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異世界の棚卸し~地味なドラッグストア作業員が、世界の「ロス」を止めるまで~  作者: もしものべりすと


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第二十章 戸口の前で

世界が、光を取り戻した翌日、俺の業務日誌が、再び光り始めた。


最初はぼんやりと。やがてはっきりと。


司書が、解読した。


「『棚卸しは、続く者の、手に』」


五百年前の手記の、最後の行。


「『大儀を完遂した者は、本来の場所へ、返される』」


新しい行が、その下に、現れた。


俺の業務日誌が伝えていた。


俺はそれを皆に見せた。


ミレイアが、読み終えて頷いた。


「サクラ様、帰る、のですね」


「みたいです」


「いつ、ですか」


「今日、明日のうちに」


ミレイアは目を伏せた。


それからゆっくり目を上げた。


伏せた目から、上げた目へ、移る間に、彼女はたぶん、何かを決めた。


俺には、何を決めたのか、分からなかった。


ただ決めた、ということだけが、伝わった。


「サクラ様。あなたの帳面の、最後の頁、私に、書かせてください」


俺は頷いた。


その日は、王宮で、戦勝の宴が、開かれた。


俺はエプロン姿のままだった。新しい服を、王が用意してくれたが、丁寧に断った。


宴の途中で、王が俺を隣に呼んだ。


「サクラ。君に、爵位を授けたい」


「畏れ多いことですが」


「畏れ多いの、後の言葉が、聞こえる」


王は笑った。


「お受けできません、と」


「はい。すみません」


「理由は」


「役職も、肩書きも、いらないのです、俺は」


王は頷いた。


「なら、別の形で、君を、送り出させてくれ」


王は、自分の懐から小さな金属の印章を取り出した。


「これは、王家の、客分の証だ。爵位ではない。ただ、この国の、この王家の、永遠の客人である、という、しるしだ」


俺は頭を下げた。


「ありがとうございます」


「君が、また、いつか、来てくれるように」


王の目に、光が、揺れていた。


俺は何度も、頭を下げた。


宴の、別の隅では、宮廷魔導士長が、各地の代表たちと、新しい体制の、議論を、始めていた。


教会の、千年の権威が、一夜で瓦解した。


けれど、教会そのものを、潰すわけには、いかない。教会は、地方の人々の、心の拠り所でも、ある。


「悪い者」を、排除する。「良い仕組み」は、残す。


それが、俺の業務日誌の、考え方でもあった。


レジで、店長一人が、不正をしたからといって、店全体を、閉じる必要は、ない。不正をした店長を、変えれば、店は、また、回り始める。


俺は、宮廷魔導士長に近づいて、その考えを伝えた。


魔導士長は頷いた。


「サクラ殿、それは、つまり、教会の、人事再編だけで、機能を、残す、ということですね」


「はい。地方の、ささやかな祝祭、慰めの儀式、貧困者への施しの仕組み。これらは、千年、教会が、丁寧にやってきました。残せます」


「分かりました」


魔導士長は、深く頷いた。


「サクラ殿、あなたの『棚卸し』は、ものの数だけでなく、組織の、機能の数も、数えられるのですね」


「機能、ですか」


「ある仕組みが、何を、生み出していて、何を、奪っていたか。生み出していたものは、残し、奪っていたものは、止める。それが、棚卸しの、本質ですね」


俺は頷いた。


「俺の、業界では、そう、教わりました」


「あなたの業界の、教えは、深い」


俺は頭を下げた。


下げながら、ライフマートの新人研修で、もうひとつ教わった言葉を思い出した。


「商品は、お客様のもの。お店は、お客様の場所。私たちは、その、お預かり役です」


預かり役。


俺は十年、その役をやってきた。


それを、世界規模で、やる、ということだった。


宴は、夜更けまで、続いた。


俺は、最後までエプロン姿でいた。


その夜、ギルドの屋上で、俺たちは、最後の集まりを開いた。


グレンが、酒を、注いだ。


「サクラ。お前のいねえ世界には、もう戻れねえって、前に言ったな」


「言いましたね」


「俺は嘘をついた」


「と、いうと」


「お前のおかげで、俺たちは、ちゃんと、続けるよ。お前のいねえ世界を」


俺は頷いた。


「ギルドは、どうなりますか」


「お前の、業務日誌の、書き方を、規格化する。各地のギルドに、配る。お前のいねえ間も、ちゃんと、数えるさ」


「それは」


「お前が、教えていったことだ。お前の、財産じゃねえ。俺たちの、共有財産だ」


俺は頷いた。


