重いこうべをしな垂れる⑩
手帳の中身を確認した男たちは、揃いも揃って渋面のまま眉間を押さえた。一人平だけは手帳を見つけたことを輝良に誉められ、嬉しそうな様子で彼にくっついている。
「村に何か起こったのは確実だが、よくわかんないな。流行り病っぽいのが村人たちの身体に起こってんのは何となくわかるんだが」
「この、近くに建てられた工場って何の工場だろう」
「さあ? ただ時代的に白黒のテレビや服装から考えると高度成長期の日本って感じだよな」
輝良の言葉に汐緒は少しだけ考えるような仕草をしてから、やがて何かに気づいたように顔を上げた。
「もしかしたらこの工場が実際原因なのかも」
「工場が?」
「時代的に1950年代だとしたら、あの時期は高度成長期の負の側面……」
「公害か!」
ハッとして昔習ったことを思い出す。平だけはそもそも内容を知らないのでいまいちピンときていないようだったが、残る三人は互いに顔を見合わせた。
「四大公害病か……でも、村が消えたなんて話は聞いたことがないぞ」
「認定されてねぇやつがある可能性は?」
「ありえなくはないですね。……調べに戻ったら消えた村の資料くらい簡単に手に入るんですが」
答えの核心に手が届きそうで届かない。だが、手帳にもある通り嬰児の死産や、産まれても問題があるような内容だったことを鑑みるに嬰児に影響があったことは間違いない。
「男と女の間で揉めてたってことは、赤ん坊に何らかの疾患があるのを男たちは呪いや化け物とみなして、女たちは我が子を守るために抵抗していたようにも見えるな」
今より医療が発達していない時代、一般市民が奇形のある嬰児を見てすぐに何らかの病気だと気づける知識がある訳もない。現代よりも自然や信仰に馴染み深い田舎の人間からしてみれば、工場を建てたせいで村に祟りが起きたと思っても不思議ではなかった。
「原因不明の体調不良に、赤ちゃんの死産……白い異形の異常に発達した頭部」
「汐緒?」
潮の問いに、彼はハッとしたような顔をした。
「これ、水俣病関連じゃないですか? 胎児性水俣病患者の症例で脳萎縮や変形などと併発して、稀に水頭症で産まれるケースがあった筈です」
「水頭症か……なら、赤ん坊をベースに他の人間たちを混ぜてあれを作ったってことか」
だとしたら本当に惨いことをする。アンノウンが関わっているとするならば、確かにあいつがやりそうなことだった。
「こんなことができるなんて、とんでもねぇ悍ましい奴だ、許せねぇ! 見つけたら只じゃおかねぇ殴ってやる」
「ま、生きてても年寄りだけどね」
「オレは呪い屋には平等な男だ。老若男女殴るぞ」
「わぁ~今流行りの女も殴れる男の発言~。女年寄りは殴れませんみたいな可愛い顔してるのに、人って見た目によらないんだねぇ」
「何言ってんだ? オレはか弱い一般人には優しいぞ。そもそも呪い屋は女性とか年寄りとかそんなもののカテゴリーに入らないだろ」
曇りなき眼で狩る対象でしかないと断言する清々しさに、生まれながらの祓い屋の血を感じる。
「あ! そういや、凄い昔に村人が突然いなくなったみたいな話を兄いがしてなかったか?」
「昴兄が? え、何だっけ」
輝良の言葉に思い出せないのかきょとんとする汐緒に、彼は頷いた。
「あの人よくわかんない都市伝説シリーズ見てるだろ。前に実は四大公害病には闇に葬られた五個目の公害病事件があった、みたいな話をやっててさ。その時はまた眉唾な話を見てんなぁって思ったんだけど、その時兄いがこれあながち本当かもなって言ってたんだよ」
話によると丁度1950年代後半にとある村で村人全員が失踪したことがあったらしい。村では少し前まで原因不明の病が流行っていたのだが、町医者が有名な大学病院の他の医師を連れて戻った時には人間の姿は跡形もなく消えていたというのだ。当時の祓い屋も村に出向いたそうだが、その時は特に変わったこともなく、病を憂いた村人たちが村を捨て他の地域に引っ越したのだろうということで調査は終わった。表向きは失踪ではなく、引っ越しということで、輝良もすっかり話を忘れていたようだ。
「引っ越した村人の足取りは掴んでたのか?」
「いや、実はわからないままらしい。でも穢れも残穢も不可思議な異常も見つからないとなると、祓い屋のできることは限られる。だから調査はそこで終わったみたいなんだが、普通な異常は後から見つかったんだと」
「普通な異常?」
「その時代、他の公害が各地で発見されただろ。だからその村の川や土なんかを調べに入ったらしい。そしたら川の水に水銀が検出されたって」
手帳に書かれていた山の近くに建てられた工場。村人たちの懸念は、違う意味では正解だったのだ。
「工場を経営してた会社は今はもうないらしいけど、そもそも被害者が誰もいなくなったから裁判沙汰にならなかったとか」
「被害者がいなきゃ加害者としてそもそも成り立たないからな。だから世間的にも認知されてない、五つ目の公害病か……」
死人や障害が残っても、訴える人間がいなければそれはなかったことと同じにされる。
「んで、全貌が見えてきた訳だけど、こっからどう対策すんの? 赤ちゃんに効く対処法とかあるの?」
「赤ちゃんは抱っこして背中トントンすれば一発で寝るぞ。汐緒にが産まれた時もよくやったっけ」
「お前はあのサイズの奴らを抱っこするつもりか?」
「輝兄ちょっと黙ろうか」
呆れていると流石に恥ずかしかったのか、汐緒の大きな掌が輝良の口を塞いだ。ニッコリ笑ってはいるが、口の端が引き攣っているのを目にして、彼に思わず同情してしまう。
「とりあえず、とみえが言ってた弟を探す」
「神社なんたらつってたっけ?」
「あ、そういえば神社というか、沢山の鳥居がある階段は見ましたよ。山の方に続いていたんですけど、調査するには時間がなかったので一度戻っちゃいましたが」
手帳にも山の神というフレーズがあった。きっとその鳥居の奥が神社に続いている道なのだろう。
「よし、なら決まりだな。神社に向かう」




