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しおとせお  作者: 柚希
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をばれうと鳴き声⑫ 完

 海鳥村の一件は、あの後全てつつがなく処理を終え、沖嶋がどうなったかというと彼に対しては刑罰に処せるものがないので特に()()()()()()()()()()()。ただ、沖嶋の母親の方が息子の仕出かした罪の重さに耐えきれず、また、反省の色もないあの男が自分の子供だという事実が赦せなかったようで、親子の縁を切っていた。死んでも尚会うことは二度とない、この土地に足を踏み入れることは二度と赦さないとその場で宣言していた。あれほどのことをしておいて、あの男は母親に見捨てられると思っていなかったのか、まるで死人のような顔で縋っていたが「息子でいたいなら今すぐ親の責任としてお前を殺して私も死ぬ」と包丁を突き付けられ、顔面蒼白で逃げて行った。

 磯村は沖嶋のことを忘れると言っていた。友人だと思っていたのはもしかしたら自分だけだったのかもしれない。そう呟く彼の表情は物悲しくはあったが、妻と子を奪った相手に復讐してやろうといった仄暗い感情は見受けられなかった。

 怒りも憎しみも悲しさも消えはしないが、忘れるよ。

 そう言って静かに笑う男を見て、それがもしかしたら一番の復讐の形なのかもしれないと思った。

 沖嶋は磯村を傷つけ、貶めたかった。だが、彼はあの男のことを忘れようとしており、前だけを見ている。磯村のことを引き摺り下ろしたかったあの男の存在はいずれ彼の中から薄れ、風化していく。誰の中にも残らず、何も成せない。それこそ、あの男からしてみれば己の存在がいかに無価値なものでしかない証になり、罰になるだろう。

 因果応報、というにはあまりにも優しい幕切れだが、普通の罰ではない方が、きっといい時もある。

 ただ、いつも傷つくのは周囲の人間なのだ。怪異や呪いを扱った張本人よりも、その不幸の帳は周囲の人間に纏いつく。呪いを武器にした本人よりもその身内が犠牲になるのは、歪んだ因果のせいだろうか。哀しい思いをするのは、いつだって本人以外の誰かだ。


「ま、今回も無事に解決できて何よりですわ。汐緒くんも、二人での仕事はだいぶ慣れてきはったんやない?」


 いつもの喫茶店に集まって海鳥村についての顛末を話し終え、各自くつろぎ始める中、奥螺がコーヒーを片手に汐緒へと訊ねた。


「まぁ、そうですね。潮さんが色々フォローいれてくれるので、何とかなってます」

「あらまあ。やっぱり二人をコンビにしたのは正解やったね。絶対二人は相性が良いと思ってはりましたわ。潮ちゃんも、他人にフォローいれられるくらい成長しはったんやねぇ」

「嫌味かコラ」


 頬杖をつきながら半眼で睨むと、横から汐緒が咥え煙草は危ないですよ、と潮の口からスルっと煙草を抜き取って灰皿へと置いた。


「わかってる」


 舌を打ってもう一度煙草を咥えると、それを見ていた奥螺がニヤニヤとした表情を隠しもせずにこちらを眺めてくるので、テーブルの下で足を踏みつけてやった。


「あ痛っ、ちょっと乱暴はやめてくれはります? 僕の方が付き合いめちゃくちゃ長いのに、何で僕には優しくしてくれへんの」


 泣き真似をする奥螺に一度も触れることなく、汐緒が首を傾げた。


「二人はそんな昔からの知り合いなんですか?」


 奥螺は何やらにんまりと笑うと、どこかドヤ顔で頷いた。


「そやね。僕と潮ちゃんは、潮ちゃんがこ~んなちっこい頃からの知り合いやから」


 親指と人差し指で大きさを見せるが、どう見ても数センチの大きさに思わず呆れてしまう。


「いや、それじゃ赤ん坊どころか産まれる前のサイズだろうが、ホラ吹くなよ」


 初めて奥螺と出会った頃は、せいぜい彼の胸くらいは身長があったはずだ。


「確か十歳くらいに初めて会ったから、そっから考えると十年以上経つか」


 あの頃の奥螺はまだ学生服を着ていて、今よりももっと大人に見えたが。


「お前、あの頃とあんま変わんねぇな」

「え、嫌やわぁ、そんないつまでも若く見えるやなんて、褒めても飴ちゃんくらいしか出ぇへんよ」

「中身がな。十代のまんま」


 煙を吐き出しながら吐き捨てると、汐緒も納得したように頷いた。


「成長がないタイプですね」

「……いや、酷すぎひん? 君ら、僕を苛める時だけ物凄い仲良うなるんなんなん? 年上には労りの心を持つべきやと思うんですが」

 

 滲んでもいない涙を拭うふりをする彼を、潮たちは何事もなかったかのように無視する。それを見てやれやれと肩を竦める男の足をもう一度踏みつけていると、ふいに汐緒がスマートフォンを見て声を漏らした。


