インガメは水甕の中で手を伸ばす⑥
泊まっている部屋のソファに座りながら、おやつにいきなり団子を味わいつつ慎二が口火を切るのを待っていると、彼は汐緒の様子を気にしながら漸くポツリポツリと話し出した。
「友達の様子が最近変なんだ」
「変?」
「うん。あいつ、幹也って言うんだけど、最近ずっと変なんだ。ちょっと前から体が痛いって言ってたんだけど、暫くしたら給食とか物凄く食べるようになって、他の奴がとろうとすると恐い顔で怒鳴るようになって……」
それはただの思春期と成長痛なのではと思ったが、視えるであろう慎二がそう言うということは、ナニかが憑いているのだろう。
「一番変なのはオレを独占しようとするんだ。オレが他の友達と喋ると凄く怒って暴れたり、急に泣きわめいたり、だんだんあいつが可笑しくなっていくの、もうオレ耐えられないよ!」
「その幹也ってのは元から乱暴な一面があったのか?」
「ないよっ! あるわけないっ、幹也は凄く、凄く優しい奴なんだ。オレがこっちに引っ越してきて馴染めなかった時、あいつが積極的に仲間に入れてくれたからクラスの奴らとも仲良くなれたんだっ」
潮の疑問にすぐさま気づいた汐緒が、宥めるように慎二の肩を擦りながら続けた。
「慎二は元々関東に住んでいたんです。犬塚の遠縁ではありますが両親は視える力もありませんし、接点がないため犬塚の家が祓い屋だということも知りません。でも慎二は視えるだけじゃなく霊力も強かったため、色々あって、力の使い方を学ばせるために今は分家の家で預かっているんです」
一般人の視えない普通の両親から、先祖返りのように強い力を持って生まれてくることは珍しいことではない。ただ知識もない普通の人間からすれば、視える人間という者は異端だ。自分たちには視えない存在を相手に話しかけている息子の姿は、さぞ奇異に写ったことだろう。
「幹也はこっちに来て初めての友達なんだ」
「そいつは今どうしてる?」
「体調が悪いって学校に来てない……」
ぎゅうっと握られた拳が白くなるのを見下ろしながら潮はため息を吐いた。
「それで、オレにそれを相談するっつうことは、ナニか憑いてるんだろ? だったらよりいっそう身内に頼んだ方がいいだろ」
犬塚の家は祓い屋として優れている人間が多い名家だ。身内の依頼ならば優先的にどうにかしてくれるだろう。
「それはダメっ!」
「何で」
「バレたくない! オレ、幹也に変な奴だって思われたくないんだっ」
その答えに思わず面食らう。汐緒と顔を見合わせ、バレたくないのは家にではなくそっちかと脱力した。
「変な奴って、犬塚の人間って迫害でもうけてんの?」
「まあ、祓い屋を生業にしていることは近所なら有名なんで、基本的には皆さん良い人ばかりですが、中には眉唾物だインチキだって疑ってる人もいますね。……まあ、たまに子供の中にはからかってくる奴もいるでしょうけど、でも慎二は苗字もこっちのじゃないですし、そもそも気づかれていないと思います」
「からかってくるクソガキなんかぶちのめしゃいいだろ」
追加で菓子を食べながら鼻で笑うと、慎二はできないよ、と呟いた。
「さすがに暴力での解決はちょっと」
汐緒にも苦言を呈され唇を尖らせる。
「やっと普通に遊べる友達ができたんだ、それを壊したくないよ……。でも犬塚の誰かに言ったら依頼したことになって大事になるから、そしたら全部バレちゃうでしょ、オレ、それは嫌なんだ」
「いや、祓う時点でバレるだろ。相手が眠ってる時にそおっと祓える訳じゃねぇんだから」
しかも相手は体調を崩して学校にすら来ていない。弱い相手なら札で祓える可能性はあるが、そもそも接触せず遠距離から祓うなど到底無理な話である。