リリアが、香辛料の小袋を、もう一つ、俺に、押し付けた。


「サクラ・タクヤ。複利の話、世界中に、広めとくわ」


「広めすぎないでください」


「広めすぎるくらいで、ちょうどいいの」


リリアは笑った。笑いながら、目の縁が、赤かった。


「私、二百年生きてきて、人間に泣かされたの、初めてかもね」


「すみません」


「謝らない」


リリアは俺の額を、軽く突いた。


幼竜キリは、俺の業務日誌の、最後のページに、頬を、擦り付けた。


それから自分の小さな爪で、ページに、引っ掻き傷を、つけた。


竜の文字、らしかった。


「お前の、名前か」


キリは頷いた。


俺は頷き返した。


「キリ。元気で、な」


幼竜は、紙の匂いを、もう一度、確かめてから、リリアの肩に戻った。


最後に、ミレイアと二人で、町外れの丘に、登った。


丘は、最初に俺が、王都へ向かう前に、彼女と並んで星を見た、あの屋根の上の、続きの場所だった。


夜が来ていた。


星は、いつもより、多かった。


ミレイアは、俺の業務日誌を両手で預かった。


そして、最後の頁に、丁寧な彼女の文字を書き入れた。


書いている間、彼女は何度もペンを止めた。


何を書くか、迷っているのではなかった。書きたいことは、決まっていた。ただ書いてしまうと、別れが確定する、と思っていたのだ。


俺は隣で、待った。


書き終えて、ミレイアは業務日誌を俺に返した。


「サクラ様の字を、丁寧で、美しいと思った気持ちは、本物です。今も、これからも」


書いた頁を、俺は見た。


ミレイアの字は、震えていた。


けれど、丁寧だった。


俺の字を真似た、丁寧さだった。


「ミレイアさん」


「はい」


「字、上手くなりましたね」


「あなたが、教えてくださったので」


「俺、教えてないですよ」


「教えてくださいました。書いてある字を、見せてくれただけで」


俺は頷いた。


「ミレイアさん」


「はい」


「俺は帰ります」


「はい」


「だが、いつか、また、ここに来るかもしれません」


「いつ、でしょう」


「分かりません。けれど」


俺は業務日誌を開いた。


開いた頁に、新しい欄を、作った。


「次の棚卸しの、予定。未定」


書いて、俺は笑った。


「『未定』のまま、置いておきます。未定、ということは、終わっていない、ということなので」


ミレイアは笑った。


それから、初めて声を上げて泣いた。


俺は、業務日誌を閉じて、彼女の隣に座った。


並んで、ただ、星を見た。


ミレイアは、声を出して泣きながら、それでも、星を見ていた。


涙が、頬を伝って、銀の髪に、消えた。


「ミレイアさん」


「はい」


「俺、こちらに来て、初めて、自分のしてきた仕事を、誇らしいと、思いました」


「そうですか」


「字を、誰かに褒められたから、ですね」


「私の、おかげですか」


「ええ」


「私こそ」


ミレイアは、涙を袖で拭った。


「私こそ、サクラ様に、出会って、初めて、自分の文字を、書けるようになりました」


「ご自分の文字、ですか」


「教会では、教典の文字しか、書かせてもらえなかったので。自分の言葉で、自分の字を、書くのは、サクラ様に、字を見せていただいてから、始めたことです」


俺は頷いた。


「ミレイアさんの字は、丁寧で、美しいです」


「真似ですから」


「真似でも、上手いです」


ミレイアは笑った。


笑った頬に、また、涙が、伝った。


「サクラ様」


「はい」


「日本に、戻られても、棚卸しを、続けてください」


「はい」


「いつか、私も、こちらの世界で、別の形の、棚卸しを、続けます」


「お願いします」


「同じ世界の、別の場所で、同じ仕事を、している、と、思っていてください」


俺は頷いた。


頷きながら、ミレイアの肩に軽く手を置いた。


ライフマートにいた頃の俺なら、絶対にできなかった仕草だった。


ミレイアはその手を、自分の手で軽く覆った。


しばらく、二人で、そうしていた。


風が、吹いた。


ミレイアの銀の髪が、彼女の頬から、外に、流れた。


俺はミレイアに、頭を深く下げた。


「ミレイアさん。あなたに、字を褒めてもらえて、本当に、幸せでした」


「サクラ様」


「はい」


「私も、あなたに、出会えて、幸せでした」


光が、丘の上の俺を包んだ。


光は、優しかった。


俺は最後に、業務日誌をしっかりと握った。


頭を上げたとき。


光は、俺をすべて覆っていた。


そして、世界が白く消えた。

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