「あ、すいません、俺もう帰りますね」

「用事?」

「はい、久しぶりに一番上の兄が帰ってくるみたいで母が家族皆で夕食をとりたいって張り切って支度してるらしので、帰宅命令出ちゃいました」

「へぇ……仲が良いんだな」


 血の繋がった身内がとうにいない潮としては、一家団欒といった風の家族の在り方が凄く不思議で未知なものに感じる。両親がいた頃の記憶も今となっては朧気で、夕食を誰かと一緒に家でとるなんてことはほとんどしたことがなかった。


「潮さんも、今度一緒に来ます?」

「いや、何でだよ」

「たぶん、潮さん母に気に入られると思います。あの人、可愛い人が好きなので」

「オレのどこが可愛んだよ、早く帰れ」


 しっしっと手を振る潮に笑いながら、汐緒は奥螺に「失礼します」と声をかけて帰って行く。

 もう一本新しい煙草を咥える潮を眺めながら、奥螺は言った。


「潮ちゃんもたまにはあの人とご飯食べたらええのやないですか?」

「いや、何で。ガキの頃ですら一緒に飯食ったの数えるくらいしかねぇのに、お前との方がまだ飯食ってるわ」

「育ての親ですやん」

「仕事を教えてもらって、住むとこも提供してもらったのは感謝してるけど、あれは育ての親とは言えなくね?」


 むしろどちらかというと奥螺の方がその役割をこなしていたような気がする。奥螺の実家と潮が住んでいた家では県を跨がなければいけない距離だというのに、彼は学生の身でありながら時には泊まり込みで潮の生活のサポートをしていた。彼にはそんな義務などないというのに。あの男には仕事の仕方、生きる術を叩きこまれたが、奥螺には普通の生活で必要な常識や知識を教えてもらった。学校に行っていない潮が高卒の資格をとれたのも、忙しい合間をぬって奥螺が勉強を教えてくれたからだ。


「……まぁ、あの人も不器用なお人やからね」

「オレのことはいいんだよ。──それよりも、呪い屋についてだが」

「……アンノウン関連、ですか」

「あぁ。状況から察するにたぶん今回の事件も、前回の事件もそいつが関わってる筈だ。姑獲鳥たちを無理矢理一つにした呪い屋は、最近まで村の森にいたらしい。百年以上よりもずっと前の人間が、普通今も生きてるか? 普通の呪い屋じゃないのは間違いねぇ」

「まぁ、そやね。こっちでもアンノウン関係の事件として色々切り替えてる。ただ、いつもながら手がかりが一切ないのは、ホンマに頭にくるわ」


 よくよく見ると、奥螺の薄い皮膚は寝不足なのか血色感がなかった。柔らかな目元にも薄くクマができている。彼が疲れを見せるのは珍しいが元々糀谷当主の仕事をこなしながらこの件を抱えているので、しょうがないのだろう。いつも飄々として忘れがちだが、彼の業務量は潮などよりもよほど多い。会社勤めではないものの、立派な社畜といっても過言ではないだろう。


「……ま、そっちはおいおいやっていくしかないとして、僕はそれよりも、汐緒くんに能力を見せたことの方が驚きですわ」

「仕方ないだろ。祓う相手が厄介なほど、一緒に仕事してれば使う頻度も上がる」


 たまに他の同業者と組むことはあるが、大抵個人プレイになるか、もしくは札でどうにか対処していた。しかし今ではほとんどの案件が汐緒とセットなのだ。見せないでいる方が難しい。


「一応、僕の方からも潮ちゃんの能力については他言しないように彼には言い含めましたけどね」

「言ったのかよ。でもま、あいつはわざわざ他人に吹聴したりはしないだろ」

「随分信用してはるんですね」


 少しだけ驚いたように目を丸くしている奥螺に鼻白む。


「そういう訳じゃねぇよ。ただ、あいつは他人にそこまで興味ないだろ。人懐っこいけど、他人に対しての線引きは割りとハッキリしてるタイプだと思う」

「ほえ」


 気の抜けた声を上げながら、奥螺は椅子に凭れた。


「ほえって何だよ」

「いや、当たらずとも遠からずというか、そこまでわかるくらい彼のこと見とるんやなって。あの子はあの子で難しい子やからね、やっぱり潮ちゃんに任せてよかったですわ」

「……詳しくは聞かねぇぞ、厄介そうなのは見てればわかる」


 強い力を持つ一族のゴタゴタに巻き込まれるのは御免だった。まあ、もし汐緒本人がどうしても話したいと言ってくるのであれば、その時は聞いてやるつもりではあるが。


「ただ、今までずっと鳴りを潜めてたアンノウンがここんとこ活発に動いてんのは気になるな。何を企んでんのかしんねぇが、厄介なことになんなきゃいいが」

「やめぇや、それを人はフラグって言うんよ。でも、まあ、用心にこしたことはないですからね。……潮ちゃんも、気ぃつけて。もしアレが接触してくるとしたら、君が一番目をつけられてるんやから」

「はっ……、あいつはもうオレには関心なんかねぇだろ。たとえ接触してきても、むしろ好都合だ。ガキの頃とは違う。力の使い方も戦い方もわかってんだ──殺してやるよ」


 低い呟きに殺意を乗せて、潮は窓の方へと視線を向けた。窓から見える空はいつの間にか暗雲がとぐろを巻いていて、重苦しい風が木々を揺らしていた。

 

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