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しおとせお  作者: 柚希
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重いこうべをしな垂れる③

 男の名前は(たいら)。本人曰く戸籍もない──奥螺の話では後から作っている、ので苗字はないとのことだった。潮と同じ地獄を経験し、そして同じ能力を持つ男でもある。

 派手な身なりとゾッとするほど血の気がない白い肌をしている男だが、顔立ちだけを見れば平凡で一度見ただけではあまり記憶に残らない特徴のない顔をしている。そのため人混みに紛ると見失ってしまうため、わざと派手な格好をしていると言っていた。見つけてもらえないのは寂しいじゃんと嘯いてはいるが、どこまでが本気なのかはわからない男である。


「ていうかさぁ、さっきせーちゃんとすれ違ったんだけどクソほど機嫌悪くて八つ当たりされたんだけど。マジムカつくぅ」


 せーちゃんとは線加のことだろう。あの男は潮のことを嫌っているが、同じくらいに平のことも毛嫌いしている。平は面倒臭そうにフラフラ歩いてくると、ドカリと奥螺の隣へと座った。


「あんまウゼェから、体の穴という穴に蟲詰めたらせーちゃんはどんくらいもつかなって言ったら顔真っ青にして逃げて行ったわ。せーちゃんって弱くてビビりなのに毎回キャンキャン煩いよね。小型犬みたいで可愛くて、キュートアグレッション起こしそう」


 ハハハと感情のこもらない乾いた笑い声に、奥螺は呆れたように苦笑して首を振った。


「平くん、遅刻も遅刻ですよ」

「あー……はははは、ごめんごめん」


 そこで漸く平は汐緒を見た。


「ていうか、しーちゃんの隣にいんの誰?」

「しーちゃんって呼ぶなって言ってんだろカス。毎回同じやりとりさせんな」

「ん~おにいさんイケメンな上にいかついの持ってんね」

「いや、話聞けよ」


 平の目は潮よりもよほど視えているようで、犬神の力を感じとっているのか目線が頭上を探るように動く。黒いマニキュアで鈍い色を放つ指先が、汐緒の顎先に伸びた。


「喰ったらどんな味がすんのかなぁ?」

「おい、未成年にやたら触んな」


 掴んだ指先を折る勢いで曲げると、平は意外そうに片方の眉を上げて手を引っ込めた。


「汐緒に近寄んな、教育に悪い」

「え~ウゼェ。しーちゃんの口の悪さの方が悪影響だと思うけど? それにさしーちゃん、今は十八未満からが未成年に変わったんだけど。このおにいさんは十八未満な訳?」

「酒も煙草も許可されてねぇ年齢なら、法律が十八だろうが結局は未成年と同じだろうが」

「珍しく過保護じゃん。おにいさんはしーちゃんの()()なんだぁ?」


 汐緒よりも身長が高い男はつまらなさそうに小首を傾げてから、ヒョロヒョロと長い手足を投げ出すように行儀悪く座ると奥螺の手元にある菓子を奪ってひょいっと口にいれた。


「はぁ……いや、マジ何でこいつ? こいつこそオレより集団行動できないだろ。力もバンバン使うし」


 一度だけ同じ能力を持つ者として一緒に仕事をしたことがあったが、この男は怪我も死も恐れない戦い方をする上、潮よりも協調性がなかった。それ故、平も潮同様他人と一緒に仕事をする機会はほぼない──むしろ力を隠す意味がわからないと札の類いを一切使わないため、潮以外の人間とは多分仕事をしたことはないはずだ。


「犬塚の人間もいんのに、こいつをフォローしながら祓うのは無理だろ」

「いやぁまあ、それもそうなんですがね。とりあえず彼は独断専行するだろうから、さほど同じ空間で共闘はしないかと思いまして。数がどれくらいいるのか、正体もいまいちわかってはいないんやけど、平くんならバカスカ数を減らす役割を担えるかなと」

「げぇ、俺特攻隊って訳?」


 ま、いいけど。

 最早興味すら失ったのか自由に菓子を食いながらアイフォンでゲームをし始める平を、潮は呆れた気持ちで眺める。とりあえず軽くこの男について説明しようと汐緒を見れば、彼はまるで珍獣を見るような顔で平を見ていた。


