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異世界の棚卸し~地味なドラッグストア作業員が、世界の「ロス」を止めるまで~  作者: もしものべりすと


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9/21

第九章 春の市と、屋根の上の星

防衛戦から、一月。


町は、春祭りの準備に入っていた。


冬の終わりを祝う祭で、毎年、市場の規模を倍にする慣わしだった。だが、ここ数年、収穫が落ちて、出店の数も、客の数も、減っていた。


今年こそ、と組合長は意気込んだ。


「サクラ殿。市場運営、お手伝い願えませんか」


「俺で、お役に立てるなら」


「ミレイア殿に、現場仕切りをお任せします。サクラ殿は、後方の組み立てを」


ミレイアは、エルザが王都に戻ったあと、町に戻ってきていた。リリアの店の二階に、間借りしていた。


俺は、ミレイアと組んで、市場の見取り図を描いた。


「ミレイアさん。出店の動線、こちらをお勧めします」


俺は、紙の上に、太い赤線で、客の流れを描いた。


「入り口が、ここ。出口が、こちらの三方。最初の三店舗は、必ず華やかな商品を。途中、休憩用の屋台。最後に、買い忘れを呼ぶ、菓子と日用品の店」


「すごく、細かいですね」


「VPと、PPと、IPです」


「ぶい、ぴー」


「失礼。ええと、入り口で世界観を見せて、途中で個別の商品を強調して、最後に手に取れる商品を並べる、ということです」


ミレイアは笑った。


「サクラ様、楽しそうですね」


「楽しい、ですね」


俺は、自分の声に、少し驚いた。


楽しい。十年、口にしたことのない言葉だった。


祭りの当日、市場は、過去最大の客足になった。


組合長の予想を、三倍も上回った。


ミレイアは、屋台を回って、笑顔で売り込みをした。リリアは、香辛料の屋台で、複利の話を、客にこっそり教え込んでいた。グレンは、警備の冒険者を率いて、万引き防止の役を担った。


俺は、後方の天幕で、報告を受けて、屋台ごとの売上を、業務日誌に記録した。


天幕の中で、書記の少年が、隣に座っていた。書記長補佐に、正式に任命されてから、彼は、俺のそばを、離れなくなった。


「サクラ殿。屋台二号、銀貨十二枚」


「はい」


「屋台五号、銀貨七枚と、銅貨四十枚」


「はい」


少年の、報告の速度が、上がっていた。確信を、持って、数字を、伝えてくる。


俺は、彼の成長を、業務日誌の余白に、書いた。


「書記長補佐の少年。報告速度、二倍。誤読、ゼロ」


書きながら笑った。


笑った自分の口元を、少年が、見ていた。


「サクラ殿、笑いました?」


「笑いましたか」


「初めて見ました。サクラ殿の、笑った顔」


「そう、ですか」


俺は頬に手を当てた。


確かに、口角が、上がっていた。


書きながら、誰かが成長していくのを、見るのは、こんなに、嬉しいことだった、と、初めて、知った。


ライフマートでは、新人が育つと、すぐに、別の店舗に、異動になった。育てた人間と、長く一緒に、いられない仕組みだった。育てるのは、いつも、俺の仕事で、評価されるのは、いつも、別の店長だった。


ここでは、違った。


俺の隣に、育つ人が、いる。


夕方、市場が片付き、組合長が俺のところに来た。


「サクラ殿。あなたという方は、いったい、何者ですか」


「作業員ですよ。ライフマートの」


「もう、その答えで、誰もが諦めたようです」


組合長は、笑った。


「明日から、正式に、商業組合の名誉顧問の称号を、お贈りしたい」


「いえ、そのような」


「お受けくださって、結構です。報酬は、出ません。ただ、町の連中が、納得しないので」


俺は頭を下げた。


その夜、片付けが終わったあと、ミレイアと、屋根の上で、星を見た。


ギルド本館の屋根は、平らな石板で葺かれていた。登るのは、簡単だった。グレンが、登り方を教えてくれた。


ミレイアは、毛布を一枚、肩からかけていた。風が、少し冷たい。


「サクラ様」


「はい」


「あなた、帰りたい、ですか」


「帰り、たいです」


「日本へ」


「はい」


「日本には、何が、ありますか」


俺は、しばらく、答えに困った。


「会社が、あります」


「会社」


「俺の、勤め先です」


「家族は」


「両親は、健在です。離れて暮らしていますが」


「友人は」


「いない、ですね」


「恋人」


「いません」


「では」


ミレイアは、首をわずかに傾けた。


「日本、寂しい場所、ですね」


俺は笑った。


「寂しい場所、ですね、確かに」


俺は、屋根の石板に、背中を預けた。


夜の空は、日本で見上げる空とは、違った。星の数が、明らかに、多い。光の濁りがない、ということだろう。電灯のない世界の、空の濃さだった。


ミレイアは、俺の隣で、毛布を抱きしめていた。


「サクラ様」


「はい」


「私、聖女候補に選ばれた日のこと、よく覚えています」


「教えていただいても」


「七歳でした。村の祭りの日に、教会の人が来て、私の頭を、撫でて、『神に選ばれた』と、言いました」


「それは、誇らしい、ことだったでしょうね」


「最初は、そう思いました」


ミレイアは、目を伏せた。


「でも、教会に連れていかれてから、私は、誰の手も、握れませんでした」


「と、いうと」


「触れてはいけない、と、言われました。神の器だから、と。両親と、抱き合うことも、許されなくなりました」


俺は頷くしかなかった。


頷きながら、業務日誌を、開きかけて、やめた。


書く話では、ない、と思った。


聞く話、だった。


ミレイアは、続けた。


「逃げた日、初めて、雨に、当たりました。教会の中では、雨に当たることも、許されなかったので」


「雨」


「ええ。冷たくて、痛くて、でも、嬉しかった」


俺は、ミレイアの横顔を、見た。


夜の星明かりに、銀の髪が、ぼんやり光っていた。


「ミレイアさん」


「はい」


「俺の業務日誌、後で、書き写し方を、教えますね」


「え」


「字、覚えてもらえれば、ご自分で、ご自分のことを、書けます」


「私、書ける、のですか」


「書けます。難しいことでは、ないので」


ミレイアは、しばらく、無言だった。


それから、ぽつりと言った。


「こちらに、いてくださっても」


ミレイアの言葉は、そこで止まった。


俺は、何と返したらいいか、分からなかった。


業務日誌を開いた。最近の頁を、めくった。


戦果報告。市場の売上。倉庫の整理。商人街の改革。古代の手記の写し。それから、ミレイアの初対面の日。


「字が、綺麗、と」


俺は、ぽつりと言った。


「言ってもらえたのは、ミレイアさんが、初めて、でした」


ミレイアは、星を見上げた。それから、ゆっくり、言った。


「私は、聖女になり損ねた、欠陥のある少女、です」


「そんな」


「でも、サクラ様の字を、綺麗だと思った気持ちは、本物、です」


俺は頷いた。


頷きながら、業務日誌のページに、もう一度、書いた。


「ミレイアさんの言葉は、本物、らしい」


書きながら、これは、どこに分類すべき欄だろう、と思った。


俺の業務日誌に、こんな欄は、これまで、なかった。


その夜、町の門に、王都からの黒い封蝋の封書が、届いていた。


封蝋には、教会の紋章が、押されていた。

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