重いこうべをしな垂れる⑥
そこは寂れた集落だった。古い造りの家が建ち並んでいるが、おおよそ人間が住んでいるような気配は微塵も感じられない。もうずっと、無人の村であったのだろうことは誰の目にも明らかだった。
とはいえ異界なのでそもそも人間が住んでいる訳はないのだけれど。現世のどこかの村でも模倣しているような、どこか人間の真似事の延長線を見ているような気分になって不快感が湧き上がる。
「えぐ、クッソ乾燥ヤバいし、俺のお肌が荒れちゃう」
「お前、こんな時でもふざけるのはやめろ。いつ何が出てきても可笑しくねぇんだぞ」
至極まっとうな輝良の小言に、平は辟易した様子で片耳に指を突っ込んで聞こえないふりをしている。そんな平の態度にますます怒れるポメラニアンは、ぎゃんぎゃんと吠えながら目を吊り上げて説教していた。
「どっちも煩ぇ。もう少し警戒心もてや」
「なっ、こいつがふざけるのが悪いんだろ!」
「すぐ怒るの何? 生理?」
デリカシーもなければ最低な冗談を言う男に、輝良は絶句して口をパクパクと開閉した。そうしてもう堪らないとばかりに汐緒の腕を掴んで先に行こうとする。
「おい、ちょっと待てよ。二手に別れるならきちんと言え」
原因である平は最早興味すらないのか、物珍しそうにボロボロの民家を覗いては楽しそうにしている。
あまりにも自由すぎる。ここは保育園か何かなのか。メンバーのほとんどが祓うことに慣れた経験豊富な人選だというのに、いかんせん協調性もなければ協力し合おうという気もない。潮もどちらかといえばそっち側なのだが、よくわからない異界で仲違いして自由行動するほど浅はかではなかった。いや、もういっそ一人で乗り込んだと思えば気は楽かもしれない。
(汐緒以外ボコッて現世に帰すかな)
引き攣るこめかみを指で揉み解していると、横を巨大な生き物が悠々と通り過ぎた。白銀である。
美しい犬神は颯爽と平に近づくと、その襟首を咥えてこちらへと回収してきた。されるがままにズルズルと引き摺られてきた平は、潮の足元にペイっとゴミのように無造作に放り投げられても、興味津々で白銀を仰ぎ見た。
「うわ、めっちゃデケェ!」
遠慮を知らない幼児のように白銀の美しい毛並みに手を伸ばし、思い切り唸られている。
「白銀、もうそいつウゼェからいっそ噛み殺していいよ」
「うちんとこの犬神に変なモン喰わせようとすんな!」
目を吊り上げて潮に詰め寄る輝良を、汐緒が呆れた様子で羽交い締めにした。お互いが最早探索する前から疲れきっていた。
先刻から穢れの濃度が上がっていることなど誰もが気づいているというのに、あまりにも緊張感がない。異界に入ったばかりの時よりも、濃霧だって酷くなっている。
「マジでさぁ……」
札を取り出して構えた潮は、未だ足元で座り込んでいる平を力強く蹴り飛ばした。と同時に、霧の中から伸びてきた頭のようなものに札を叩きつける。
ギャアっとひび割れるような短い悲鳴が二ヶ所上がった。
汐緒の方も先に気づいていたようで、すぐさま白銀が襲ってきた頭に噛みつきながら足で動けないように踏んづけていた。
「油断すんなよ、死ぬぞ」
空気がピリッと緊張を帯びる。すぐざま輝良も自らの犬神に周囲を警戒させ、平も仕方がないなと立ち上がった。
──囲まれている。
いつの間にか深い霧が立ち込める中、視界が遮られているものの複数の気配を感じた。
汐緒と背中合わせで周囲を警戒しながら、祝詞を唱える。
「なんか数多くね?」
視えないが気配は感じるので、指先にいつの間にか蟲を這わせながら平が鬱陶しそうに目を眇めた。潮とは違い印を結ばずとも器用に蟲を自由に出し入れできるのは、平の強みだった。
潮もああやって一部だけを出して使用したいのだが、コントロールが難しくて未だにできないでいた。
「白銀、全部狩り尽くせ」
「茶助、蹂躙しろ」
同時に犬神二体が主の命令を聞いて飛び出した。
潮も札を使って周囲の霧を霧散させる。
白い肌のナニかが見える。それは、人間の形を真似た異形の存在だった。衣類を一切身に着けていない異形は、奥螺から聞いた都市伝説の通り異常なまでに頭部が大きい。というよりも、パンパンに膨張しているように見える。
腐りかけの生肉が膨張する様に似ていた。それは白い肌にギョロリと白目のない真っ黒な瞳をこちらに向けたまま、気をつけの姿勢でユラユラと頭を揺らしながらこちらに近づいてきていた。それからは知性も理性も感情すら感じられない。
次第に頭を振る速度が激しくなり、それらはぐらんぐらんと揺れながら素早い動きで走ってくると大きく口を開けて噛みつくように襲ってきた。
「きっも」
複数の小さな蟲をそれの口の中へと侵入させてから爆散させた平が、飛び散った肉片を嫌そうに見ながら足で踏み潰した。
潮も札で応戦するが、いかんせん数が多い。一度ここから離れて態勢を立て直した方がいい。
「キリがないなっ」
白銀よりも二回りほど小柄な茶色い犬神を呼び戻して、輝良が周囲を窺う。数を減らしたと思ったが、見るかぎりだと後十体ほどはいるだろうか。
「一旦退きましょう! さっきから祓っても祓っても増えてくる、無駄に体力を消耗するだけです!」
汐緒の言葉に全員がすぐさま反応して異形の間を走り抜ける。何体か祓いながら走っていると、白銀の背中に飛び乗った汐緒が手を伸ばしてきたのでそれを掴んで潮も白銀の背中に飛び乗った。
輝良も同様に、しかし背中に乗せるのは嫌だったのか、平の襟首を犬神に咥えさせたまま走り抜ける。そうして霧が深い廃村の中を暫く走っていた四人は、途中で一軒だけぽつんと離れたところに建てられた建物を見つけると中に入ることにした。




