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異世界の棚卸し~地味なドラッグストア作業員が、世界の「ロス」を止めるまで~  作者: もしものべりすと


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18/21

第十八章 地味な日誌が、決定的証拠になる日

教会は、動いた。


俺たちが大陸の棚卸しを始めて、一週間。


教会は、自身の保管している全記録の、一斉改竄を、図った。


数百年分の、聖典の写し、奉納記録、献金台帳。すべてに、一斉に、薄い修正魔法がかけられた。


宮廷魔導士長が、それを検出した。


「サクラ殿。教会が、過去のすべての記録を、書き換え始めました」


俺は、地図を見つめた。


「想定の範囲です」


「対策は」


「あります」


俺は業務日誌の、自分の最初の頁を開いた。


日本での、最後の月の、ロス記録。


それから図書館で写した、五百年前の手記。


「これは、教会の手の届かない、独立した記録です」


「サクラ殿、しかし」


「教会の記録が改竄されても、これが残ります。私の業務日誌の、ロスの時刻は、千年単位で、教会の魔導具の起動時刻と、一致します」


「魔導具」


「世界の魔力を、定期的に吸い上げる仕組みです。それを、定期的に動かさなければ、千年単位の集積は、不可能です」


俺は、業務日誌の頁をめくった。


日本のライフマートで、午前二時に発生した、ロス。


そのとき、俺は金属球に、触れた。


金属球。


「魔導具の、出口。だから、俺は転生した」


俺は、自分でも初めて、そう言葉にした。


リリアが、すぐ後ろで、息を呑んだ。


「サクラ・タクヤ。あなた、自分の転生の理由まで、いま、解いた、の」


「はい」


「日本のドラッグストアの、棚に紛れていた、教会の魔導具の、断片」


「ええ」


「それに触れた、地味な作業員が、こちら側に、引きずり込まれた」


「そういうことです」


俺は業務日誌を閉じた。


「ですが」


「ですが?」


「だからこそ、俺の業務日誌の頁は、教会の、絶対的な証拠になります。なぜなら――」


俺は、自分の業務日誌の表紙を撫でた。


「これは、教会の手が、絶対に届かない、異界の記録だからです」


王は俺の話をすべて聞き終えて、深く頷いた。


「サクラ殿。私から、宮廷の議会と、各地の冒険者ギルド、商業組合、魔導士組合に、緊急召集を、かける」


「お願いします」


「証拠の開示は、君がやるか」


「俺がやります」


王は立ち上がった。


「歴史が、動く瞬間に、立ち会えるのは、私と君と、ここにいる者だけだ」


俺は頭を下げた。


頭を下げながら、業務日誌の表紙を、もう一度、撫でた。


ありふれた、手帳の表紙。


十年前、新人研修で支給された、安物の手帳。


それが、今、この世界の最強の証拠になっていた。


緊急議会は、王宮の、最大の広間で開かれた。


各地の代表が、夜を徹して馬車で駆けつけた。冒険者ギルド連合会長、商業組合大評議員、魔導士団総長、地方領主の代表者、それから、王の弟、王の叔父、王の従兄弟。


俺は、広間の中央に立った。


エプロン姿のままだった。着替える時間も、惜しかった。


王が、俺を紹介した。


「異邦人サクラ・タクヤ。本日、彼が、世界の真実を、開示する」


ざわめきが、広間に、走った。


俺は深く頭を下げた。それから、ゆっくり業務日誌を開いた。


「皆様のお手元の、各地からの報告書を、ご覧ください」


俺は、共通様式の報告書を用意し、その束を配らせていた。


「この数字は、皆様の、お住まいの土地の、過去十年の、消失分です。麦、魔石、聖水、薬草、そのほか、生活に必要な物資の、消失分」


代表たちが、自分の地方の数字を見た。


息を呑む音が広間中で起きた。


「これらの消失は、自然減耗ではありません。意図的な、移送です」


「移送先は」


商業組合大評議員が、震える声で、聞いた。


俺は、地図を広間の中央に広げた。


「中央点。王都・大聖堂」


広間が、静まり返った。


完全な静寂だった。


その静寂を破ったのは、王の叔父である、老公爵だった。


「サクラ殿。この数字、嘘でないと、誰が、保証する」


俺は頷いた。


「私の業務日誌は、教会の手の届かない、異界の記録です。教会には、書き換えができません。さらに、五百年前、千年前の、同種の記録も、王立図書館の禁書庫に、原本として、残っています」


