第十章 王都召喚と、王の頭
王都から届いた封書は、俺、グレン、町の代表三名に対する、緊急召喚状だった。
差出人は、教会ではなく、国王本人。
理由は、書かれていなかった。
「サクラ。いい話と、悪い話、どっちから聞きたい」
グレンが、馬車の手配をしながら言った。
「いい話から」
「お前、王都行きだ。栄誉ある召喚だ」
「悪い話は」
「教会の本拠地に、足を踏み入れる、ってことだ」
俺は頷いた。
ミレイアは、最後まで、王都行きに反対した。
「サクラ様。王都には、私の元・教会指導者、枢機卿バルディウスがいます。彼は、危険な人です」
「分かりました」
「分かった、と言いながら、行くんですね」
「行きます」
ミレイアは、目を伏せた。
「私も、同行します」
「危険では」
「あなたよりは、危険を知っています」
リリアも、頷いた。
「私も行く。王都の商業ギルドに、用がある。ついでよ、ついで」
幼竜キリも、いつの間にか、馬車の屋根に乗っていた。リリアの店の裏で見つけた、捨てられた幼竜だった。鱗は青みがかった灰色。手のひらサイズ。俺の業務日誌の紙の匂いが、なぜか好きで、いつも頬を擦り付けに来ていた。
四人と一匹で、王都への旅に出た。
馬車で、五日かかった。
王都は、町の規模が、これまで見た地方都市の十倍はあった。
城壁は、三重。中央の宮殿の塔が、雲を貫くように立っていた。
宮廷に通された俺は、王の前で、頭を下げた。
王は、まだ若かった。三十代半ば、と聞いていた通り。痩せた長身で、目に光があった。教会との微妙な距離感を、保ち続けてきた、苦労人の目だった。
王の周囲には、宰相、宮廷魔導士長、近衛長、それから、王の弟だという公爵が、控えていた。誰もが、緊張した面持ちで、俺を見ていた。
俺は、エプロン姿で、王の前に立っていた。
王都に来る前、グレンは「ちゃんとした服に着替えろ」と、何度も言った。俺は、首を振った。エプロンは、俺が、十年の作業員であることの、唯一の証だった。それを脱ぐと、俺は、何者でもなくなる気がした。
王は、俺のエプロンを、目で、なぞった。
「胸の刺繍は、何の意匠か」
「ライフマート、という、店の名前と、私の社員番号です」
「店の、所属を、誇りに思っているのか」
俺は、少し、考えた。
「誇り、というほどでは、ありません。けれど、十年、これを、着続けました」
王は頷いた。
「サクラ・タクヤ」
「はい」
「異邦人。汝の働きは、地方からも、教会からも、報告されている」
「畏れ多いことです」
王は、玉座から立ち上がり、俺の前まで歩いてきた。
それから、ゆっくり、頭を下げた。
宮廷が、ざわついた。
王が、平民に頭を下げる。それは、この国の歴史で、何百年に一度の出来事だった。
「サクラ殿」
「はい」
「我が国を、いや、我が世界を、救っていただきたい」
「と、申しますと」
王は、頭を上げた。
「世界は、滅びかけている」
王の隣に立っていた、宮廷魔導士長が、地図を広げた。
大陸全土の地図に、無数の点が打たれていた。点には、ある一定の規則があった。
「これは、過去十年で、魔力と物資が、原因不明に消失した地点です。当初は局所的な現象でしたが、年々、規模を拡大しています。我々は、これを『大いなるロス』と呼んでいます」
ロス。
俺は、業務日誌を開いた。
図書館で写した、五百年前の手記の赤い印の頁を、机の上に並べた。
宮廷魔導士長が、息を呑んだ。
「これは……我々の地図の、原型ではありませんか」
「赤い印は、定期的なロスの記録です。五百年前の手記から、写しました」
王が、近寄った。
「サクラ殿。あなたは、これを、解き明かせますか」
俺は、首を振った。
「分かりません。ただ、棚卸しは、できます」
「棚卸し」
「世界全体の、現在の在庫を、数えることです。何が、いつ、どれだけ消えているのか。把握できれば、対策が、見えてきます」
王は、深く息を吐いた。
「お願いしたい」
「一つだけ、条件があります」
俺は、ミレイアの方を、ちらりと見た。
「俺がここで動くこと、教会には、知らせないでいただきたい」
「教会に」
「はい。理由は、まだ申し上げられません。ですが、教会の鑑定を受けることは、お断りいたします」
王は、しばらく無言で、俺を見つめた。
それから、微笑した。
「賢明な判断です。私も、教会には、ある程度の警戒を、抱いています」
王は、宮廷魔導士長に、頷いた。
「サクラ殿に、王立図書館の、全権的な閲覧権限を。それから、護衛として、近衛を二名」
「畏れ入ります」
俺は頭を下げた。
宮廷を出る帰り道、リリアが、俺の肘をつついた。
「サクラ・タクヤ」
「はい」
「あなたの祭りも、終わりに近づいたわね」
「祭り」
「『お楽しみ』の、終わり。これからは、しんどい話よ」
俺は頷いた。
「物語ってのは、ね、サクラ・タクヤ」
リリアは、馬車の窓の外を、見ながら、言った。
王都の、夕方の街並みが、過ぎていく。塔の影が、長くなっていた。
「最初の三分の一は、出会いと、発見。次の三分の一は、お楽しみと、上り坂。最後の三分の一が、本当の戦い、なのよ」
「リリアさん、詳しいですね」
「私、二百年生きてるからね。物語の、形が、見える」
「俺、いま、どこに、います?」
「お楽しみの、終わり。だから、頂上の、すぐ近く」
「頂上の、向こうは」
「下り坂か、絶壁。たぶん、絶壁ね」
俺は笑った。
笑いながら、業務日誌に、書いた。
「物語の、頂上付近。次は、絶壁、らしい」
頷いた肩に、馬車から飛んできたキリが、すぽっと、収まった。
「キリ、お前も、しっかりな」
幼竜は、紙の匂いを、確かめるように、業務日誌に頬を寄せた。
王都への帰り道、俺は、業務日誌を、何度も、開いた。
開いて、閉じて、また、開いた。
書く言葉は、まだ、見つからなかった。
ただ、リリアの言った「絶壁」という言葉が、頭の中で、繰り返された。
絶壁。
棚卸しの世界では、絶壁は、棚の最上段だった。
最上段の商品は、補充も、確認も、難しい。重い商品が、誤って落ちれば、下段の商品を、巻き込んで、壊す。
絶壁は、慎重に、扱う場所だった。
俺は、慎重に、絶壁の手前に、近づいていた。
馬車の揺れの中で、俺は、ぽつりと、リリアに聞いた。
「リリアさん、絶壁の登り方は、ご存知ですか」
「絶壁は、登るんじゃないわ、サクラ・タクヤ」
「では」
「迂回するの。一番安全な、迂回路を、見つけるの」
「迂回路」
「人より、地形を、よく見ることね。地形を見るのは、あなたの得意でしょう」
俺は頷いた。
頷きながら、業務日誌の、新しい頁に、書いた。
「絶壁、迂回路を、探す」




