第2章 第3話 進路選択。服飾専門学校へ
一方で成績は少しずつ下がっていった。
その頃によく思い出していた言葉がある。
「15過ぎればただの人」
宗田理の作品で読んだ言葉だったと思う。
世の中には自分より優秀な人がたくさんいる。
だからこそ、自分なりの道を探す必要があった。
両親は大学進学を望んでいた。
しかし自分は手に職をつけたいと考えていた。
父の働く姿を見ていたことも大きかったと思う。
そこで衣食住について考えた。
そして選んだのが、衣食住の「衣」だった。
理由は飽き性だったからである。
食は毎日同じメニューを作り続けなければならない。
住は一件建てるのに半年、一年とかかる。
衣は季節ごとに変わる。
流行も変わる。
常に新しいことができそうだと思った。
今思えばかなり単純な理由である。
当時は職業の種類もよく分かっていなかった。
携帯電話もインターネットも一般的ではない時代だった。
それでも自分は「衣」の世界へ進みたいと思った。
そこで美術大学を調べた。
デッサン試験があることを知った。
高2の夏休みには船橋の美術学校へ2週間通った。
初めて本格的にデッサンを学んだ。
そして現実を知る。
自分は絵が得意ではなかった。
それでも衣の世界へ進みたい気持ちは変わらなかった。
そして服飾専門学校を志望した。
推薦条件は満たしていた。
だから推薦書を提出した。
親にも言っていない。
勝手に押印して提出した。
今思えば暴挙である。
高校卒業時、約400人の同級生のうち大学進学や浪人が大半を占めていた。
残りは就職が約100人。
専門学校へ進学したのはわずか2人だった。
そのうちの1人が自分だった。
当時は特別なことをしたつもりはない。
大学へ行くより服飾専門学校へ行きたかった。
だからそうした。
昔から、人と違うことをしたかったわけではない。
ただ、自分がやりたいと思ったことを選んできただけだった。
ちなみに高2の夏休みに描いたデッサンは、今でも実家に飾られている。




