第十七章 大陸の棚卸し
王命は、その日のうちに、各地に飛んだ。
伝書鳩、伝書竜、転移魔法、街道の早馬。すべての通信手段が、動員された。
俺の名前は、要請文の、署名欄に、印刷された。
「指揮:佐倉拓也」
たった六文字だった。役職の代わりだった。
各地から、返信が、続々と届いた。
冒険者ギルドの連合は、各支部の倉庫の、完全棚卸しを、開始した。
商業組合は、過去十年の取引帳簿を、王立図書館に、運び込んだ。
魔導士組合は、各地の魔力測定の、過去の記録を、提出した。
王立図書館は、俺の作戦本部に、なった。
机を、二十個並べた。書記を、五十人配備した。地図を、三十枚、壁に貼った。
俺は業務日誌を、机の中央に、開いた。
「皆さん」
俺は書記たちの前で、説明した。
「これから、来る数値は、ばらばらの形式で来ます。それを、共通の表に、変換します。表の様式は、これです」
俺は、自分の業務日誌の頁を見せた。
書記たちは、最初、戸惑った。
「サクラ殿、これは、どこの様式ですか」
「日本の、ドラッグストアの、業務日誌の様式です」
「日本」
「異界の、地名です」
書記の中の、一番若い男が、ぽつりと言った。
「我々は、異界の作業員の様式で、世界を救うのですか」
俺は頷いた。
「方法は、何でも、いいんです。数えられれば」
書記たちは、半日もすれば、慣れた。
人間は、本当は、整列が、好きなのだ。
整列した数字は、一目で、何が起きているか、分かる。
書記の中には、最初、自分の文字に自信がなくて、震えながら書いている若者もいた。俺はその横に座って、書き方を教えた。
「上から下へ、右から左へ、決まった順で書けば、誰の文字でも、読めます」
「文字が、汚くても、ですか」
「字の綺麗さ、は、関係ありません。位置と、桁が、合っていれば、いい」
若い書記は、頷いた。
その日の終わりには、彼の書く数字は、すっかり、揃っていた。
各地から、報告が、積み上がった。
ある地方の倉庫の、冬の魔石備蓄。本来あるはずの数より、二割少ない。
ある商人の、毎月の売上。記録上は順調だが、利益率が毎月わずかに削られている。
ある神殿の、聖水の在庫。月初の補充量と、月末の残量の差が、教会への奉納量と、一致しない。
数字は、嘘をつかない。
すべての数字を、地図上に重ねたとき、現れたのは、見事な放射状の、矢印だった。
各地から、王都・大聖堂へ向けて、何かが、引き寄せられている。
何かが、ピタリとそこへ、流れ込んでいる。
俺は業務日誌に、その図を、書き写した。
書きながら、グレンに、声をかけた。
「グレンさん」
「ああ」
「これ、多分、世界の魔力と物資が、千年単位で、一箇所へ集められている、という意味です」
「千年単位」
「ええ」
「集めて、何にしてる」
「分かりません。ですが、誰が集めているかは、分かります」
俺は地図を指した。
中心点は、教会の、最深部にあるはずの、ある一点だった。
宮廷魔導士長が、青ざめた。
「サクラ殿。ここは、教会の聖典に、何度も登場する場所です」
「何の場所ですか」
「『魔王の眠る間』」
俺は頷いた。
頷きながら、業務日誌に書いた。
「魔王、自然発生に非ず。世界の魔力の集積体。生成主、教会」
書き終えて、俺はペンを、ゆっくり置いた。
「皆さん」
俺は書記たちと、宮廷魔導士長と、グレンと、リリアを、見回した。
「魔王はいません」
「は?」
「魔王と呼ばれていたものは、教会が、定期的に、放出する、過剰な魔力の、塊です」
書記たちが、一斉に、顔を上げた。
「それを、教会が、討伐の儀礼で、消す。世間は、魔王を倒した教会、を、ありがたがる」
「サクラ殿、それは」
「神話の、改竄です」
宮廷魔導士長が、頭を抱えた。
「我が国の、半分の歴史が、書き換えになります」
「ええ、そうです」
俺は業務日誌を閉じた。
「ですが、半分の歴史を書き換えてでも、止めないと、この先、世界は、本当に、滅びます」
書記の少年が、ぽつりと言った。
「サクラ殿、僕、サクラ殿の言うこと、信じます」
「ありがとう」
「数字は、嘘を、つかないって、教えてくれましたから」
俺は頷いた。
少年の、丁寧になった字を、思い出して、もう一度頷いた。




