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しおとせお  作者: 柚希
23/27

をばれうと鳴き声⑧

 暫く山道を走っていると、目の前に淡い光の玉が現れた。鬼火になる前の、無垢な魂だ。


「これは……」


 まるでついてこいと言われているようだった。もしかしたら、先ほどの光もこの光の玉がやったのかもしれない。とりあえず白銀について行くように頼むと、巨大で美しい犬神は不平不満を表すこともなく言う通りにしてくれた。

 本来なら主以外の命令など聞かないのだが、状況を自分で判断して何が主のために必要な行動かを理解して実行している。主を害された犬神の怒りは、他の憑きモノ筋のどの獣よりも激しいという特性があるが、白銀はそれを理性で抑えている。本当に利口で理性的な個体だ。

 暫くすると小さな洞穴が見えてくる。熊など出てこないだろうなと少し警戒しながら狭い洞穴の中に身を進めると、そこには腐敗が進んだ性別不明の遺体が横たわっていた。暑さと湿度のせいか、遺体の色は黒褐色になっており、液状化した皮膚からは骨が見えている。

 磯の臭いで鼻が馬鹿になっているとはいえ、近くによると死臭と腐敗臭が襲ってくる。

 思わず鼻を押さえ、顔を背けると、白い光の玉が人の形を型どった。その姿は、磯村の写真に写っていた妻の理恵だった。


『ワタシノ……カラダ……』


 予想はしていた。していたが、赤子の誕生を楽しみにしていただろう彼女の無念を思うと鉛を呑んだような気持ちになる。


「全部終わったら、必ず家族の所に帰してやる」


 潮の言葉に、理恵は少しだけ沈黙してから、やがて言った。


『アカチャン……ワタシノ……タスケテ』

「……それは」

『ワカッテル……トラワレテル……タマシイ……ズットサミシガッテル』


 きっと赤子も無事ではない。言葉に詰まった潮を見て、彼女は続けた。


「……わかった。どうにかしてやる」


 理恵は潮が頷くのを見ると、スウッと姿を消した。

 安請け合いしてしまった気がしてならないが、助けてもらった相手に助けを求められているのだ。これくらいしなければ都合が悪い。

 洞穴から出ると、白銀がグッタリしている汐緒の周りを心配そうに鼻を鳴らして歩き回っていた。


「白銀、ちょっと離れてくれるか? ……ケジメはきちんとつける、こいつは死なせないよ」


 十四歳からこの仕事をしているというのに、今回のことはあまりにも無様だった。新人に庇われ、その彼は死にかけている。潮の落ち度でしかない。

 固有の力をなるべく見せたくないために札を使って戦いにでたが、逆に潮がいかにあの力頼りで仕事をしていたのか痛感する羽目になった。

 この力を使えば、基本的にすぐ仕事は片付くからだ。よほど厄介な相手ではない限り、弱味を知るために調査したり、他の人間に関わる必要もなく、個人で静かに完結する。潮のコミュ障はそれが原因の一つになっていると昔奥螺に言われたことがあったが、本当に失礼な男だ。


(だから誰かと一緒になんて嫌だったんだ)


 言い訳めいた言葉を頭の中でグルグル巡らせていると、目を閉じていた汐緒が微かに笑う気配がした。


「……ケジメって、ヤクザみたいな言い方……」


 ゆっくり瞼を開けた汐緒に、思わず言葉が漏れる。


「お前……タフだな」


 妖怪の毒は普通の毒とは違う。言うなれば生きたまま呪いに侵食され、その命を蝕まれている状態だ。ただ呪われるよりもその身に直接受けるその苦痛は、魂を引き裂かれるほどのもので、常人なら秒で意識を飛ばすだろう。


「汐緒、今からオレがその毒を喰う」

「え……?」

「目を閉じてろ。絶対見るなよ」


 困惑している様子の彼の目を掌で無理やり閉じさせると、白銀にも伝える。


「白銀、今からたぶんキモいのを目にするだろうが、これはお前の主を害したりはしない。──だから驚いてオレのこと噛み殺したりしないでくれよ」


 こちらを見ていた白銀が、了承するかのように尻尾を揺らした。それを見て微かに笑う。

 小さく息を吐いて右足を一度踏み鳴らす。両手の甲を合わせて叩くと、慣れた空腹が腹の底から湧き上がった。


「……蠱毒腹」


 身体中から蟲が這い出てくるのを感じながら、口を開けて汐緒の傷口へと顔を寄せた。喉奥から、ぐぽっと一層大きな蟲が()()求めて這い上がってくる。グルグルと白銀の警戒する唸り声を聞きながら、毒以外は喰わないように意識を集中させた。