俺は補足した。


「数字は、私が嘘をつきたくても、つけません。この場の皆様の、地方からの数字と、付き合わせれば、全ての桁が、合います」


老公爵は、自分の地方の報告書を開いた。


それから、自分の手で暗算を始めた。


数分後、彼はゆっくり立ち上がった。


そして、俺に向かって頭を下げた。


「サクラ殿。我が領、五十年分の、消失の謎が、解けました」


ざわめきが、また、広間に、走った。


各代表が、次々と、立ち上がり、頭を下げた。


権威ある人々の、長い、長い、お辞儀の波だった。


最後に、王の弟である若い公爵が、立ち上がった。


「サクラ殿。一つだけ、伺ってもよろしいか」


「はい」


「あなたは、なぜ、この仕事を、引き受けたのですか」


俺は、しばらく考えた。


「頼まれた、からです」


「それだけ、ですか」


「それだけです」


公爵は、首を傾げた。


「我が国の、半分の歴史を、ひっくり返すほどの、仕事を、頼まれたから、と」


「俺の業界では」


俺は、ゆっくり言った。


「頼まれた仕事は、丁寧にやる、というのが、基本です」


公爵は、息を呑んだ。


呑んでから、笑った。


笑いながら、俺に向かって、もう一度頭を下げた。


「あなたの、業界の、教えを、私は、生涯、忘れません」


俺は頭を下げ返した。


下げながら、業務日誌に書いた。


「頼まれた仕事は、丁寧にやる。基本」


書きながら、ライフマートの、新人研修で、最初に教わったことを思い出した。


新人研修で、講師は、こう言った。


「皆さん、入社、おめでとうございます。今日から、皆さんに、お願いしたいのは、たった、ひとつです。頼まれた仕事は、丁寧にやってください。それだけです」


俺は、その言葉を十年守ってきた。


それが、世界を、変える日が、来るとは、十年前の俺には、思えなかった。


王が、俺の隣で、ぽつりと言った。


「サクラ。これが、君の力だ」


俺は頷けなかった。


頷くと、何かが、零れる気がした。


俺はただ業務日誌を抱きしめていた。


その夜、王宮の応接間で、最終的な、教会本部への、立ち入り調査の段取りが、組まれた。


王立魔導士団二十名、近衛百名、それから俺と、グレンと、リリアと、宮廷魔導士長。


「サクラ殿、武装は」


近衛長に、聞かれた。


「いりません」


「丸腰では」


「業務日誌が、武器です」


近衛長はしばらく、俺を見ていた。


それからゆっくり頷いた。


「分かりました。あなたの周りは、私の部下が、守ります」


「お願いします」


夜が更けて、俺は応接間の隅で、業務日誌を、見直した。


最後の頁を開いた。


ミレイアの巾着の中に入っていた、彼女の手帳の、一行を写したページ。


「神は、聞いてくださらない、と知っている。それでも、祈った」


俺はその下の余白に、新しい一行を書いた。


「数えるという行為は、祈りに、似ている」


書いて、ペンを置いた。


書いた直後、業務日誌が、強く光った。


光は、俺の手のひらから、肘まで、駆け上がった。


何かが、起動した、と感じた。


明日、大聖堂で、最後の棚卸しを、する。


その準備が、整った、ということだった。


俺は業務日誌を、閉じて、エプロンのポケットに押し込んだ。


押し込みながら、ふと思った。


ミレイアはちゃんと、生きているか。


教会の、地下牢で、彼女は寒くないか。腹は、空いていないか。


考えても、答えは、なかった。


俺はただ明日を待った。

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