混じりものはシノダノモリには還れない ①
おかしい。
正月に実家に帰った後から一度も潮と会えていない。
最初は仕事が不思議と重ならないなと思っていたが、食事に誘っても忙しいと断られる。自分が気づかない内に何か潮の気に障るようなことでもしたかと思ったが、彼なら気に入らない時点で直接言うだろうし、こんなフェードアウトするようなやり方は潮らしくない。
嫌われたのかと思えば誕生日にはメッセージをくれるので、本当に意味がわからなかった。
ただ一つわかっていることは、認めたくはないが彼に避けられているということだけ。
「もう俺二十歳になっちゃいましたよ、潮さん」
二十歳になったら一緒に酒を飲もうと約束したのに。一方的にだが。
「物思いに耽てるとこ悪いんやけど、僕こう見えて忙しいんですわ。用がないなら帰って頂きたいんやけど」
「用がないならそもそもこんなとこわざわざ来ませんけど」
チラリと横目で素っ気なく答えれば、奥螺は頭が痛いとでもいうようにこめかみを揉んで引き吊った笑みを浮かべた。
「キミ言葉に気ぃつけてな、普通に失礼やから」
汐緒は今京都にある糀谷家に直談判しにきていた。業腹ではあるが、潮について最も詳しく、かつ信用されているのは奥螺である。潮と会えなくなってすぐに彼の様子が可笑しいと思ってあれこれ奥螺に連絡をとったが、のらりくらりと躱されて仕方なく直接顔を合わせて話をするためにきたのだ。
「だから今は二人でこなすほどの仕事がないんですって。ない袖は振れないやろ、僕がわざと会わせないようにしとる訳じゃないんやから、鬼電も長文メールもやめてほしいわ。ていうか、潮ちゃんに送ってやそれは」
「しつこいのは潮さん嫌がるでしょ」
「僕もイヤや。あんな、プライベートのことは自分等でどうにかしてくれます? 僕はママじゃないんやから」
「会いたくても色々理由つけて会ってくれないんです」
「はいはいほんなら嫌われたんやないですか?」
おざなりに返事をする奥螺に汐緒は眉をひそめた。一体彼は何を言っているのだろう。
「潮さんなら嫌いな相手の誕生日にLINEしたりしないでしょ」
「ホンマに汐緒くん何で僕んとこ来たの」
疲れたようにため息を吐いた奥螺はゲンナリとした様子で湯呑みに口をつける。
「そんなの決まってます。どうして潮さんが俺のことを急に避け始めたのか……いえ、遠ざけるようになったのか、貴方なら知っているんじゃないんですか」
一瞬だけ、湯呑みを持った彼の手がピクリと反応した。テーブルに湯呑みを置いた奥螺は、感情の読みにくい薄い笑みを口元に刻むと首を傾げた。
「避けるも遠ざけるも同じ意味やろ。何で言い直したん、変な子やわ」
「話をすり替えないでください。……アンノウン、これに聞き覚えは?」
「……そら古い呪い屋の名前よう知っとったね。まあ、長く祓い屋やっとると名前くらいは聞いたことありますよ、一応僕当主なんでね」
「実在するんじゃないですか?」
「ふっ、あははは、どうしたん汐緒くんキミらしくもない。確かに昔はおったかもしれんね……でも今はもうとっくに死んどるやろ、呪い屋やて人なんやから、生きてたなら何百才やねんて話や」
笑う奥螺の目の奥にはなんの感情も窺えなかった。まるで頑是ない子供を流すような態度の奥螺に疑いは確信に変わる。
「俺も昔、一度一番上の兄が同業から聞いたと噂話程度に聞いたことがありましたが、眉唾物だと本気にしていませんでした。あの人都市伝説の類好きですし、お伽噺みたいなものだと」
遥か昔から記述されているその存在は、名前や年齢どころか性別すらその時々でまったく違うものとなる。そんなもの複数の呪い屋が記述の時点で混同されただけだろうと思っていたが、奥螺は生死については否定したが存在そのものは否定していない。
ならば本当に姿も性別も変えられる呪い屋は実在したということだ。いや、今もきっと実在している。
「実在しているんですね?」
「……お伽噺や、今自分で言うたやろ」
「今回正月に犬塚が管轄してる領域内でゴタゴタがありました。潮さんに聞いているでしょうが」
「本家の人間だってやっと言えて良かったね」
「まあ、それは潮さんの心が広いおかげで、えぇ」
色々知られていて出会いもお膳立てしてもらっている手前やりづらい気持ちになりながら、軽く流す。軽く咳払いをしてから、奥螺を真っ直ぐ見つめた。
「そこで関係していた呪い屋のことを、父がアンノウンと言っていたんです」
「そ……れは聞いてないなぁ。出どころは泰三さんかぁ」
ふっと奥螺の体が脱力する。額を押さえながら顔に浮かぶのは苦笑だった。
「もしかして今までの件も手口から考えてそのアンノウンが関わっていたんじゃないんですか? ただ今回は犬塚の人間に直接関わってきた、だから潮さんは俺を遠ざけた……アンノウンと関わらせたくないから」
