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100人の電車  作者: どどんこ


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松本健太の中に燃える「君」、それは、理想と現実のギャップにもがき、表現への渇望と、才能への不安の間で引き裂かれる、創造の炎そのものだった。その「君」は、白いスケッチブックの上で、くすぶり続けている。


松本健太はスケッチブックを閉じた。描けない苛立ちが、鉛筆を持つ手に残る。電車は光と闇の間を走る。


その中で、創造とは別の種類の困難に立ち向かっている人物がいた。通路側の席に座る、高橋悟たかはし・さとるだ。彼は、分厚い専門書を広げ、何色もの蛍光ペンが挟まったページに真剣な視線を注いでいる。眼鏡の奥の目は疲れが見えるが、そのまなざしは鋭い。


眠い。瞼がくっつきそうだ。今日の会議は長かった。その後の顧客対応も。電車に乗ると、体の芯から力が抜けていく。だが、ここで休むわけにはいかない。教科書のこの一ページが、俺の未来に繋がっている。


数式が並ぶ。専門用語が続く。若い頃なら、もっと楽に頭に入っただろうか。新しい分野だ。まるで外国語を学ぶようだ。毎日、仕事が終わってから学校へ行き、家に帰ってからもこうして教科書を開く。体は悲鳴を上げているが、心は諦めていない。


窓の外、左側をちらりと見る。キラキラと輝く夜景。あの光の海が、俺の目指す場所だ。今の停滞した部署から抜け出し、新しいスキルで、あの光の中で活躍したい。家族にも、もっと楽をさせてやりたい。あの輝きは、俺にとって希望そのものだ。たどり着くべき山頂の灯火。


右側を見る。黒々とした山の斜面。それは、俺の前に立ちはだかる壁だ。分厚い教科書。覚えなければならない知識の量。この歳で新しいことを始める困難さ。全てが、あの山のようだ。険しくて、先が見えない。でも、登り始めるしかない。一歩ずつ。ページを一枚ずつ。


電車のリズムが、努力を続ける自分への応援歌のように聞こえる。ガタン、ゴトン。まだ進める。まだやれる。教科書のインクの匂いが、未来の匂いのように感じられた。ここで諦めたら、一生今のままだ。あの、くすんだ景色の中で生きることになる。それは嫌だ。


高橋悟の中に燃え続ける「君」、それは、現状を打破し、未来を掴み取ろうとする、不屈の挑戦者精神そのものだった。その「君」は、分厚い教科書のページから、眩い光を放っていた。


高橋悟の中に燃え続ける「君」、それは、現状を打破し、未来を掴み取ろうとする、不屈の挑戦者精神そのものだった。その「君」は、分厚い教科書のページから、眩い光を放っていた。


高橋は教科書を閉じ、眼鏡を少しだけ押し上げた。疲れは消えないが、未来への意志は揺るがない。電車は光と闇の間を走り続ける。


その中で、未来への意志とは全く異なる、しかし確かな光を内側に灯している人物がいた。通路側の席に座る、大塚明おおつか・あきらだ。彼は、小さな手帳を開き、そこに何かを書き込んでは、時折、口元に微かな、しかし抑えきれない笑みを浮かべている。


よし、これで完璧だ。手帳の今日のページに、打ち合わせの時間、買い出しのリスト、そして最後のサプライズを仕掛けるタイミング。全て書き込んだ。明後日だ。妻(由紀)の誕生日。今年は、絶対に最高のサプライズにしてやる。


思い出すのは、去年の誕生日に、サプライズが少しだけ失敗してしまった時の、由紀の苦笑い。あれをリベンジしたい。由紀は、もうサプライズなんてしないだろう、と諦めているかもしれない。だからこそ、意表を突く。


ケーキは、由紀が一番好きな店のもの。飾り付けは、派手すぎず、でも心に残るように。友人数人にも声をかけた。皆、協力的だ。メッセージビデオの編集も、ほぼ終わった。一人でニヤニヤしながら、スマホで何度も動画をチェックしてしまう。由紀の驚く顔、喜ぶ顔を想像すると、電車の中だというのに、頬が緩んでしまう。


外の夜景?綺麗だな。でも、俺の心を照らしているのは、この景色じゃない。俺の内側から湧き上がってくる、由紀を喜ばせたいという気持ち、そして、その計画が完璧に実行される瞬間の想像だ。この手帳に詰まった秘密こそが、今の俺の全てだ。電車が目的地へ近づくにつれて、胸の奥が、子供の頃の遠足みたいにワクワクしてくる。他の乗客たちは、皆疲れた顔をしているか、難しい顔をしているか。彼らには分からないだろうな。この小さな手帳の中に、どれだけ大きな「喜び」が詰まっているかなんて。


大塚明の心臓を躍らせる「君」、それは、愛する人を心から喜ばせたいという純粋な願いと、その願いを形にすべく密かに進行する、温かく、そして幸福な計画そのものだった。その「君」は、手帳の行間から、柔らかな光を放っていた。

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