文句のつけようがない美少女そのものだ。
男子校で「女装が似合うやつ」みたいな冗談はよくあったけれど、八千穂はそのレベルではなかった。あれはもう、「もともと女子校のアイドルでした」と言われた方が納得できる。
能力名は『テンパーチャー』本人の望んだ通り、温度を操る能力だそうだ。女体化した湊とおんなじようにかなり強力な能力らしい……そして、そのルックスとスタイルも強力になっちまった訳だ。
「……やっぱ、エグいよな。あれ」
無意識に、本音が漏れた。
直江が視線だけそちらに向けて、小さくうなずく。
「エグいけどさ。正直、助かってるだろ、クラス的には」
それもまた、本音だ。
俺達がボス部屋で戦ってる最中、待機エリアの守りを一手に引き受けてくれたのは、八千穂だ。
能力で低温のスキルを発動した途端、モンスター達の動きが明らかに鈍くなった、と待機エリアのクラスメイト達が言っていた。何の武器も持たずにモンスターと正面から殴り合えたのは、残ったクラスメイトでは奴だけだった。
問題は、その代償が「高身長金髪爆乳美少女」への完全女体化だった、という一点に尽きる。
湊の変化が、まだ「元の面影を残した女体化」だとしたら、八千穂はほぼ別キャラだ。別世界線のヒロインが、間違えて男子校に紛れ込んできたみたいな存在感がある。
「湊も、圭も……」
ぽつりと、直江が言った。
「変わり方は違うけどさ。あいつらがスキル使ってなかったら、ボス勝てなかったのは事実なんだよな」
その通りだった。
俺たち前衛組は、ただの「元スポーツ系男子」以上の何者でもない。スキルで多少強くはなっているが、あのレベルのボスに素で挑んでいたら、鼻で笑われて終わりだ。
回復も、ヘイトコントロールも、瞬間火力も。
それを、後ろから見ているのが、俺たちだ。
「……なあ」
ふと、隣に座っていた別のクラスメイトが口を開いた。名前は、たしか加島。オタク寄りのゲーム好きだ。
「俺さ。最初、湊がああなった時、『うわマジで女体化とかあるんだ、やべーなおい』って、半分ネタとして見てたんだわ」
いつもの調子で、さらっと爆弾を投げてくる。
直江がジト目を向けるが、加島は気にせず続けた。
「でもさ。圭までああなって、ボス戦であの動き見せられてさ。なんか、笑いにくくなったっていうか」
言葉を探すように、眉間に皺を寄せる。
「俺ら、あいつらの『犠牲込みの戦力』に甘えてる感じ、しない?」
図星だった。
湊の女体化も。八千穂の変身も。
全部「自分の後ろ側で起きた出来事」として消費しているのかもしれない。
怖いと思いながらも、どこかで「自分じゃなくてよかった」と安堵している。そんな自分が、一番嫌だ。
「……で、でもよ」
言い訳みたいに、言葉が口をついた。
「湊、自分からまたダイス振りに行ったじゃん。止めようとしてたの、直江だけだったろ」
「あいつ、ああ見えて頑固だからな」
直江が苦笑する。
「『誰かに押し付けたくない』とか言い出したら、止まんねーよ、湊は」
その言い方に、妙な説得力があった。
そういえば、元の世界でもそうだった気がする。
掃除当番を代わってもらう頼み事でさえ、やたら渋るくせに、他人の仕事は平然と引き取るタイプ。クラス委員を押し付けられても、結局ちゃんとやりきるタイプ。
そういう奴が、よりによって女体化なんて重すぎるペナルティを背負わされて、それでもまだ前に出ようとしている。
「……ずるいよな」
ぽつりと本音が漏れた。
ずるいくらい、カッコ悪くて、カッコいい。
圭の方は圭で、まだ現実を飲み込めているようには見えない。視線を上げるたびに、自分の胸を見下ろして、なんとも言えない顔をしている。
それでも、さっきのボス戦では一番前に立っていた。
女になってしまった身体を、戦力としてきっちり使い倒していた。
あれを笑えるやつがいたら、そいつの神経を疑う。
「……なあ」
加島が、ふいに声を潜めた。
「もし、この先またスキルチャンス来たらさ。お前、どうする?」
「どうするって」
「なんか差し出せって言われたら。性別とか、顔とか、記憶とか。湊や圭みたいに、戻れないかもしれないレベルで」
急に、喉が乾いた。
さっきまで頭のどこかで「自分とは関係ない」と突き放していた問いが、真正面から目の前に置かれた感じがする。
答えは、すぐには出ない。
でも――さっきまでと同じ気分ではいられないのも事実だった。
ダイスを振った二人を、「ネタ」としてだけ消費するには、見てしまったものが重すぎる。
俺たちは、この迷宮で生き残るために、「誰かの変化」に乗っかっている。
その自覚が、ボス部屋の冷たい空気よりも、じわじわと体温を奪っていく。
『第二階層への転送まで、残り三分』
アナウンスが告げた時間は、さっき湊に突きつけられたカウントダウンと同じだ。
今度は、俺たちの番なのかもしれない。
どう生き残るか。
何を差し出すか。
そして、変わっていく二人を、どう扱うのか。
その全部を、男子校のノリだけで誤魔化せる段階は、とっくに過ぎている。
それでも、誰かが冗談を言う。
「とりあえずさ。圭にはもうちょっとマシな服、なんとかしてやれないかな。あのジャージ、物理的に限界だろ」
「それな」
笑い声が、小さくこぼれる。
重さと笑いが、ごちゃ混ぜになったまま、俺たちは次の第二階層へ転送されるのを待っていた。