「汐緒、気持ちはわかるがそいつはレアポケモンじゃねぇぞ」

「え、あ、はい」

「平、こいつの名前は汐緒。んで、汐緒、こっちは平。年はオレより少し上、おい、お前何歳だっけ?」

「え~? 正確なのは知らね。多分二つ三つ上じゃね?」

「だそうだ。そんでオレと同じ能力を持ってる」


 潮の言葉に平がアイフォンから目を離してこちらをチラリと見た。


「潮さんと同じ能力を?」

「詳しくは聞くな。そんでムカつくが多分オレよりもちょっとだけ力が強い、かもしれない」


 昔一度だけ見ただけだが、当時は蠱毒腹を展開する領域が潮よりも倍ほどは広く、そして自在に操っていた。攻撃に特化した祓い方をするため依頼主を守ることは全くしないのが難点だが、純粋な攻撃力だけで言えば潮よりも強い。


「ちょっとぉ? 素直に俺のが強いって言えよ。……それと、力のこと知ってるなら全部教えてあげればいいじゃあん」


 アイフォンを無造作に放ると、平らテーブルに姿勢悪く頬杖をついて挑発するような笑みを浮かべて上目遣いで言った。


「俺たちは、()()()()()()()()()()()()()ですって」


 潮の手が平の胸倉を掴むのと同時に、奥螺が一度大きく手を叩く音が和室に響いた。


「君ら、誰の家で好き勝手するつもりや。流石にお仕置きするで」


 いつの間にか首と手首に太いしめ縄のようなものが巻きついており、奥螺の指の動きと連動して体が椅子に縫い付けられるように下がった。それは平も汐緒も同様で、汐緒などはいつの間に白銀を顕現したのか、大きく口を開けた状態で上顎と下顎を縛られ口を閉じることもできなくされた白銀の身体は宙吊りにされていた。

 奥螺の固有の力である。


「……悪い」

「すみませんでした」

「……もう皆子供やあらへんのやから、勘弁してや」


 呆れたようにため息を吐いて力を解いた奥螺は、一人だけ謝罪もしない平の後頭部を軽く叩いて叱りつける。


「平くんも、そんな関わり方するから友達できへんのやで」

「……はあい」


 疲れたように眉間を揉んでから、奥螺は気を取り直すようにお茶を口に含んだ。


「さて、本題に入るけど、皆ええですか?」


 まるで児童に話すような口調だった。大きな三人の児童は、特に文句も言わず静かに頷く。

 奥螺の話によると事の始まりは祈の親戚である開口小梅がとある霊的存在をその身に降ろしたことからだった。旅行に行ったきり十年も行方不明になっている娘の安否だけでも知りたいと、もし生きているならばそれでいい、だが亡くなっているとするならば身体の居場所だけでも知りたいと依頼を受け口寄せを行ったが、その身に降りたのは得体のしれないナニかだった。

 小梅の異常にすぐさま儀式は終えたが、彼女はそのまま意識不明になってしまったらしい。


「彼女の体からは悍ましいほどの残穢が残っていて、それが原因で意識障害を起こしてしまったみたいやね」

「その方は今?」


 汐緒の問いに奥螺はチラリと平に視線をやってから静かに頷いた。


「まだ入院しとるみたいやけど、今は目を覚ましてる」


 そこまで聞いてピンときた。


「祈か?」

「ご明察やね。まさに彼女の祈りが形を成した。あの子がおらんかったら、彼女はそのまま亡くなっとったやろねぇ」

「はぁ……本当にチートなんですね」


 汐緒も気づいたのか感嘆した様子で呟く。


「え~俺だけよくわかんないんだけど」

「それから開口の方でも色々調べた結果、同じように十年でとある県で行方不明になっとる人が多数おることが判明したんです」

「ハハハ、無視かよ」


 奥螺に無視された平はつまらなさそうな顔で自分の爪を眺めた。祈については平にあまり情報を与えたくないのだろう。潮たちも特に説明することはせず、奥螺の話の続きを聞く。


