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犬騎士と獅子姫  作者: 佐藤ヒトエ
番外編
22/22

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感想や、活動報告にコメントを下さった方、ありがとうございました!

「頼むっルキノ!いっぺんだ、いっぺんだけでいいから!」


 朝のあいさつもそこそこに、イロンデル家の当主は五歳の息子に頭を下げた。

 朝食に降りてきたルキノは、身体ばかりが大きく情けない父親のつむじを無言で見上げる。「まだ言うか」と呆れる気持ちと「気が弱いくせに、父さんも案外しつこいところがあるんだな」と感心する気持ちが半分ずつだった。


「頼むよルキノ、いっぺんだけレノー将軍にお会いしてみないか?せっかくサルデーニャ侯爵が申し出てくださったことだし、お断りするのも怖…失礼だろう?ほら、父さんの顔を立てると思ってさっ」

「いやだよ。俺は騎士になんてなりたくない。偉い将軍にも会いたくないし、稽古も付けてほしくない」


 この十日ほどで一体何度言ったか、という断り文句を繰り返す。

 父方の本家筋にあたるサルデーニャ侯爵から、「将軍が筋のいい子供を探しているらしい。ルキノくんの腕なら紹介してやってもいいが、どうだね?ここで目をかけられれば、ゆくゆくは将校として見立ててもらえるかもしれん」と声を掛けられて以来、父は常にない粘り強さでルキノを口説こうとしてくる。

 侯爵へのお義理で「一度だけなら会ってみます」と頷いたが最後、父のこの勢いではそのまま騎士にされかねない。

 貴族のたしなみ、と父に言われるまま剣を習ったのが悪かったな、とルキノは密かに反省した。

 いや、サルデーニャ侯爵家に連れて行かれた時、本家のお坊ちゃんと手合わせしてうっかり勝ったのがいけなかったのかもしれない。まさか十歳の少年に五歳の自分が勝ててしまうとは思わなかったから、本気でかかってしまったのだ。結果はルキノの圧勝。開始二十秒でお坊ちゃんをのしてしまった。

 そのせいで父は、自分とは似ても似つかぬ優秀な息子に過剰な期待を抱いたらしい。騎士、騎士、騎士、と中年の男が少年のようにキラキラ目を輝かせてルキノに迫ってくる。

 

「そう意地悪なこと言わずに、な?騎士はいいぞ~。剣に馬、近衛の制服!女の子にモッテモテなこと間違いなしだ!」

「うそだね。俺たちみたいな貧乏貴族は、騎士になったとしても一生下っ端だって姉ちゃんが言ってたもん。むさいから女の子にもモテないって。文官になって偉い奴等におべっか使う方がまだ出世の可能性は高いよ」

「お前…なんて世知辛いことを言うんだ。本当に五歳か?」

「貧乏人は早く大人にならなきゃ駄目なんだって母さんが教えてくれたんだ。賢くなれなきゃ末は野たれ死によって」

「母さん?!」

「父さん、うちってそこまで貧乏なの?転んでタダで起きてる余裕もうちにはないって本当?」

「うっ…」

「本当ならさ、ちゃんと現実を受け止めなくちゃ。俺がたくさん勉強して文官で出世してあげるから、父さんも自分が騎士に憧れてたからって、息子に夢を押しつけないでよ。うちには夢を追う金も権威もゆとりもないんでしょう?父さんに才能なかった時点でイロンデル家から騎士を出すのは無理だったんだって」


 サルデーニャ侯爵がお偉い将軍にルキノを紹介するなんて言い出したのも、嫌みか嫌がらせだろうとルキノは思っている。

 自分の息子をあっさり倒した格下貴族の不愉快な小僧を、ちょっと痛めつけてやろうというわけだ。騎士の家系に生まれ、幼いころから訓練された子弟たちにボコボコにされてこいとでも思っているに違いない。

 仮に、本当に将軍から目をかけられて騎士になっても、家柄のためにいびられ、安月給に苦労する生活が待っている。そんなお先真っ暗な人生、絶対にごめんだ。

 ルキノがつらつらと語った内容に、父はすっかり蒼褪めた。


「ルキノ…」


 黙っていればそこそこ精悍な顔が歪み、みるみる目に涙がたまる。

 やばい、言いすぎた、と思った時にはすでに遅く、父は大きな身体を丸め、ぼろぼろ泣き出していた。


「ご、ごめんなルキノ…父さん、お前に変なもの押しつけちゃってたんだな…。でも、ゆっ夢だったんだ。騎士になりっ、なりたかった…!」

「あー、俺もごめんね、父さん。言いすぎました」

「いいんだ、とっ父さんが悪かっ…ぐすっ。サルデーニャ侯爵閣下がお前には剣の才能があるなんて言うから、父さん、うっ浮かれて…ひゃっく」

「……」

「おっお前ほど筋がよければ剣で食べていけるって、侯爵が…と、父さん、嬉しくってさ…ヒッ。レノー将軍は、こっ公平な方で、うちみたいな下級貴族でも、もしかしたらとか思っちゃって…父さん、父さん…!」

「わ、分かったよ、父さん。俺、いっぺんだけなら行くから。レノー将軍とかいう人に会ってみるから、泣きやんでよ…」

「ほっ本当にか?!ほんとのほんとに…うっく」

「ほんとのほんとに行く。だから涙を、」

「やったあああああ!母さん、母さん!聞いたか?!ルキノが行くって!騎士になるって!!」


 ルキノが頷いた瞬間に泣きやんだ父が、飛び上がって居間に駆けこんで行く。弾むように消えた大きな背中を、ルキノは茫然と見送った。

 

「くそ親父…」


 やられた。“あの”父に。

 大人って卑怯だ、とルキノは小さくため息をつく。

 朝食を食べるために、父が小躍りして騒ぐ居間にむかった。




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― 新着の感想 ―
[一言] とても楽しく拝読しました! インターネット小説というものの存在を知らずにきて、この3月ごろからいろいろ楽しませていただいている者です。 タイムリーに拝読、感想など書きたかったです^^ いつか…
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