「で、でも、潮くんなら依頼として行くんじゃなくて、一緒にお見舞いのていでついてきて、そこで祓えないかな。お金はオレちゃんと払うからっ、犬塚の祓い屋として行くんじゃなきゃそれでいいんだっ」
「いや、祓う相手によるだろ。それに、見舞いのふりで行ったとしても、戦闘になったら普通にバレるぞ」
「で、でもっ!」
「慎二、いいかげんにしろ」
「汐緒兄ちゃんっ……」
「祓い屋の仕事はそんな片手間にできるほど簡単じゃない、潮さんを困らせるな」
珍しくピシャリと強い口調の汐緒に慎二が項垂れる。
「お前、友達にバレたくないって言ってたけど、バレたくないのは視える力があることか? それとも本当は、犬神の能力についてのことか?」
「え……」
「オレにはお前が、犬塚の家と関わりがあることの方が隠したいように見えるが」
最初からずっと、犬塚の家に依頼で来られることを酷く拒絶していた。勿論友人に視えることを知られたくないのもあるだろうが、異能の種類は違うにせよ、最悪潮ならば祓ってもいいということは、そもそも犬神と関係があること自体を隠したいように見えた。
「幹也のばあちゃんが、犬神憑きの家を嫌ってるんだ。幹也の兄ちゃんと姫ちゃんが付き合ってたんだけど、犬狩の家の子だってわかったら凄く悪口言われて二度と来るなって家から追い出されたんだって」
そういえば派手な美少女が犬狩家にいたな。昨日ずっと潮の顔を飲み物のツマミにしながらうっとりと隣に座っていた少女の名前がそんな感じだった筈だ。
「結局その後別れたらしいんだけど、幹也のばあちゃんは犬神は人を呪う悪い妖怪だから、犬神の憑きモノ筋の人間とは絶対関わっちゃダメだって」
「あぁ、そう言えば姫がブチギレてたかも。本当に喰い殺したろかババアって。それ慎二の友達のお婆さんのことだったんだね」
中型犬ほどの大きさの犬神を使役している少女の姿を思い出しながら、とんでもなく口が悪いなとドン引きする。
「もしオレが犬塚の親戚だってわかったら、友達でいられなくなるかもしれないっ……そんなの嫌だよ」
ポタポタと涙を溢しながら手の甲で必死に拭う慎二の頭を、汐緒が慰めるように撫でた。
「だからオレだけに相談したかったのか」
「うん……」
「年配の方の中には憑きモノ筋を毛嫌いする人も多いですからね。元々本来の憑きモノ筋とはお婆さんの言う通りのものですし、犬塚の家は違うと説明しても理解を得られなくても仕方ないです」
汐緒の言う通り、本来の犬神とはそういうものだ。誰かを呪うために使ったり、自らの家を栄えさせるために使用するが、そもそも犬神とは、狐や他の憑きモノ筋とは違いけして家主に従順ではなく、家を栄えさせる一方で祀られることによって家に恩恵を持ち込むことはぜず、祟り神のような側面を持つ。
魂を鎮められ忠誠を誓った犬塚の犬神たちとは根本から在り方が違うのだ。
「それよか気になったのは、その幹也って奴に憑いている奴だな」
話を聞いている内にある存在が浮かんだが、汐緒が頷いたことにより疑いは確信に変わった。
「慎二、慎二は憑いているソレを視て、ナニかわかったんだね?」
「うん……」
体が痛み、腹が減って大食漢となり、嫉妬深くなっては情緒が不安定になる。
この特性を持つ存在に詳しいのは、犬塚の人間たちだ。
犬神憑きだと知られたくないのも大きな理由ではあるだろうが、たぶんそもそも慎二は、友人に憑いたナニかを犬神で祓いたくないのではないだろうか。
きっと友人に憑いているその存在は──。
「──犬神が、憑いてる」




