混じりものはシノダノモリには還れない ②
一方、奥螺が汐緒に詰められていることなど知らない潮は案外近場で仕事をこなしていた。日帰りで終わる仕事ばかりだったが、アパートに特攻しかねない汐緒の行動を先読みしてホテルに泊まっていた。
「今日は流石に家に帰るかな」
あのアパートにさほど思い入れはないと思っていたが、やはり家は家なのだ。帰る場所という認識があるだけでもだいぶ気持ちが楽になる。疲労を癒すにはあの狭い城が必要なのである。
今日は確か肝試しに行った息子の様子が可笑しくなったという話だったか。馬鹿はどうして自ら障りに行くのだろう。半ば呆れながら日本の大都会でため息を吐く。
この間から東京での仕事が増えたが、依頼者の家が記された住所を見て眉を顰めた。肺の奥まで深く煙を迎え入れながら指先で煙草の灰を落とした。
この近辺は祓い屋の家系でも最も古く続いている有名な土御門家が管轄している。勿論不可侵な土地ではないので、人手が足りない時などは他の祓い屋も出向くが、潮はあまり他家が管轄している土地には行きたくなかった。普通に面倒臭い。
土御門家は一般の人間ですら名前が聞いたことがある、かの有名な陰陽師安倍晴明を排出している一族である。
(マジでダルいな)
土御門の当主は弱冠十六にして当主を継いだ傑物だ。確か今は十八になる筈だが、規格外の霊力の強さは祓い屋だけでなく他の拝み屋たちの間でも有名である。潮は会ったことなどないが、噂ではとても人格者な美青年だという話だった。
潮が嫌なのは彼ではなく、土御門の他の人間である。テンションも頭も可笑しい女なので絶対に会いたくない。
サクッと行ってサクッと仕事を終えた潮は、腹ごしらえに近くのカフェへと向かった。依頼者の家に向かう際にチラリと見かけた隠れ家的カフェで気になっていたのだ。見かけた時は何組か並んでいたが、今は混雑も落ち着いているようだ。何を食べようかと出入口に立った際、ふいに出てきた客に声をかけられた。
「あれ、しーちゃんじゃん」
逃げられない仕事場以外ではけして聞きたくない聞き覚えのある声の主を見上げて、げぇっと顔を歪めた。
「うげっ、平……何でこんなとこいんだよ。カフェとか行かないだろお前」
そこにいたのは腕に女をぶら下げてのほほんと笑う平だった。
「え~めっちゃ偏見。今日はアユちゃんが奢ってくれるって言うからついてきただけ」
「アユでーす。ていうか、お兄さんメチャクチャイケメンなんだけど。モデルか何かやってる?」
ショートカットの髪に小綺麗な格好をした女は、平の腕にほっそりとした腕を絡ませたまま興味津々といった風にこちらの顔を覗き込んでくる。眉をひそませる潮を見てノリが違うと悟ったのか、意外にもそれ以上は身体を近づけてはこなかった。
「アユちゃん俺と一緒にいるのにしーちゃんに興味あるの?」
「だってこんな美人なかなか見れなくない?」
「妬けちゃうんだけど。どうせ俺はイケメンじゃないよ」
「え~可愛いこと言うじゃん、でも美人はあくまで観賞用だけど、ガチでメロいのはあんただよ」
長いネイルで彩られた指先が、平のほっそりとした顎に擽るように触れる。
「でも本命じゃないんでしょ?」
「お互いにね?」
いったい何を見せられているのだろう。平の異性関係が派手ことは知っていたが、目の前でいちゃつかれてヒクリと口元が引き攣った。
「女の子って、あんたみたいな悪い男に惹かれるもんなんだよね。可愛くて最悪で、母性本能擽られる」
「あはっ、俺可愛いんだ?」
いい加減我慢の限界だった潮は、隙間を縫うようにしてカフェに入ろうとするが、腕を掴まれて平に止められる。
「せっかく会ったんだからどっか行こうよ」
「行かねぇよ離せ。オレはこのカフェに食いに来たんだっつうの」
「んじゃ俺もまた入る~。てことでアユちゃん、ここで解散してもいい?」
流石にデート中かつ奢ってもらっておいてそんなことを言うのは考えうる中でも最悪なケースだろとギョッとするが、しかし彼女は流れるような仕草でキス一つを平にすると了承した。
「あたしもこれから彼氏とお家デートだからいいよ」
「んじゃ丁度いいね~。また連絡すんねぇ、バイバイ」
何が丁度良いのか全くもって理解できなかった。唖然として宇宙人を見る気持ちでいると、グイッと腕を引かれてカフェの中に連れ込まれる。ニコっと笑う男から乱暴に手を振り払うと、半ば諦めた気持ちで案内された席にさっさと座った。こうなったら早く食べて帰ろう。
「これとこれ美味かったよ、後これも」
メニュー表を見て指を指す平をまるっと無視して店員を呼ぶと、彼もまた色々なメニューを注文した。
「お前さっきも食ったんじゃねーのかよ」
「食ったよ? でも俺らって本当の意味で腹が満たされることねーじゃん、わかってんでしょ?」
頬杖をつきながらふにゃふにゃと力の抜けたような笑みを浮かべる彼をチラリと見ながら沈黙する。
