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しおとせお  作者: 柚希
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重いこうべをしな垂れる 始まり

 その日は朝から嫌な風が吹いていた。

 厳しい残暑を乗り越え、漸く紅葉が艶やかに色づいてきた十一月のその日、知人の頼みでどうしてもと懇願された開口小梅(ひらくちこうめ)は、白装束を身に纏いながら窓の外を眺めた。

 

「嫌な気配だね」


 本来オツトメ自体は夏の大祭時期か秋詣り以外はやらないのが小梅の基本だが、こうして知人経由でどうしても断れないこともたまにある。

 他の同業者なら大祭時期以外でも自宅でオツトメをしている者もいるだろうが、小梅も寄る年波にはどうも勝てなかった。そもそもこの職業自体、今ではやる人間も少なくなった。基本的に辛い修行が必要なため、若く健康な人間はまずこの仕事を選ばないだろう。それに、ただ若いだけでは駄目なのだ。視える人間であるということがまず前提にあるので、視えない人間ではいくら修行をしても()()()()()()()()

 本物になるには、視えること。

 もしくは()()()()()()()条件だ。

 視えなくても本物になりたいのなら、見えない者にしか資格は与えられない。全盲の人間は肉眼では見ない。心の眼で視るからこそ、それは視える人間と同等の意味を持つ。

 窓から視線を外した小梅は、待たせている依頼人のいる部屋へと向かう。

 今回の依頼は、十年前に行方不明になった娘の霊を口寄せしてほしいとのことだった。

 この十年必死に探してきたが手がかりはなく、いっそ生死だけでも知りたいとのことだった。

 つまり、口寄せできれば娘はもう死んでいる。できなければ、どこかでまだ生きているということだ。

 小梅には夫も子もいないが、可愛がっている姪孫がいる。もしその子が行方知れずになったとしたら、生死だけでも知りたいと思うのは当然のことだろう。

 それが、全ての区切りの一つになろうとも──十年は他人が想像するよりもずっと長い、心の区切りをつけることを冷たいという人間もいるだろうが、人はそれほど強くはできていないのだ。


「さあ、始めようか」


 部屋には甥の嫁である(しずか)が同じように白装束を纏い、小梅の後ろへと控えている。

 本来生年月日と没年月日を聞くのだが、亡くなっているかはわからないので、とりあえず娘と縁が強いであろう私物などを持ってきてもらった。

 梓弓の弦を細い竹の棒で叩いて音を出し、霊的存在を喚び寄せる。

 目を閉じ、気配に集中していたその時、小梅は今まで感じたことのない、筆舌し難い恐怖と苦痛に襲われた。


「あ、あ、あ……」

「シラエさん?」


 小梅の異変に気づいた静がオツトメをする時に使う名前で呼ぶが、身体の中を蠢いて侵食してくる悍ましい気配に、言葉を返すことができない。

 喉の奥がジリジリと焼け、身体中が捻れるような感覚だった。


「あっ……あっ……あぁあああああああああああ!」


 最早自分の身体のコントロールは小梅にはなかった。よくわからない得体の知れない()()()が小梅の意識を支配下に置こうとしている。

 まずいまずいまずいまずいまずい。

 一体ワタシは何を喚んで、何を受け入れてしまったのか。


「たすけて、たすけ、て」


 小梅の口を借り、何者かが勝手に話し出す。

 己の中にいる存在がなんなのか、小梅にはわからなかった。いつもなら魂の記憶のようなものが視えるのに、コレには何も視えない。

 魂が、壊れている。


真実(まみ)!? 真実なのっ……!?」

「たすけて、くるしい……」

「どこにいるの!? あなたはいったい、今どこにいるの?!」


 何も視えない、見えない、みえない。

 酷く暗く、陰鬱としていて、凄惨な気配だけが纏わりつく。──いや、何も視えないのではない。

 そこで小梅は気づく。

 この闇のような無の景色こそ、今自分の身体の中にいる者がいる場所なのだ。

 見ている景色なのだ。

 見えないのではない、虚無がそこに転がっているだけなのだ。

 ()()()視てはいけない。このままこれを視れば、間違いなく小梅は発狂するだろう。現世に戻ってはこれなくなる。


「迎えに行くからっ、どこにいるか教えて……?」


 切なく響く母の声に、身体にいる主は目をぐるりと回した。


「わからない、わからない、わからない、にげられないにげられない、どこにもいけない、どこにもどこにもどこにもいけないなくなるわたしがなくなるまざるまざるいたいいたいいたいいたいくるしいくるしいきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえるきえる」


 言葉の奔流が迸り、その異様な光景にその場にいた誰もが言葉を失った。

 淡々ときえるを繰り返していた小梅の口が、大きく横に歪む。裂けんばかりの口元の歪みは、まるで笑みを浮かべそこなったかのように酷く下手くそで、悍ましいものだった。

 シンっとした乾いた沈黙がその場を満たし──そして、唐突に一言呟いた。








「きえた」

 

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