「それが鹿児島だって?」

「そうやね。君ら巨頭オっていう都市伝説を聞いたことありますか?」


 二十年前にとあるインターネットの掲示板に投稿されたその話は、車で旅行中の男が道に迷い『この先○○km』と書かれいるはずの案内看板に『巨頭オ』という見慣れない文字を見つけるところから始まる。その先へ進むと人気のない集落に辿り着き、そこには異常に頭の大きな人間のようなものがいるという話である。その人間のようなナニかは両手を気をつけの姿勢のまま固定した状態で大きな頭を激しく振りながら不気味な動きで追いかけてくるという。

 恐怖を感じた男はそのまま車で逃げ帰るのだが、その集落の場所までは誰も知らないままだった。しかし十年前にとあるユーザーがSNSでこの巨頭オと書かれた看板を鹿児島で見つけたと投稿したことにより、オカルト好きの人間たちがこぞって探すようになった。

 大体は看板など見つけられず、今その投稿自体が削除されているため噓の話だと行く者は減ったようだが、件の話の娘も大のオカルト好きだったようで当時も旅行という名目で鹿児島へと行ったのだろう。そして、本当にその集落へと足を踏み入れてしまった──または、それではないが別の異界へと辿り着いてしまったのだろう。


「その話、一番上の兄が実家で都市伝説特集の配信を見ていた時に俺も見ました」

「お前の兄貴物好きかよ」

「ホラー物が好きみたいでよく見てますよ」

「現実もホラーみてぇなもんなのに、作り物でも似たもん求めんのかよ」

「だからじゃないですか? 作り物だから突っ込みながら楽しく消費してますね」


 犬狩家の長男がまさかのホラー好きとは、本当に物好きである。血生臭い日常に、逃避である非日常ですら同じジャンルを求めるとは。

 ちなみに潮はよく動物関連の動画を見ている。癒しは誰にでも必要だ。


「こっちでも探ってみたんやけど、とある山奥に不自然なほどの濃い残穢が沈澱してたんよね。異界の扉は見つけられなかったんやけど、そもそもその辺りの場所一帯に一切生き物の気配や声がせんかったって。あまりにも残穢が酷くて、最早あれはただの穢れにすら相当するって報告が上がってきたわ。だから一刻も早く都市伝説の根源を祓って異界を消し去ってほしい」


 小梅の話によると、魂を降ろした時に視た景色は一切の光を許さない闇──虚無が転がっていたそうだ。本来降ろした魂がどんなものか視えるのだがそれすら視えず、多分異界に連れて行かれた人間の魂は最早元の形を成していないだろうとのことだった。


「だいぶヤバい案件なのは確かやし、優先して祓ってほしいけれども、もしどうしても命の危険が迫ったら、その時はすぐに任務を中断して帰ってくるんやで」

「何、おーちゃん随分弱気じゃん。別に怪異の根源になってる存在を壊すだけでしょ? 異界に連れて行かれた奴らはもう壊れててダメだろうし、救出とかよくわかんねぇことしない分楽じゃん。ぜぇんぶ、ぶっ壊せばいいんだからさぁ」


 平の言うことは過激ではあるが間違ってはいない。今回の仕事は庇ったり守ったりする相手がいないことは明白だった。自分の身を守るだけで、救い出す命も魂もそこにはない。一度でも壊れた魂は、たとえ解放されたとしても二度と元に戻ることはない。欠片を集めたとしても、それはただのガラクタである。


「平はおいといて、とりあえず無茶はしねえよ。汐緒もいるし、いざとなったら犬塚もいんだろ」

「……せやね、うん」

「話は終わった? んじゃあ俺は観光してくんね」


 もう用はないとばかりに立ち上がった平に、奥螺は声をかける。


「明日はきちんと新幹線の時間は守るんやで」


 保護者のような言葉を背中越しに聞きながら、平はひらひらと手を振って出て行った。


「俺たちも観光しましょうか」


 平と全く同じことを言っている呑気な汐緒の言葉に、潮と奥螺は顔を見合わせて苦笑した。

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