第十二章 枢機卿バルディウス
王立図書館を出た翌日、俺は教会の枢機卿に呼び出された。
呼び出し状は、王には届かない経路で、宿に直接来ていた。
ミレイアが、青ざめた。
「サクラ様、断ってください」
「断れる、立場じゃないかと」
「私が、隠れて、ついて行きます」
「いえ、ミレイアさんは、絶対に、近づかないでください」
俺はグレンと、リリアにも、隠れていてくれ、と頼んだ。
一人で、教会の応接室に通された。
枢機卿バルディウスは、五十代後半の男だった。背が高く、痩せていて、目の下に小さな黒子があった。物腰は、柔らかい。声は、低く、心地よい。
「異邦人サクラ殿。ようこそ」
「お招きいただき、恐縮です」
「君の働き、聞いている。素晴らしい才能だ」
俺は頭を下げた。
バルディウスは、紅茶を注いでくれた。給仕も呼ばずに、自ら。
「君は、商業に新しい風を吹かせた。冒険者ギルドを救い、防衛戦を勝利に導き、王の信頼を勝ち取った」
「皆様の、ご協力のおかげです」
「ふふ」
枢機卿は笑った。
笑いながら、俺の目をまっすぐ見た。
「サクラ君。一つ、ご提案があります」
「はい」
「君のスキル『棚卸し』は、教会の管理下に、置きたい」
「と、言いますと」
「教会の鑑定を受け、聖名を授与され、私の直属として、働いてもらいたい。給金は、王が出すものの十倍。住居も、教会本部の特別棟。妻子を持つことも、許される」
「それは、たいへん、ありがたいお話ですが」
「ですが?」
「今の状態で、王のご依頼を、お受けしておりますので」
枢機卿の眉が、ほんの少し、動いた。
「君ね」
声の調子が、変わった。
「君が、いま立っているのは、私のおかげだ、ということを、忘れてはいけない」
「はい?」
「君のスキル『棚卸し』が、教会の禁書由来であること、知っているかね」
「いえ」
「あれは、本来、教会のものだ。君は、教会の財産を、無償で使っているにすぎない。私が許可を出しているから、君は、ここで生きていられる」
俺は紅茶のカップを見ていた。
カップの底に、茶葉が、薄く、沈んでいた。
茶葉の沈み方、入れ方は、丁寧だった。湯の温度も、抽出時間も、適切。給仕を呼ばずに自分で淹れたと言いながら、これは、長年、人に淹れさせて、味の正解を、知っている人間の、注ぎ方だった。
そういうところが、桜井にも、似ていた。
桜井は自分でレジを打つフリをして、いつも、新人の女子スタッフに、レジ打ちを押し付けた。だが、客の前では、いかにも、自分が打ったかのように振る舞った。
俺の目の前にいる枢機卿が、その光景に、重なった。
「俺がいなければ、お前は、何もできない」
桜井隆。日本の、ライフマート堀川店、店長。十年間、何度も俺に向かって言った言葉。
俺は顔を上げた。
枢機卿バルディウスの、目の奥の冷たさを、まじまじと見た。
冷たさの形が、桜井のそれと、同じだった。
冷たさの形だけではない。声の押し方。語尾の抑揚。相手の反応を、目の端で測りながら、笑顔の角度を変えていく、あの感じ。
似ていた。
似すぎていた。
俺は、ゆっくり笑った。
笑いながら頭を下げた。
「枢機卿様。お申し出は、たいへんありがたいですが」
「ですが」
「お断りいたします」
枢機卿の、目が、細まった。




