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しおとせお  作者: 柚希
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インガメは水甕の中で手を伸ばす③

「あれ、兄さん潮さんと一緒だったんだ」


 二人で戻ってきた姿に、潮が目を瞬かせた。


「仲良くなったばい」

「いや、なってない」

「ツレないねぇ。僕はこんなにも潮くん好いとるのに」

「兄さんの片思いだね」


 わざとらしく肩を竦めながら、要は潮の肩に腕を回した。


「潮くんはいいこばい。さっきの啖呵も立ち回りも惚れ惚れしたよ」

「立ち回りって、喫煙所で何かあったんですか、潮さん?」

「別に何もねぇよ」


 要の腕を剥がしながら答えれば何かに気づいた様子で汐緒は苦笑した。


「親戚の誰かが俺のこと何か言ってました? いつものことなんで聞き流していいですよ」

「……お前、ムカつかねぇの?」

「別に、力の弱い奴らの言うことなんて何の意味もありませんし。基本的に滅多に会わない遠縁の人間が言ってるだけなので、本人に直接言えない、祓い屋の仕事もまともにできない奴らなんて気にするだけムダですよ」


 切り捨てるような物言いを珍しく思いながらも、本人が気にしないのならまあいいかと納得する。


「それより兄さん、また裏口から出入りしたの?」

「カズヱに見つかったら小言言われるばい、内緒にしてね、汐緒」

「もう……。そろそろ夕食の時間だからとりあえず移動しよっか。兄さんはまんまんさんに手を合わせに行ってからね」

「はーい」

「潮さん、行きましょうか」

「おん。てか、さっきも気になってたがまんまんさんって何だ?」


 途中要と別れて二人で廊下を歩く。


「あぁ、仏壇のことですよ」

「ふぅん、お前普段は方言使わないよな。あのチビもだけど」

「輝兄は昔、方言きつすぎて一緒に仕事を組んだ人に馬鹿にされたのがトラウマになったみたいで、なるべく標準語使うようにしてるみたいです。俺の場合は、一時期熊本から離れて暮らしてたからですかね。子供の頃の方が方言使ってたような気がします」

「へぇ」


 何故実家から離れていたのか気にはなったが、あえて聞かなかった。


「そういえば潮さん、夕飯食べたら一緒に露天風呂入りませんか?」

「露天風呂?」

「はい。部屋にはシャワーしかついてないんですけど、この家皆が入れるような内風呂と露天風呂があるんですよ。ちゃんと温泉引いてるので、凄く気持ち良いんです」

「いや、すげえな」


 流石名家の金持ちの家はレベルが違う。内心引きながら、潮は頷いた。



※※※※※※※※※※※※※※


「あのさ、オレ座る位置可笑しくねぇ?」

「可笑しくないですけど?」


 きょとんとしながら優雅に食べる汐緒は、潮の困惑に気づいていないようだった。


「いや、可笑しいだろ」


 大勢の犬塚家の人間たちがいる中、他の分家や遠縁の人間を押し退けて、まるで家族ですが?とでもいうように本家の人間たちと食を囲んでいるこの状況はどう考えても変だ。

 無駄な恨みを買いそうな状況に食べる手が進まない。

 分家の人間たちは気にしていない様子で談笑しながら犬神たちを自由にしているが、遠縁であろう人間たちは眉をひそめて潮を見ながらコソコソ何かを囁き合っていた。まあ、一族の人間でもなんでもない一介の祓い屋が当主とその家族の輪にいることが気に入らないのは理解できる。

 輝良くらいは嫌な顔をするかと思ったが、意外と彼は普通に「おう」と挨拶だけして特に拒否反応は見せなかった。


「潮くん、これもうまかけん、もっと食べんね」

「酒は飲める? さしよりビール飲む?」

「坊っちゃんが世話になってるんだって?」

「はぁ、ほんなこつむぞらしか顔か~」

「うちの坊っちゃんたちもむしゃんよかばってん、兄ちゃんも負けてないね」

 

