第十一章 禁書庫と、千年前の同志
王立図書館の禁書庫は、地下三階にあった。
石造りの螺旋階段を、ランプ片手に降りた。下に行くほど、空気が、ひんやりとした。
司書は白髪の老人だった。
「サクラ殿。王の許可状を、確認しました。禁書庫の、すべての閲覧を許可いたします」
「ありがとうございます」
俺は業務日誌のメモを、差し出した。
地方の図書館で見た、あの古代の手記。同じ書き手のものを、もっと探したい。
司書はメモを見て頷いた。
「五百年前の手記、ですね。原本は、ここに、あります」
「原本ですか」
「ええ。地方にあったのは、写しです」
俺は目を見開いた。
司書は奥の鍵付きの棚から、革の表紙の冊子を、五冊取り出した。
「これらは、すべて、同一人物の手記、と推定されています」
俺は机に広げた。
第一巻から、第五巻まで。並べて、一冊ずつ、開いた。
文字は、相変わらず読めない。けれど配置は、すべて、俺の業務日誌の、変奏だった。
胸の奥がざわついた。
「司書殿」
「はい」
「この、書き手の名は」
「不明です」
「五百年前の、何者ですか」
「教会の禁書庫に、最初に納められたとき、すでに名は伏せられていました」
「素性は、何も」
「ただ一つだけ伝承があります」
司書は声を潜めた。
「『棚卸す者』は、世界の異変を察知すると、別の世界から、呼ばれてくる」
俺はペンを止めた。
「呼ばれて、くる」
「ええ。古代竜文字の解読が進んでいる、ごく一部の研究者の間では、五百年前の書き手も、千年前の書き手も、すべて、別の世界から呼ばれた、別人ではないか、と言われています」
「複数人、いた、と」
「世代を、跨いで」
俺は業務日誌を撫でた。
撫でながら、自分が、その血脈、いや、職務の系譜の、現在の担当者なのだ、と、はっきり思った。
「五百年前の、書き手は」
俺は息を吐いた。
「俺の、先輩、ですね」
司書はふっと笑った。
「面白い言い方を、なさる」
「俺の業界の、言い方です」
俺は第五巻の、最後のページを開いた。
そこに、最後の記録があった。
赤い印。それから最後の一行。
司書は静かに言った。
「最後の一行だけ、解読されています」
「何と、書かれていますか」
「『棚卸しは、続く者の、手に』」
俺は業務日誌を、第五巻の隣に置いた。
そして自分の業務日誌の、最後の頁を開いた。
最後の行に、俺は最近、こう書いていた。
「異界・第○○日。記録は、続けるしかない」
文字は違う。意味は、似ていた。
俺はペンを握った。
「司書殿」
「はい」
「この赤い印の発生時期と、いま王から見せられた地図の、ロス発生地点の時期を、照合させていただきたい」
「いまですか」
「いまです」
司書は頷いた。
二日かかった。
俺は業務日誌の余白に、年表を作った。
五百年前の手記の赤い印の、月日。それから王立魔導士の地図にあった、ロスの発生月日。
二つを、重ねた。
合致した。
ピタリと、合致した。
しかも、合致の周期は、千年に近かった。
つまり、ロスは、五百年前の手記の時期から、その前の五百年、さらにもっと前から、規則正しく、続いていた。
俺は地図の発生点を見つめた。
中心点を、計算した。
赤い印の、すべての発生点を、円の上にプロットした。
円の中心は、王都の、教会の大聖堂だった。
俺はペンを置いた。
ペンを置いた手が、自分でも、震えていた。
「司書殿」
「はい」
「これ、誰にも、言わないでください」
「と、おっしゃいますと」
「教会には、絶対に、漏れないように。お願いします」
司書は無言で頷いた。
俺は業務日誌に、新しい一行を書いた。
「ロスの中心点、王都・大聖堂。仮説。教会、関与」
書きながら、自分の指が、また、震えた。
これは、見つけてはいけないものを、見つけたかもしれない。
俺は業務日誌を、エプロンのポケットに、深く押し込んだ。
司書が、隣で、震える声で、言った。
「サクラ殿。一つ、ご相談が」
「はい」
「先ほど、私は、誰にも言わない、と申し上げました。けれどそれは、王の許可状を、踏みにじることに、なります」
「と、いうと」
「王はおそらく、最初から、教会の関与を、疑っておられた。だから、私が王立図書館の禁書庫を、君のような外の人間に、開いたのは、王のご意向です」
俺は頷いた。
「サクラ殿の決断であれば、私は、いつでも、王に、お伝えします」
「決断、します」
「と、いうと」
「すべてを、王に、お伝えしてください」
司書はゆっくり頷いた。
頷きながら、自分の白髪を撫でた。
「私は、五十年、この禁書庫の番をしてきました。五十年、誰にも、何も、言わずに、ただ本の埃を、払ってきました」
「立派な、お仕事です」
「立派、ではありません。ただ待っていただけです。本が、誰かに、読まれる日を」
老人の目に、光が揺れた。
「サクラ殿。あなたが、読みに来てくださって、本当に、良かった」
俺は頭を、深く下げた。
下げた頭の上に、老人の、ゆっくりとした、安堵の息が、降りてきた。




