第15話 ボーナスダイス
すみません、一部のセリフのやり取りから、先にこちらの話を差し込んだほうが良いと思った為、15話を16話にして、先にこちらの話を差し込みました。
第一階層のボスを倒し、待機エリアへと戻って一息ついていた所に、また無機質な合成音声のような声が響きわたる。
『第一階層ボスの撃破を確認。参加者四名
階層ボス撃破ボーナスを付与します』
そのアナウンスの直後に空中に見覚えのあるダイスが浮かび上がる。
「げ、ペナルティ・ダイスじゃねーか。どこがボーナスだよ?」
木古内が嫌そうな顔でそう答える。
『このダイスは、階層ボス撃破ボーナス用のダイスです。このダイスを振り、出た目に対応した結果が、付与されます』
「ホントに何もかもダイスで決めるんだな、このダンジョン」
風連が呆れたように呟く。
『代表で一人ダイスを振って下さい』
「ボス撃破のボーナスだから一人一回の上限関係ないってこと? でも、ペナルティあるんじゃなぁ……」
誰かがボソリと呟いた。
他の奴等もそう思っているのだろう。
誰もダイスを振ろうとする奴はいない。
「じゃあ……俺が振るよ」
「湊、やめろ!」
柊が止めようと駆け寄って来るが、俺はそれより速く、ダイスへと手を伸ばす。
空中に浮かぶ、宝石のような青い輝きを放つダイスを手に取る。
「他に振る奴がいないんじゃしょうがないよ。俺はこういうの、誰かに押し付けるようなことしたくないし」
「だからってお前がやる必要なんてない。これ以上ペナルティ受けて無事でいられる保証なんてないんだぞ!」
「大丈夫、ボーナスっていうんなら、そんなにヒドいペナルティ受けることなんてないだろうし」
そう言いながらも、わずかに手が震えてしまう。そんな不安を柊や他の奴らに気付かれる前にダイスを放り投げるように転がした。
掌から、冷たさがするりと抜けていく。
石畳の硬い床に落ちたダイスは、何度かバウンドした後にぴたりと止まった。浮かび上がったのは、丸い三つの黒点。
「……3?」
呟いた声は、思ったよりも震えていなかった。
『出目、3を確認』
頭上から、無機質な声が降ってくる。あの迷宮アナウンスは、俺の心臓のバクバクなんて一切考慮してくれない。
『ペナルティダイス特典効果〈従属友好フラグ〉を付与します』
クラス全体に、微妙なざわめきが走った。
「じゅうぞく……? 今、特典って言ったよな……?」 「ペナルティじゃなくて、特典? おい、どっちだよ」
誰かのぼやきが聞こえる。
俺は、手のひらをじっと見つめていた。指先がじんじんしている。けれど、身体に異常はない。髪色も視界の端に見える手の甲も、さっきと変わっていない。
胸の重みも、女物のジャージの違和感も、そのままだ。
それはつまり、「また別の何かが持っていかれた」感覚も、今のところはないということだった。
『説明を開始します』
アナウンスが、事務的に続ける。
『本効果は、次階層以降に出現する一部モンスターが、対象ユニット・東金湊に対して限定的な友好行動を優先するものです』
「……友好?」
思わず、聞き返してしまった。
『対象モンスターは、敵対行動と同時に、護衛・随伴・物資提供などの友好行動候補を優先的に選択します』
「いや、同時って何」
説明になっているようでいて、まったく安心させる気がない言い方だ。
教室の後ろの席から見ていた数学教師の早口解説を、さらにドライにした感じ。
クラスの誰かが、小声でまとめる。
「つまり……湊にだけ、なつく魔物が出てくるってことか?」 「でも敵対はするんだろ? なつきながら殴ってくるのか?」
変に具体的なイメージが浮かんでしまって、頭を抱えたくなる。
『なお、本効果により獲得した友好モンスターは、戦闘終了後も一定時間、対象ユニットに追従します』
「……追いかけてくるのかよ」
素直に口から出た。
直江が隣で、ふっと小さく笑う。
「よかったじゃん、湊。これで前に出なくても戦力増えるかもよ」 「前に出なくても、前に出てることになってない? 俺の周りだけ動物園みたいになりそうなんだけど」
軽口を叩けるくらいには、身体が無事だということだ。
その事実に、胸の奥で小さく安堵が広がる。
少なくとも今回のダイスは、俺の性別とか見た目とか、決定的な部分には触れてこなかった。
代わりに増えたのは、「よくわからないフラグ」と、「これから先の面倒くささ」くらいだ。
それくらいなら――多分、まだ飲み込める。
『補足』
アナウンスが、淡々と釘を刺す。
『本効果による友好モンスターは、対象ユニット以外の命令には従いません』
「……俺限定?」
今度は、クラス全体から、わかりやすいため息が漏れた。
「おいおい、使役できるの湊だけかよ」 「魔物使い枠、完全に決まっちまったな」 「しかも女の子姿で魔物連れて歩くって、見た目の情報量どうなってんだよ」
好き勝手なコメントが飛んでくる。
視線が集まって、顔が熱くなる。
でも、その中心にいる自分を、さっきまでほどには嫌だと言い切れない自分もいた。
戦闘力のない俺が、この先もクラスと一緒に進むための「何か」が、ようやく一つ手に入ったのかもしれない。
女体化は、正直いまだに納得していない。
元に戻る方法を探したい気持ちは、これっぽっちも減っていない。
それでも、その途中で、ただ後ろに隠れているだけじゃいけないのかもしれない。
魔物に囲まれて前を歩く自分の姿を想像して、ぞっとしつつも、どこかで腹をくくる。
「……責任重大だな、これ」
「だな」
直江が、ぽんと俺の肩を叩いた。
「でも、湊ならどうにかするだろ。お前、そういうのだけは変に器用だし」
「フォローになってない」
言い合いながら、ふっと笑いがこぼれる。
さっきまで張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだのがわかった。
『ボス部屋処理フェーズを終了します。十分後、次階層への転送を開始します』
アナウンスは、容赦なく次を促してくる。
休む時間は、あまりない。
けれど、さっきまでの「また何かを失うかもしれない」という底なし沼みたいな不安は、少しだけ浅くなっていた。
今度は、「よくわからない魔物たち」との付き合い方を考えないといけない。
それはそれで、頭が痛い。
でも。
女の子みたいな身体を抱えたまま、それでも前に進むと決めてしまった以上、文句を言いながらやるしかない。
「……次のフロア、やばい魔物じゃないといいな」
思わず漏れた本音に、近くの何人かが同時にうなずいた。
「マスコット系がいいよな。スライムとか」 「いや、スライムはスライムでやばいだろ」 「猛獣系よりマシだって」
好き勝手な希望が飛び交う中で、俺はこっそり、胸の前で指を組んだ。
どうか、せめて「なでられる距離感」で済む魔物でありますように。
迷宮に祈っても無駄だと知りつつ、祈らずにはいられなかった。