 なんというか、分家の人間たちもあまりにも気安い態度なのだ。入れ代わり立ち代わり揉みくちゃにされ、思わずしたこともない愛想笑いすら浮かんだ。

 親戚どころか親もいない身としては、こういった空気や場は縁がなさすぎてどうすればよいのかわからなかった。


「お前、わりと人見知りなんだな」


 何が可笑しいのか、向かいに座っている輝良が面白そうにこちらを眺めているのに気づいて口元をへの字に曲げた。


「お前は他家の人間に囲まれていつも通りにできんのか?」

「当たり前だろ」

「他家の名家にお前一人でも?」

「……いや、まあ、でも! この家の人間たちはあったいかいだろ。おおらかだし、気の良い奴らばかりだぞ」

「そもそもこういう場に慣れてねえんだよ」


 輝良が親戚の人間たちに可愛がられているのは見ていればわかる。いや、輝良だけではない、遠縁の人間たち以外は本家も分家も関係なく気安い態度で汐緒たちを可愛がっている。


「お前んち、年末親戚づきあいなかったの?」

「あー、まあ、あの人そもそも忙しくて家にいないこと多かったしな」

「あの人?」

「俺の親代わり。同じ祓い屋だよ、俺は親いねぇからな」


 固まった輝良を見て、しまったと内心舌を打つ。言わなくていいことを話してしまったと思いながら勧められた酒を呷る。空気にでも呑まれてしまったのか、普段ならば絶対に言わないことが口から滑り落ちてしまった。

 

「あー……その」

「いい、今のは忘れろ」


 気まずそうにしている輝良に軽く手を振ると、いつの間に隣に来たのか茶助が主人の詫びでもするかのように潮の手を小さく舐めた。思わず苦笑しながら乱雑に小さな頭を撫でると、茶助は一度ゆるりと尻尾を振ってから主人の元に戻って行く。


「そうだ潮くん、我が家の露天風呂のことは聞いたか? 今日は星も綺麗に見えるばい、ぜひ堪能してってくれ」

「あぁ、そうする」


 だいぶ飲んだし食べた。他の人間たちはまだまだこれからの様子で誰も席を立つ者はいない。暫くは分家の小さい子供の相手をしていたが、流石に疲れてきた。汐緒は潮の様子に気づいたようで「そろそろ風呂に行きましょうか」と助け船を出してくれた。


「まじでお前の一族呑兵衛ばっかだな」

「そうですね、皆比較的呑む方ですね。それにたぶん夜中まで終わらないですよ。年末は子供たちも夜更かししても許されるので、皆誰が最後まで起きてられるか勝負してるのでテンション高いですし、潮さん疲れたんじゃないですか?」


 フフッと笑いながら汐緒が言った。


「潮さんチビたちに大人気でしたね。女の子たちなんて目がハートになってましたよ」

「白髪が珍しかったのと見慣れない人間に興味あったからだろ」

「はぁ、潮さんはわかってないですね。あれは初恋を奪われた顔でしたよ」

「はあ?」

「貴方は美人なんです。もっと自覚してください」


 汐緒の指先が、そっと潮の頬に触れる。潮は口元を歪めて鼻に皺を寄せた。

 他人より顔が良いことは自覚しているが、それが役に立ったことはない。外見なら汐緒の方が男女問わず好かれるだろう。


「馬鹿言ってねぇで早く風呂に案内しろ」


 ぶっきらぼうにそう言えば、彼は小さく笑った。




※※※※※※※※※※※※


 彼らが勧めるだけはある。立派な造りの広い内風呂と、同じくらい広い露天風呂はそれだけで壮観である。露天風呂の奥は洞窟のようになっており、潮曰く岩を手作業で積み上げて造られた洞窟風呂だという。迷わず洞窟の中に入っていく。夜なので中は真っ暗だ。白い湯気がゆらゆらと揺蕩っているのが夢心地に見える。


「これは贅沢すぎる」


 高級旅館のような出で立ちに、潮はほうっと息をついた。風呂には潮たち二人だけしかおらず、この豪華な景色をほぼほぼ一人占めできるのはなんとも言えない気持ちだった。冬の露天風呂は流石に寒いかと思ったが、関東より気温が高いので意外と平気だった。むしろ温泉に火照る身体には丁度良い。