 蟲は傷口の周りをゆっくりとした動作で這っていく。無数の足を使って口元に毒を運ぶ様は、いつ見ても我ながら気持ち悪かった。瘴気と共に毒を全て吸いだすと、やがて蟲は潮の腹の中へと還っていった。

 口を拭い、汐緒の状態を確認すると、傷口から穢れは全てなくなっていた。顔色も幾分かマシになったようだし、すぐに出血も止まるだろう。


「……潮さん」

「お前、薄目開けてたろ」

「バレてましたか?」


 ゆっくりと身を起こした汐緒は、いつものように柔らかい表情で笑った。

 ()()()見ても全く態度を変えない様子に、苦笑いが込み上げる。


「凄く興味があって……でも、見るなっていう潮さんの意思を無視したことには変わりませんよね。ごめんなさい」


 ペコリと頭を下げて殊勝な態度をとる姿に、吹き出す。まるで子供のようだ。


「別にいいよ……見せたくなかっただけで、隠してたわけじゃねぇからな」


 正確には()()()()、だが。元々協会の上にいる人間(祓い屋家系の当主たちなど)や、潮の事情を知っている奥螺のような人間には知られている。だが潮が固有の異能力を得た経緯が経緯なだけに、当時の()()を知る者たちの間では箝口令が敷かれている。潮自身も、なるべく力を使わないように訓練を受けさせられているし、第三者と仕事で組む時は必ず札を使うようにしていた。

 個人の時は気にせず使っていたが。


「まぁ、この力使うと腹が減ってしょーがねぇからなるべく使わないようにしてた」

「最初の青森での仕事の帰り道、物凄く食べてましたもんね」

「まぁな。……後、見た目エグいしキモいじゃん」


 汐緒は意表をつかれたとでもいうように目をパチクリとさせると、思わずといった風に吹き出した。


「おい、笑うなよ」

「っ……ふ……だって、まさか……ふふ」


 笑うと傷口に響くのか、あ(いて)てと呟きながら、眦に溜まった滴を指で拭うとギュッと潮の手を両手で握った。


「キモくなんてないですよ」


 そんな訳あるか、と続けようとした言葉は喉奥で引っ込んだ。日本人にしては薄い色の瞳だ。彼が使役する犬神と同じ色の瞳には、嘲りも侮蔑も浮かんではいなかった。


「なんて言うか、むしろ……」

「あ……?」


 そこで彼は潮の耳元に顔を寄せた。


「少しエッチだなって思いました」

「い、異常性癖!?」


 ギョッとして慌てて体を離すと、汐緒は無邪気に声を上げて笑った。からかわれたことに気づいて殴ろうかとも思ったが、流石に庇って傷を負った相手に引け目を感じて受け流す。


「……とにかく、あのクソ鳥を祓いに戻るぞ」

「何か打開策はあるんですか? あの妖怪、飛行するんで白銀と相性あまりよくないんですよね」

「オレが喰う。本当は毛皮返して解決するならそれで良かったんだが、あれは人間そのものに強い敵意を抱いてる。放置はできない」


 ある意味人間の強欲な業の被害者で、哀れだと思う気持ちもある。しかし潮は人間で、人間だからこそこれ以上死人を増やす訳にはいかなかった。


「最終手段だが仕方ねぇ。……あいつは人を殺しすぎた」

「……そうですね」


 頷いた汐緒が白銀を傍に呼び寄せる。もう一度股がろうとしたその時、白銀の大きな口が眼前へと迫ってくる。驚く間もなく黒くてひんやりと湿った黒豆のような鼻先が、潮の頬にすり寄るように押し付けられる。


「……驚いた、潮さん白銀が礼を示してますよ」

「まじか」


 されるがままになっていると、ふいに服の襟首を噛まれ持ち上げられるとヒョイッと白銀の身体に乗せられた。


「白銀は犬神の中でも強いわりに大人しい個体ですけど、主以外には自分からは絶対に背中に乗せたりしないんです、わりと頑固なので。憑きモノ筋の家系じゃないのに、潮さん気に入られましたね」


