第11話 地味メガネの決断と衣装召喚
しばらく進んだ先の小部屋で、また足を止めた。
戦闘は何度かあったけど、誰も致命傷は負っていない。
ただ、制服の膝や袖はどんどんボロボロになってきていた。
「そろそろ、防具とかマジで考えないときつくね?」
佐伯が破れた膝を見下ろしながら言う。
「こけたら即膝ズタズタだしさ。鎧とか無理でも、せめて丈夫な服がほしい」
「なあ」
おずおずと手を上げた声があった。
地味な眼鏡。
ちょっと猫背で、存在感薄いタイプ。
石切 庸介。
たぶん、加島と同じテーブルでゲームとアニメの話してたグループの一人だ。
「俺……一個、試してみたいことあるんだけど」
「スキル取りに行くのか?」
誰かがそう言うと、石切はあわてて首を振った。
「ち、違う! スキルじゃなくて、願いの方」
「え?」
クラス全員の視線が集まる。
「だってさ」
石切は、眼鏡の位置を直しながら、早口で続けた。
「最初のアナウンス、“願望行使は一人一回”って言ってたけど、“絶対スキルにしろ”とは言ってなかったろ?
みんなスキルの形で願ってるけど、単発の“物資ください”とかでも、たぶん条件満たしてれば通るはずなんだよ」
言われてみれば、その通りだ。
「でもよ、スキルじゃない願いって、どうなんだよ。ペナルティとか」
「たぶん、スキルに比べたらだいぶ軽いと思う。
“恒久的に能力付与”の代わりに、一回きりの物資だけなんだし」
オタクらしい理屈っぽさで、淡々と分析していく。
「でだ。
今一番困ってるの、食料と寝床もだけど……服もだろ」
石切の視線が、一瞬だけ俺の方に流れた。
制服シャツの胸元。
あの日弾け飛んだ第一ボタンは、まだ戻ってきていない。
「特に、東金の。
このまま破けたらマジで色々危ないし」
真面目なトーンで言われると、返しづらい。
「だから、その……」
石切は、ごくりと唾を飲んだ。
「俺の願望、一回分、服に使ってもいいかなって」
ざわ、と小さな波紋が広がる。
「石切、お前……」
「マジかよ」「スキル捨てる気?」
「べ、別に“捨てる”ってほどじゃないと思うけど……!」
しどろもどろになりながらも、石切は引かない。
「どうせ俺、前に出て戦うタイプじゃないしさ。
スキル取ったところで、使いこなせる自信もないし。
だったら、一回きりでも確実にクラス全体に役立つ願いにした方が、コスパいいかなって」
理屈は、分かる。
分かるけど──
「……それで、“どんな服”を願うつもりなんだよ」
ぼそっとつぶやくと、石切はびくっと肩を揺らした。
「そ、それは、その……」
ちら、と。
ごく自然な流れで、視線が横の男に向かう。
加島 樹。
さっきから、「来た来た来た……!」みたいな顔でニヤニヤしていた男だ。
「おい加島。お前どこまで口挟んでんだ」
「いやいや俺は何も? ちょっと“装備案出せるよ”って言っただけで?」
「絶対“だけで”じゃねえだろ」
藤堂や木古内も、呆れ半分でツッコミを入れる。
「で? 石切。
具体的に、何を願うんだ?」
直江の低い声が、場を締めた。
ふざけ半分の空気が、少しだけまじめになる。
石切は、ごく普通の、地味な顔で、それでもはっきりと言った。
「“防具性能のある衣服一式”」
まずは、方向性は真面目だ。
「このフロアでやっていけるくらいの防御力があって、動きやすくて、洗いやすくて、人数分ちゃんとそろうやつ。
……それが、俺の願い」
「それだけか?」
直江が念を押す。
「“それだけ”って言い切って大丈夫か?」
「……“基本的には”それだけ」
言い淀んだ。
「おい」
「ま、まあまあ柊くん落ち着いて」
いつの間にか横に来ていた八千穂が、口を挟む。
「どうせ願いの文言に全部は詰め込めないんだから、細かいデザインとかは迷宮側の解釈に任されるでしょ。
加島がどれだけ変なこと考えても、最終的には運だって」
「その運が怖いんだよ!」
「ま、まあまあ柊くん落ち着いて」
いつの間にか横に来ていた八千穂が、口を挟む。
