表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の棚卸し~地味なドラッグストア作業員が、世界の「ロス」を止めるまで~  作者: もしものべりすと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/21

第十三章 忍び寄る悪者

枢機卿との面会から、五日経った。


最初は、地方の町から、報せが届いた。


トラドル商会、業務停止命令。理由は、教会の認める伝統的な商法から逸脱したため。


二日後、別の商会も、停止命令。


四日後、商業組合の会合が、強制的に解散させられた。


五日目、リリアの店が、封鎖された。


理由は、すべて、表向きは「異教の商法を広めた疑い」だった。複利、分業、在庫回転、すべてが「異教」とされた。


裁判は、開かれなかった。教会が、判決を出して、行政が、執行する。地方では、そういう仕組みが、まだ生きていた。


リリアは王都の俺の宿に、逃げ込んできた。


「サクラ・タクヤ」


「リリアさん、すみません」


「謝らないで。私が、あなたを助けると決めたの」


「でも、お店が」


「店なんて、また作るわよ」


リリアは笑ったが、目の縁が、わずかに赤かった。


二百年積み上げた、店だった。


エルフだから、二百年でも、まだ若い、と本人は言う。だが、二百年は、二百年だ。


俺は業務日誌に、リリアの店の蔵書、商品、什器の、思い出せる限りの一覧を書いた。再建のとき、参考に、なるかもしれない、と思った。


リリアが、横で、それを覗いた。


「サクラ・タクヤ。あなた、こういう時に、台帳を作るのね」


「すみません、無駄でしたら」


「無駄じゃない。ありがとう」


リリアは俺の肩に、ぽん、と手を置いた。


「あなた、案外、人の喜ばせ方、知ってる」


「そんな」


「気付いてないだけよ」


その夜、グレンも、宿に来た。


「サクラ。冒険者ギルドにも、圧力が来ている」


「ギルドにまで」


「俺の解任と、お前の身柄引き渡しを、要求してきた」


俺は頭を抱えた。


「俺のせい、ですね」


「お前のせいじゃねえ。教会のせいだ」


「俺がいなければ」


グレンが、俺の肩を、強く掴んだ。


「サクラ。それは、向こうの言い分だ。お前が、それを言うな」


俺は頷いた。


頷きながら業務日誌を握り締めた。


何を、すればいいのか、分からなかった。


数えれば、見える。それは、棚の話だ。


人の悪意に対して、棚卸しは、効くのか。


俺は自分の無力を感じた。


その夜、ミレイアの姿が、宿から、消えた。


リリアが、青ざめた。


「サクラ・タクヤ。ミレイアが、いない」


「いつから」


「今朝、買い物に出たまま」


俺は宿の前の通りを、走った。


通りの隅に、ミレイアの巾着が、落ちていた。


中身は、無事だった。落としたのではない。何者かが、引き剥がしたのだ。


俺は業務日誌を握った。


書こうとして、書けなかった。


このページに、書く言葉が、見当たらなかった。


ミレイアの巾着の中には、彼女が、毎日書き続けていた、小さな手帳が、入っていた。


俺が、字の書き方を、教えた、あの手帳。


最後の頁に、彼女の、震える字で、こう書かれていた。


「今日、サクラ様の、無事を、神に祈った」


下の方に、もう一行。


「神は、聞いてくださらない、と知っている。それでも、祈った」


俺はその手帳を閉じた。


閉じた手が震えた。


教会で、神に祈ることを、強要され続けてきた少女が、それでも、神を、信じていない。


なのに俺の無事を、祈ろうとした。


聞かれない、と知っていながら、祈った。


俺は業務日誌の最後の頁に、その手帳の言葉を、写した。


写しながら、決意を、固めた。


何が何でも、彼女を、取り戻す、と。


たとえ、世界の真実が、教会の罪が、明らかにならなくても。


ミレイアだけは、取り戻す、と。


それは、俺の業務日誌の、欄の、外側の、決意だった。


業務日誌に、書ける言葉ではなかった。


書ける言葉ではない、ということを、俺は初めて、感じた。


夜更け宿に、教会の使者が来た。


紙束を、置いていった。


「サクラ・タクヤ殿。ミレイア・フォルセティ殿は、教会の本部にて、保護中。元・聖女候補の脱走の罪状にて、処分の手続きを進めております。なお、貴殿が、教会への協力を再考されるならば、処分は、寛大に取り計らう用意がございます」


俺は紙束を握り潰した。


潰した手が震えていた。


紙束の中に、ミレイアの、銀色の髪の、一房が、紙に挟まって、入っていた。


切られた、髪だった。


切られた、ということは、すでに教会の聖女としての、儀式が、始まっている、ということだった。


聖女候補の髪は、一定の長さを保つことが、教会の規定だった。それを切る、ということは、彼女を、形式上、聖女に「戻す」ための、最初の手順だった。


ミレイアは、それを、絶対に、嫌がるはずだった。


俺の前で、初めて、頭巾を取った日。


銀色の髪を、午後の光の中で、ふわっと、解いた、あの日。


あれは、彼女が、自分の髪を、自分のものとして、初めて、外気に晒した瞬間、だったのかもしれない。


その髪が、いま切られて、紙の間に、ある。


俺はその髪を、業務日誌の、最後の頁に、丁寧に挟んだ。


挟みながら、俺の指は、もう震えていなかった。


リリアが、隣で、俺を見ていた。


「サクラ・タクヤ」


「はい」


「行く?」


「行きます」


「行って、署名する?」


俺は答えなかった。


答えられなかった。


ミレイアが、戻ってこないのは、嫌だった。


けれど俺が署名すれば、ミレイアの命は救えても、もっと大きな何かが、失われる気がした。


世界中の、消えていく魔力。今この瞬間も、誰かの土地で、誰かの作物が、痩せている。誰かの子供の、薬が足りない。誰かの店の、利益が、薄く削られている。


それを、俺が止めなければ、誰が止めるのか。


俺の業務日誌だけが、その記録を、持っている。


俺が、署名すれば、業務日誌は、教会のものになる。


俺は頭を抱えた。


「リリアさん」


「ええ」


「俺、ミレイアさんを、見捨てるかも、しれません」


「うん」


「それは、人として、最低です」


「うん」


「最低なのは、分かっています」


「分かってれば、いいのよ」


リリアは俺の頭の上に、軽く手を置いた。


「分からない人より、分かって悩む人の方が、信頼できる」


俺は頷けなかった。


頷けないまま、業務日誌を開いた。


書こうとして、書けなかった。


このページに、書く言葉が、見当たらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