 先刻は非常事態だったため背中に乗せてもらえたが、今は白銀自体が潮を受け入れてくれた。元々大きな動物が嫌いではないため、悪い気はしない。

 口元が知らずにムズムズと弛んでいることにハッとして表情を引き締めると、それに気づいて汐緒が笑う。


「は、早く行くぞ」

「はい」


 潮の背後にヒラリと飛び乗った汐緒を確認すると、白銀は力強く大地を蹴った。





※※※※※※※※※※※※※※


 ひとまず作戦はこうだ。

 汐緒と白銀で姑獲鳥を地に引き摺り落としてもらい、その隙に潮が蠱毒腹で嬰児の魂を補食寸前で吐き出す。それから最後に姑獲鳥を腹に収める。


「いや、それ作戦って言えますかね?」

「うっせ」


 曖昧な表情を浮かべる汐緒に唇を尖らせる。潮が作戦と言ったら作戦なのだ。


「……まぁ、白銀には頑張って滞空してもらうしかないか」

「そう、要はお前たちだ」


 無責任に頷くと、苦笑が頭上から降ってきた。


「ま、別に一瞬でいいんだよ。一瞬の隙があれば、こっちでどうにかする。……問題は補食寸前で赤ん坊を吐き出す方だ」

「あぁ、理恵さんの霊に頼まれたんでしたっけ?」


 先刻の出来事は簡単に汐緒には説明してある。


「喰う寸前で止めるなんてしたことねんだよな。……頑張ってコントロールしてみるけど、できっかな」

「珍しく弱気ですね。でも、俺の毒は吸い出せたじゃないですか」

「あれは、皮膚の表面に纏わりついてるって感じだったからな。赤ん坊の方は、ほぼほぼ混じって中に吸収されてる。まだ中に居るだけなら簡単だが、混じると難しいんだよ。液体の中に混じった液体を取り出す、みたいな」

「なるほど」


 とりあえず間違って喰わないようにしなければいけないのが一番の難関なのだが、やってみるしかない。

 森を駆け抜け、暫くすると、先程戦った場所からさほど離れていない所に姑獲鳥はいた。こちらに向けた背中には、羽を無理やり捥いだような酷い傷痕が刻まれている。


「……まだこっちには気づいてないようですね。行くよ、白銀」


 飛び出した汐緒たちから隠れるように木々に身を潜ませた潮は、手の甲を合わせ蠱毒腹を展開する。姑獲鳥が汐緒たちに気づくが反応するより先に、白銀の鋭い歯が姑獲鳥の腕に食い込んだ。激しい絶叫と共に飛び上がろうとする姑獲鳥の腕を咥えたまま、白銀が激しく(かぶり)を振って振り回す。

 その隙を見逃さず、蟲たちはうぞうぞと姑獲鳥に群がった。

 白銀がすぐさま離れるのを確認してから、姑獲鳥の体の奥深くに蟲たちを潜り込ませる。

 ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!

 鳥というよりも女に近い、つんざくような悲鳴が鼓膜を震わせた。


(もっとだ、もっと深く)


 まだ喰わない。もっと奥に行け。嬰児の魂を見つけろ。集中すると共に、潮の目から黒い液体が流れ出すが構わず続ける。

 なかなか嬰児の魂は見つからない。最早一つに吸収されてしまったのだろうか。焦燥感に駆られていると、ふいに小さな泣き声が聞こえた。


(そこか!)


 まだ形すら形成される前の、未成熟な魂だ。自己が確立する前なので、ひどく存在があやふやで儚い光を放っていた。蟲で覆うように囲み、ズルズル引き摺り出す。蟲の本能が嬰児の魂を貪り喰おうとするのを制御しながら力をコントロールしていると、そこでもう一つの魂があることに気づく。


(何だ?)


 弱っていることはすぐに気づいた。その魂はよろよろと蟲の方に近づくと、嬰児から引き離そうとするかのように弱々しく触れてくる。

 逆にそれは蟲たちからすれば、餌が自ら近寄ってきただけにすぎない。食欲の暴力が潮の身体を支配する。

 嬰児の魂を喰えないとわかった蟲の一匹が、その弱った魂にかぶりついた。


(っ……やめろ……!)


 吐きそうなほどの飢えが襲ってきたその時、濁流する光の洪水が潮の意識を飲み込んだ。

 間違って手直し前のものを更新してしまいました。きちんと手直ししたものを載せます。

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