閑話休題
短い祝日にかけて三日間の旅行を楽しんでいた彼女は、木々に囲まれたのどかなプラットホームのベンチに腰掛けながら、地元とよく似た自然豊かな景色に大きく伸びをした。
一緒に来ていた友人は「地元とあんま代わり映えしない」と唇を尖らせ、アイフォンを指先で弄っている。それを横目で苦笑しながら見ていると、ふいに隣のベンチに座っている女性二人が視界に入った。彼女は退屈そうにしている友人に一声かけると、吸い寄せられるように二人の元へと足を向ける。
彼女に気づいた女性二人の内、切れ長の目が印象的な背の高い女性がこちらを警戒するように睨んだ。
「あの……」
それを意に介さず、切れ長の目の女性の隣にいる線の細い儚げな面立ちの女性の足元にしゃがんだ。
「もしかして、体調が悪かったりしますか?」
『ナンダオ前ハ』
どこか片言──というより歪な発音の女性の言葉に、彼女は困ったように笑う。
説明するのは凄く難しいのだが、彼女には他人の体調の悪さ──ハッキリ言ってしまえば死相のようなものがわかるのだ。見えるというよりも、何となくそうかな、といった感じでわかるのだ。祖父と一緒に作った手作りのお守りを鞄から取り出して、そっと女性の手に握らせる。
きちんとした寺や神社のものではないが、祖父曰く彼女が言葉と共に作ったお守りには不思議な力が宿るのだそうだ。
怖いものが嫌いなので幽霊の類は一切信じていないが、昔から言霊には力が宿るのだと教わって育った彼女は、言葉や祈りには少なくとも不思議な力が宿ることがあると信じている。
「きっと、体調良くなりますよ」
怪訝な顔をしている切れ長の目の女性にニコリと笑って、彼女は友人の元へと戻った。丁度電車がきたので、不審人物を見るような目から逃れられると我先にと乗り込んだ。
変な人だと思われるのは承知の上だが、あえてその場で気まずい思いをしたい訳ではない。ただ、自分の行動で誰かを少しでも楽にできるのなら、不審なお節介人間になろうとも彼女は困っていそうな人に声をかけるようにしている。
一方お守りを渡された女性は、電車に乗って去って行った彼女を見つめながら、ふいに小さく声を漏らした。
『ドウシタ?』
『体が、少し楽になったかも……』
掌に握られているのは、薄い桃色のお守りだ。それを不思議そうにふたりで覗き込む。
健康守と刺繍が施された淡い桃色のお守りは、素人が作ったのか縫い目がわりと甘い。しかし何となく優しい力を感じた。
試しによいしょと足に力を入れて立ち上がろうとすれば、あれほど自力で立つには何もかも弱っていたというのに、簡単に自分の足で大地を踏み締めることができた。
『嘘……』
『えぇー……あの子何者なんだろう?』
呆然とした顔でこちらを見つめる友人のそんな表情は、長い付き合いの中でも初めて見た。思わず笑いが込み上げる。
『これで、あなたの故郷に行けるね』
『っ……アァ、ソウダナ』
泣くのを堪えるような笑みに、頬をすり寄せる。
けして命の灯火が増えたわけではない。けれど、ほんの少しだけ燃える力が強くなった。それだけだが、たったそれだけのことがどれほどの幸運か、きっとふたり以外にはわかるまい。
『奇跡って、あるんだね』
心地よい風に黄色い葉が舞うのをふたりで眺めながら、掌のお守りと不思議な少女に感謝した。