汐緒の視線に奥螺は降参するとでもいう風に両手を上げた。
「そんな目で見んといてや。……そやね、うん。確かに潮ちゃんから二人一組の仕事は当分受けないとは連絡があったのは確かやね。アンノウンが犬塚の件にも関わってるって話も聞いた」
「どうしてそこまでして俺を関わらせたくないんですか? まるで自分が原因のように俺から距離をとるなんて、潮さんとアンノウンは何か関係があるんですか?」
「ちょちょちょ、そないに矢継ぎ早に聞かんといて。……というか、僕の口からはなんも言えへんねん堪忍してや」
腕を組んだ姿勢のまま困り果てたように笑う彼に眉を上げる。
「どうして」
「それは潮ちゃんの過去に関わってくる話やからや。自分の過去ペラペラ知らん内に他人に話されたら気分良くないやろ」
「……それは」
「汐緒くんに話してないってことは知られたくないんやろ」
潮が話したくないことは無理に聞くつもりはない。けれど、やはり頼ってほしいという気持ちも消せないのだ。
「俺に話せないのは、やはり俺が頼りないからですかね……。信頼できないから、話せないし遠ざけたんでしょうか」
「まあ、それは潮ちゃんの気持ちなんて本人じゃないから知らんけども、信頼してないからではないんと違いますか? 信頼してても話せない、関わらせたくないことってあるやろ。キミも自分で言うたやん、遠ざけたって。それってキミをアンノウンから守りたいからちゃいますの?」
虚をつかれて奥螺を見ると、彼は逆に驚いたような顔をしてから苦笑を浮かべた。
まさか思ってもみなかった。潮が自分を遠ざけた理由は、汐緒が力量不足だと判断されたかと思っていたからだ。少しだけプライドを傷つけられながらも、彼にしてみれば汐緒の力も精神的な支柱も頼りないと思われても不思議ではないと思っていたのも事実だ。だって潮本人も、そして周りの祓い屋も汐緒よりずっと大人で経験も積んでいる者ばかりだ。今目の前にいる奥螺もそう。特に彼は潮に一番頼られている。霊力も強く、精神的にもタフな男だ。
駄々を捏ねず、矜持を曲げてでももう少し場数を踏んでおくべきだったと今更後悔していたほどに、距離をとられたことがショックだったのだ。
だから奥螺の言葉にはハッとさせられたし、物凄く驚いた。同時に腹の底からふつふつと湧き上がる強い感情のまま静かに立ち上がった。
「俺行きます」
「うん? 行くってどこにや?」
「潮さんの所へです」
「いや、潮ちゃんが今どこにおるかキミ知らんでしょ。潮ちゃんのアパートに行ったけど会えなかったから僕のとこまでわざわざ来たんやろ?」
「貴方なら知っているでしょう?」
ニコっと微笑むと奥螺は頬を引き吊らせながら恐る恐る訊ねた。
「えーと……汐緒くん怒ってはります?」
「いえ、別に? ただ、俺って潮さんからしてみれば守られるだけの対象なんだなって思うと色々思うところがあるだけですよ」
潮になら屈服させられ首輪をつけられたって構わない。しかしそれは守護され、彼の腕の中で赤子のように庇護されたいということではないのだ。あくまでお互いの背中を任せ合えるような、対等な関係でいたい。
「潮さんに嫌われている訳じゃないことはわかったので、少し強引にいこうかなと。だから今すぐ潮さんの居場所ゲロってください」
「いや、今仕事中やで」
「コンビなんだから俺が一緒でも可笑しくないですよね。それに今回は別にお金はいりませんし」
渋る様子を見せる奥螺に、汐緒は悲しそうな顔をしてみせた。
「……そうですか、無理ですよね。わかりました」
「なんや、急に物分かりようなりましたね」
怪訝な顔をする彼に悲しそうなふりをしながら大袈裟にため息を吐く。
「だったら自力でアンノウンについて調べるしかないですね。だって潮さん俺と会ってくれないですし、貴方は居場所を教えてくれない。なら潮さんに繋がるアンノウンを探して接触するしか方法ないじゃないですか。潮さんの嫌がることはしたくないですけど、会ってくれないなら会いたくなるようにするしかないですよね。幸運にも俺の周りには詳しそうな人もいますし、使えるものは親でも使えとはよく言ったものですね」
「無茶苦茶言ってる……」
絶句する彼に小首を傾げる。
「俺もできればやりたくないんですよ?」
暫く沈黙した奥螺は苦虫を何百匹も噛み潰したような顔で漸く頷いた。
交渉が成立した汐緒はニコニコと笑って、潮の居場所がかかれた紙をポケットにしまった。
「キミ案外子供なんやね」
どこかげっそりと窶れた様子の奥螺にそう言われ、汐緒はにんまりと笑った。
それはどこか悪ガキのような、汐緒らしくない笑みだった。