それからすぐに運ばれてきたミルクティーを一口飲んだ。
「つーかさ、お前金持ってきてんの? さっき奢られたとか言ってたけど、オレは奢んねぇぞ」
「大丈夫大丈夫、店出る前にタクシー代で三万貰ってるから」
あまりの潔いクズっぷりに呆れを通り越して感心してしまう。
「クソクズ野郎が」
「心の声出てる出てる」
あっそと頷いた筈が素直な心根が本音を口にしてしまったようだ。
頼んでいた品が全てきたのでそのまま味を堪能しながら忠告する。
「お前んなことしてたらいつか刺されるぞ」
「え~大丈夫じゃね? だってあっちが寂しい時とかに都合よく俺を使ってるだけだし、俺は俺で美味しい飯食えたり金貰えるからお互いがWin-Winな関係な訳。お互いが利用してるだけだから何の感情もないし、後腐れもない、皆がハッピーハッピー」
頬杖をついた平の指にはゴツい指輪が光っている。
「お前って平気で女殴りそう」
「あははっ、男女平等パンチってやつ? しーちゃんには言われたくねー」
口も手も出るのはお前でしょと言われ、あまりの風評被害に口を歪める。
「オレは女には手をあげねぇよ」
「ふぅん、優しいねぇ」
揶揄するような口調に腹が立った潮は、黙々とデザートを平らげることにした。平が話しかけても無視して食べ終わると、すぐさま席を立つ。
「待ってよしーちゃん」
手に持っていた伝票をスルリと抜き取られ舌打ちをしながら平を見上げると、彼はニッコリと笑って小首を傾げた。
「奢るよ」
「……あっそ」
まあ、元々の金の持ち主は平ではないのだが。
迷惑料とでも思って言われるまま金を払わせ、流石にレジに置いてきぼりにするのはあれかと思い隣で待っていると、彼は少し驚いたようにこちらを見ていた。
「何だよ」
「てっきりさっさと店出るのかと」
「金出させておいてんなことするか。ま、この後は家に帰るけどな」
現金を財布にしまう平にご馳走さんと告げると、彼はふっと笑った。そのまま並んで店を出ると平は言った。
「しーちゃんって育ち良いよね」
「は?」
「いただきますとか、ご馳走さまとか、お礼とかちゃんと言うじゃん?」
「昔の記憶ねぇのに育ちが良いも悪いも知るかよ。ただいただきますは言うだろ、奥螺が煩ぇから」
礼儀作法というものにやたら細かい奥螺によく辟易したものだ。糀谷の家で暮らしていた時期がある平も勿論言われて過ごした筈なのだが。
「あー……そうだったかも? でもそもそもあの人とあんま一緒に飯食ったことないからわかんねぇや」
「ふぅん?」
単に言うことをきかない平に匙を投げただけな気がするが、彼は潮を見下ろすと目を眇めた。
「たぶんおーちゃんにとってしーちゃんの優先順位が高いからじゃね? しーちゃんは一番なんだよ」
「はあ?」
「いいね、しーちゃんは誰かの一番になれる」
気持ちの悪いことを言うなと言いかけ、妙な気配に互いに勢いよく右を見た。何とも言えない気配に、じっとりと汗が浮かぶ。奥から歩いて来たのは素直そうな純朴な少年だった。彼は自分を凝視する二人に怪訝な顔をしながら通り過ぎる。
「っ……ねえ!」
「えっ」
咄嗟だったのか少年の腕を掴んだ平に少年も潮もギョッとした。
「何だよテメエ」
慌てて間に入ろうとした瞬間、派手な身なりの青年が少年の腕を掴んだ平の手を乱暴に振り払った。少年ばかりに気を取られていて気づかなかったが同じ学校の制服を着ているところを見ると友人のようだ。
「あ、ユウくん待って! 何もされてないから!」
「お前はいつも油断しすぎなんだよっ! お前に何かあったらあいつに俺が酷い目に遭わされるんだぞ!」
「いや、これは不可抗力~」
涙目で叱られている少年を可哀想に思って、潮は平を無理矢理引き離した。
「悪い、人違いみたいだ」
「え、あ」
「腕怪我はねぇか?」
「あ、大丈夫です」
ペコリと頭を下げる少年には先ほど感じた妙な気配は感じられなかった。それよりも彼を庇うように前に出ている青年の正体に気づいて潮は青年の方に近寄ろうとしたが、少年は何かに気づいたように「あ、おれたちこれから用事あるので失礼します~」と慌てて青年の腕を掴むと走り出してしまった。
「あの派手な方、妖怪だな」
人間のふりをして暮らしているのか事情は知らないが、少年を守っているようなのは確かだった。妖怪だからといってむやみやたらに祓ったりはしないのだが、どうやら少年に警戒されてしまったようである。
「にしても……」
あの妙な気配はなんだったのか。肌が粟立つようなあの感覚──まるで。
「あのひとかと思った」
平の言葉にギクリとする。あのひと、それはたぶん。
「──やっと見つけた」
思考に耽る前に、肩を掴まれた。聞き覚えのある声に恐る恐る振り向くと、彼はニッコリと口元だけを笑みの形にしてその目は少しも笑ってはいなかった。
「逃がしませんよ、潮さん」




