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第10話 加島の野望


 小休止が終わって、また少し進んだところ。

 モンスターも出ず、通路も単調で、妙に間延びした時間になった。


「なあなあ、東金」

背後から、やけに軽い声が飛んでくる。


 聞き慣れた、でもあまり関わったことのない声。

 振り向くと、少し猫背気味で歩いている男がいた。


 加島 樹。


 普段は、どちらかというとオタク寄りのグループにいるやつだ。

 休み時間にはスマホでゲームか、何かのイラストを描いていることが多かった気がする。


「……何」


 とりあえず警戒しながら返す。


「いやー、さ。ずっとタイミングうかがってたんだけど」


 加島は、妙ににやついた顔で俺の全身を眺めてきた。


 視線の動きが、いやらしいとかじゃなくて、完全に「素材チェック」って感じなのが逆に怖い。正直、気持ち悪い。


「東金、ほんっといい体になったよなあ」


「第一声からそれはどうなんだよ」


「いやいや、誉め言葉だって!

 その身長、バランス、髪型、全部含めて“汎用性の高いヒロイン素体”って感じ?」


「素体とか言うな」


 自分のことながら、だんだん嫌な予感がしてくる。


「でさ」


 加島は、さらに一歩近づいた。


「こう……この世界、衣食住とかスキルとか、色々足りないわけじゃん?」


「まあ、足りないのは……そうだな」


「だったらさ、今のうちに“将来の展開”も視野に入れて動いた方がいいと思うんだよね」


「お前の将来の展開と、こっちの生存が一致する気が全然しないんだけど」


「ひどくない!?」


 口では抗議しつつ、顔は完全に楽しそうだ。


「聞いてくれよ東金。

 俺さ、今回スキル取ってねーのよ」


「知ってる。ダイス振ってなかったろ」


「そう。あんな一生モノのペナルティとか怖すぎてさ。

 でも、その代わり──」


 加島は、胸をどん、と叩いた。


「この“素手のロマン”が残ってるわけよ」


「は?」


「つまり! 俺が欲しいのは、スキルじゃなくて、物資!」


 力説されてもよく分からない。


「具体的には?」


「服!」


 食い気味の即答だった。


「服?」


「そう! このクラス、全員制服しか持ってないじゃん? 破れたら終わり、汚れても替えない、地味で画面映えしない!」


「画面とか言うな」


「でもさ、もしもだよ?

 “防具も兼ねたおしゃれな服”とか、“場面に合わせた衣装セット”とか、手に入ったら……」


 そこで、わざとらしく俺の肩から下を眺める。


「東金のコスプレも、し放題なわけで」


「結論出るの早すぎだろ。別にコスプレとかしたくないし」


 予想はしてたけど、想像以上にストレートだった。


「お前さ、まず“生き延びるための防具”とかから考えろよ」


「もちろんそれもあるって。

 でもさ、防具って結局“着るもの”じゃん?」


 加島は、指を一本立てる。


「だったら、“防具性能のあるかわいい服”を手に入れれば、一石二鳥だと思わない?」


「思わない」


「即答!?」


 後ろの方で、藤堂が笑いを噛み殺しているのが聞こえた。


「でさでさ」


 全然引く気のない加島が、さらに畳みかける。


「俺、自分の願いにはダイス使ってないけどさ。

 その代わり、“誰かが衣服系の願いをする時に、全力で口を挟む”って決めたんだよね」


「迷惑な決意表明ありがとう」


「例えばさ、こういうの」


 加島は、指折り数え始めた。


「動きやすくて、防御力もそこそこあって、汚れても洗いやすい“メイド風作業服”とか」

「軽装だけど防御魔法がかかってる“セーラー服型防具”とか」

「ダンジョン内の温度変化に強い“パーカー+ショートパンツセット”とか」


「待て待て待て、今さらっと全部女子服だったよな?」


「いや、男子も着られるユニセックス仕様ってことで」


「無理があるだろ!」


 八千穂が、少し前を歩きながら振り返った。


「いいじゃん、そういうの。

 男子校なんだから、こういう非日常くらい楽しまないと」


「お前は黙ってろ!」


「俺は、東金のメイド服とか、ちょっと見てみたいかなー」


 わざとらしく顎に手を当てる八千穂。


「うわあああああ!!」


 叫んだ俺の肩を、後ろからぽんと叩く手があった。


「まあまあ」


 振り向くと、木古内が苦笑していた。


「加島、いきなりメイド服とかはやめとけって。

 まずは普通の着替えからだろ。

 湊だって、今の制服のままだと色々ヤバいんだし」


 その「色々」を具体的に言わないあたりに、最低限の気遣いを感じる。


「そうそう。

 だからまずは、普通の服と下着と、予備の制服と……」


 加島は、妙に真面目な顔で指を折っていく。


「その“ついで”に、ちょっとだけコスプレ系も混ぜれば」


「“ついで”の比率が信じられないくらい高そうなんだけど」


「いやいやいや。

 東金もさ、いずれ現実受け入れるなら、どうせなら色々着て試した方が早くね?」


「何その謎理論」


 でも、完全に言い返せない自分が悔しい。


 昨日、自分の身体をちゃんと見られなかった自分を思い出す。

 服に守られている方が、まだ気楽だ。


 防具だって必要だ。

 動きやすい服も欲しい。


 そう考えると、「衣服系願い」は、たしかに攻略上も重要だ。


 ──その中に、コスプレが紛れ込む余地も、あるっちゃある。


「とにかく!」


 加島が、両手を大きく広げた。


「誰かが“衣服・装備系”でダイス振るってなったら、俺に相談して!」


「なんでお前が仕切る前提なんだよ」


「一応、デザインとかは得意だからさ。

 ゲームの装備画面、死ぬほど眺めてきた男だぜ?」


 誇らしげに胸を張るな。


「湊の装備は、実用性も可愛さも両立を目指そうな!」


「両立を目指すな!」


 前を歩いていた直江が、振り返らずにぽつりと言った。


「……まあ、湊が嫌がるものは、許可出さないけどな」


「柊、頼むからちゃんと止めてくれ」


「できる範囲で」


「“できる範囲で”って何だよ!」


 わあわあと騒ぐ俺たちを、少し前を歩く八千穂が、肩越しに眺めて笑う。


「いいねえ。

 殺伐としたダンジョンにも、こういう会話は必要でしょ」


「お前もこっち側だろ完全に!」


「うん、衣装担当の才能ありそうだよね、加島。

 俺も、ちょっとアイデア出すわ」


「やった、同志ゲット!」


「やめろ同盟組むな!」


 迷宮の石壁に、男子校ならではのどうでもいいノリが響く。


 その真ん中で、俺はなんとなく悟っていた。


 たぶん、ダイスで誰かが衣服系の願いをしたら。

 近い将来、何かしらの形で「コスプレさせられる」日は来る。


 そのとき、どこまで抵抗するか。

 どこまで、受け入れてしまうか。


 今の俺には、まだ見当もつかなかった。

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