 暫くぼんやりとしていた潮はポカポカと暑くなってきたので、洞窟の中から抜け出した。

 石造り露天風呂では、汐緒が大きな石の上に座って凉しんでいた。星でも見ているのか上を向いた顎から雫が流れ落ち、首筋から筋肉質な胸元へと伝った。


「お前、ホントガタイ良いよな」

「あ、潮さん。そうですか?」

「やっぱ良いモン普段から食ってるからか?」

「どうでしょう? まあ、俺は多分父に似たんでしょうが」


 まあ確かにそれが条件なら同じ食べ物で育った例外がいるので、やはり生まれ持った資質なのだろう。

 潮も彼に倣い夜空を仰ぐ。そして呼吸すら忘れた。

 闇色を彩る満天の星空はまるで別の世界に迷い込んだかのようだった。控えめに輝く無数の星たちの輝きは、いっそいじらしくもある。


「すっげ……」

「凄いでしょ? 俺もこの景色好きなんです。……嫌なことがあっても、ここにくるとマシになる」


 ふと言葉を切った汐緒に顔をやると、彼は静かに湯に浸かった。


「潮さん、何で俺が犬塚の名前じゃなくて、犬狩の名前を名乗ってたのかきっと不思議に思ってますよね?」


 沈黙で返すと汐緒は逡巡するように目を伏せ、それから笑った。


「俺が最初に調伏した犬神って、実は白銀じゃないんです。白銀は二回目に調伏した奴で、本来の俺の使役する筈だった犬神は、今尚犬塚の地下にある岩に眠っている犬神の原初とも伝えられている始まりの大犬神なんです」

「始まりの大犬神?」


 犬神の作り方は本来、蠱毒によく似ている。作り方は伝えられている場所で諸説あるが、よく知られているのは飢えさせた犬を頭だけ出したまま土に埋めて餓死する寸前に顔の前に餌を置き、必死に食べようと首を伸ばした瞬間に首を切り落とすというものだ。そのやり方は平安時代から行われており、蠱毒の一種だという者もいる。始まりの大犬神は、一番最初に呪物と呪術によって作り出された存在なのだという。

 本来憑きモノ筋の家系は、大体が同じやり方で獣を従えているが、犬神の家だけは違った。何百年も前、犬神の祖先は悍ましいやり方で作られた犬神たちを哀れみ、時間をかけて癒したそうだ。長い年月をかけ慈しみ、癒した犬塚の人間を愛した犬神たちは、その血に忠誠を誓った。勿論反発し出ていった犬神も沢山いたそうだが、それでも呪いに支配された犬神たちの心を解きほぐすのは、どれだけ根気がいったことだったのか。

 犬神の人間たちはそれから新たな犬神を作ることを禁止し、今では呪い屋以外で犬神を使役しているのは犬神の家だけである。その呪い屋たちも現代ではほぼほぼ数を減らしているそうだが。

 

「今まで始まりの犬神を調伏し使役できたのは犬塚家初代当主だけでした」

「……それを、お前が調伏した?」


 確か十歳ほどで犬神を顕現したという話だったが、そんな幼子が平安時代から生きている犬神を調伏するなど到底信じられれ話ではなかった。現当主ですらできなかったことを、この男は齢十にしてやり遂げたのか。


「はい。でも、俺は加減ができませんでした。子供の頃から霊力が強かった俺は、当時力の加減が難しかったんです。そして、本当に祓いかけた。……それで彼には嫌われてるんですよね。本来彼が俺の犬神になる筈だったんですが、俺だと嫌だって言われてしまって。それで次に強かった白銀が俺の犬神になったんです」

「え、てことは現当主より強いってこと? お前、次期当主なの?」

「違いますよ、それが嫌だから俺は犬狩の姓を名乗ってるんです。将来分家に降りますよっていう、俺なりの意思表示です」

「何で? 当主になりたくねぇの?」

「なりたくない……というか、資格がないんですよ、俺は」


 それは自嘲の笑みだった。濡れた髪が目元を隠す。


「俺は昔、遠縁の人間を殺しかけたことがあるんです」

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