「どうせ願いの文言に全部は詰め込めないんだから、細かいデザインとかは迷宮側の解釈に任されるでしょ。
加島がどれだけ変なこと考えても、最終的には運だって」
「その運が怖いんだよ!」
俺の悲鳴は華麗にスルーされた。
石切は、一度深呼吸をしてから、両手を前に出す。
手のひらに、いつの間にかダイスが載っている。
「じゃ……行くわ」
眼鏡の奥の目が、ほんの少しだけ決意を帯びる。
「『俺たちクラス全員が着られて、迷宮攻略に役立つ防具付きの服一式をください』」
最後の「ください」がやけに丁寧だった。
ダイスが、転がる。
コロコロ、カラン。
床を跳ねて、ゆっくり止まる。
「……4」
悪くはない、微妙な中段。
『確認。対象《石切 庸介》による願望行使を受理しました』
アナウンスが響く。
『単発願望行使のため、スキル付与は行われません』
「やっぱり、スキルじゃなくても通ったか」
石切が小さくつぶやく。
『願望内容に基づき、対象物資を生成します』
空間が、淡く光り始めた。
俺たちの目の前に、何もないところから、何かがせり上がってくる。
それは、服だった。
ハンガーラックのようなものがずらりと並び、その一本一本に、何かしらの衣装がかかっている。
「おおおお……」
クラス全員のどよめきが、狭い小部屋に響いた。
近づいてみると、まず目に入ったのは、わりとまともなやつだ。
丈夫そうな生地のジャケットとパンツ。
ところどころに補強用のパッドが縫い込まれていて、いかにも「軽量防具」という感じ。
「これ、普通にありがたいな」
「迷彩っぽいデザインだし、ダンジョン探索向きじゃん」
男子たちが口々に誉める。
「……で、問題はあっちだよな」
八千穂が、別のラックを顎でしゃくった。
そこには。
「おい加島ぁぁぁ!!」
反射的に叫んでいた。
ひらひらしたエプロンドレス。
フリルのついたブラウス。
肩出しのワンピース。
見覚えのあるセーラー服っぽいもの。
その他諸々、どう考えても「実用一割、趣味九割」みたいなラインナップがずらっと並んでいる。
「いやでもほら見て!」
とか、可愛い上に機動力高そうじゃない!?」
「“可愛い”は性能に含まれねえから!!」
俺の怒鳴り声も虚しく、ステータス表示らしき小さなパネルには、確かに「防御+」「回避+」みたいな文字が浮かんでいる。
「……マジで防具性能あるっぽいな」
佐伯が、半ば呆れながらも感心していた。
「石切」
直江が、じとっとした目を向ける。
「お前、願う時に何混ぜた」
「い、いや、そんなつもりは……!
“動きやすくて”“洗いやすくて”“ダンジョンでも目立つくらいの服”くらいしか──」
「最後の一個だな」
全員のツッコミが揃った。
「で、湊」
いつの間にか俺の隣に来ていた八千穂が、ニヤリと笑う。
「この中から、一着は絶対選ぶことになると思うけど」
「なんで“絶対”なんだよ!」
「だってさ。
女子一人で、“男子用のゴツい防具だけ”ってのも、バランス悪くない?」
「バランスとか気にすんな!」
「せめて、防御力高くて動きやすくて、湊に似合うやつにしようぜ」
加島まで乗っかってくる。
「お前ら、“似合う”要素を外す気ゼロだろ!」
わあわあと騒ぐ俺たちの後ろで、石切が小さく頭を下げた。
「ご、ごめん東金。でも、マジで“防具としてはちゃんとしてる”から……」
その真面目すぎる謝り方に、怒りが少しだけしぼむ。
石切は、本気でクラス全体のことを考えて願ったんだろう。
そこに、加島の妙な趣味と、迷宮の悪ノリが乗っかった結果が、これだ。
「……はあ」
ため息をつきながら、ラックに視線を走らせる。
どうせ、いつかは何かしら着ることになる。
だったら、その中で一番マシなやつを、自分で選んだ方がまだマシかもしれない。
「防御力と機動力優先な。
変なの選んだら、マジで許さねえから」
「了解、姫」
「姫って呼ぶな!」
男子校のダンジョン攻略は、なぜか、俺の新しい衣装選びから本格的に始まりそうだった。




