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しおとせお  作者: 柚希
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重いこうべをしな垂れる⑤

 汐緒に起こされてタクシーを降りた三人は、とある山の麓で先に待機していた輝良と合流した。

 近所の人間もあまりこの辺りには寄り付かないという深い山奥が鎮座しているその場所は、本来なら静謐な空気が漂っているのだろうが、言い合いをしている煩い二人組のせいでなんとも風情がなかった。いわずもがな、平と輝良である。先に平の方が到着していたので、こうなるだろうとは思っていた。見るからに相性が悪い──潮としてはどちらとも相性は悪いのだが、そんな人間が二人きりになれば揉めるのは明白だった。

 仕方なく汐緒が二人の間に割って入ると、彼に気づいた輝良は一瞬で険しかった表情を緩ませると自分よりも大分背の高い汐緒の頭を子供にでもするように撫でた。

 苦笑しながらされるがままになっている汐緒に思わず驚くと、潮の視線に気づいた彼は仕方がなさそうに肩を竦めた。


「ん? もう一人いたのか、糀谷さんから説明されてないけど」

「急遽決まったみたいだよ。彼女は他の人間が入ってこれないように結界を見てもらったり、異界への道筋を開くちょっとした補助の役割をするみたい。だから中には入らないんだって」

「ふぅん? だとしても説明くらいしてくれてもいいのにな」


 本当は祈本人が異界への扉をこちら側に見えるようにし、こじ開けるのだが、そこは伏せてあくまで発見された扉を開く補助の役割だということにする。サラリと淀みなく嘘を混ぜた真実を汐緒が話すので、輝良も疑問に思うことすらなく納得した。


「オレは犬塚輝良、今回はよろしくな」


 人好きのする笑みは一族共通のものだろうか。潮は輝良本人には良い印象を抱いていないが、その屈託のない笑みはよく見るとどこか汐緒に似ていた。


「開口祈です。よろしくお願いします」

「ああ、開口家の子だったのか。現場に来たってことは言霊を……」

「輝兄、肩に大きな虫がついてるよ」

「えっ、噓、どこだ!?」

「とれたみたい」


 咄嗟に機転を利かせてくれた汐緒に目で合図しながら、潮もわざとらしく口を挟んだ。


「何遊んでんだ。時間ねぇんだから無駄話してないで早く行くぞ」

「ウケる、怒られてるし」


 丁度タイミング良く平も輝良に対して煽るように茶々を入れたので、彼の意識は祈から上手く逸れたようだった。怒った顔でこちらに文句を言ってくる輝良を流しつつ、祈に再度彼女のやることを道中確認した。

 手伝いの時に着ている巫女服も、儀式にいつも使うような道具も何も必要ない簡素な祈りの儀式をすると言われているようで、紙に書いている通りの祈りの言葉を口にするだけで、後は他の人間の仕事が終わるまで待機する流れになっているらしい。

 山の中は途中道が険しく、とてもではないが都市伝説で語られているような車で入るなどということはできなくなっていた。そのまま五人で歩いていると、グッと周囲の空気が冷え込むのを感じた。空気が淀み、奥螺から聞いた通り生命の声が異様なほど聞こえない。

 そうして暫く歩くと、穢れが沈澱している場所へと辿り着いた。見るからにあそこが異界への入り口だろう。


「祈、これを首にかけてろ。獣避けのお守りだ」

 

 前もって奥螺に渡されていたペンダント型のお守りを手渡す。獣は勿論、異界の扉を開いている途中で他の人間が間違って迷い込んだりしないように、周囲一帯誰も入れないように結界の役割を担ってくれる代物だ。未成年を一人山の中に置いて行くのも危険なので、奥螺からの配慮である。


「話には聞いてたが、凄い穢れだな」


 最早残穢とは言いがたい有り様に輝良が顔を顰める。あまりにもどす黒くて、潔癖症の同業者なら発狂ものであることは間違いなかった。


「霧が凄くて、何も見えないですね」


 視えない人間からすればそのように見えるのだろう。少しだけ不安そうにしている祈の頭を撫でながら、大丈夫だと答える。


「一時的にオレらの姿が見えなくなるだろうが、何も心配すんな。お前はただここで静かに祈って待っててくれ」

「わかりました」


 小さく頷く丸い後頭部を眺めつつ、潮も穢れが一番濃い場所の前まで歩いて行く。


「始めます」


 小さく息を吸って両手を組んだ祈は、静かに目を閉じると滔々と祈りの言葉を口にした。


「不浄のモノを閉じ込める扉よ、災厄をそちらへ御還し申します。どうか私の言葉をお聞きください。固く閉ざされた隠された扉よ、今この言葉を聞いたのならば姿をお現しください。──今、異界の門は開かれた。扉よ私の前に姿を現せ!」


 穢れが増幅するのを肌で感じながら、あまりの突風に顔を背け目を眇める。

 濃密で退廃的な気配が足元から忍び寄ってくるのがわかる。そうして次に目を向けた時には、異界の扉が大きな口を開けてこちらを待っていた。

 輝良も汐緒もそれぞれ犬神を顕現して入り口を見つめる。

 潮は奥螺から預かっていた箱を取り出すと、入り口の前に設置した。これは異界から異形の存在が間違っても出てこられないようにするための結界である。

 汐緒たちの後に続いて異界へと足を踏み入れようとしたその時、祈から声をかけられた。


「潮さん、無事に帰ってきてくださいね」


 ふと、彼女は潮たちが思っているよりも事の内容を把握しているような、そんな気がした。どこまで理解しているのか定かではないが、心強い彼女の言霊にふっと口元を緩める。


「あぁ」


 彼女の言葉が一番のお守りになる。軽く手を振って、潮は今度こそ異界へと足を一歩踏み入れたのだった。

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