第6章 第2話 出会い系横浜支社設立
自分が入社した時期は、実は出会い系サイトの立ち上げ時期だった。
母体はテレクラ会社で、新規事業として出会い系サイトを始めたらしい。
当時のサイト数は4つ。
サクラも20人程度だった。
場所は渋谷だった。
サクラの採用を続け、人数が100人を超えた頃だったと思う。
会社は渋谷での求人に限界を感じていた。
そこで横浜支社を作ることになった。
そしてなぜか自分が支社長に選ばれた。
横浜近辺に住んでいるサクラ数名を教育係として引き連れ、横浜へ移ることになった。
その頃には会社のサイト数も10個まで増えていた。
ここで面白いことを知った。
系列会社としてシステム会社も作られていたのである。
出会い系サイトのシステム一式の販売価格は1000万円。
最初は高いと思った。
だが収益構造を聞いて驚いた。
サクラが会話を続ける。
利用者がポイントを購入する。
早ければ1か月程度でシステム代は回収できるらしい。
その後のポイント販売はほぼ利益になる。
人件費は10%程度。
純利益は90%。
当時の自分には衝撃だった。
服飾専門学校では原価率や利益率についても学んでいた。
アパレルの場合、原価率は30%前後の商品も多い。
最終的な純利益率も5%から20%程度だったと記憶している。
だからセールで半額や7割引になっていても店が潰れない理由も理解していた。
それでも人件費10%、利益90%という数字は別世界だった。
今まで知っていた商売とは仕組みそのものが違って見えた。
こんな儲け方もあるのかと思った。
今振り返ると、この頃に「自分が働かなくても利益を生み出す仕組み」という考え方に初めて興味を持ったのかもしれない。
当時、自分は池袋近辺に住んでいた。
横浜は遠かった。
そして横浜支社のサクラも100人を超えていた。
会社は横浜近辺のアルバイトを正社員として採用した。
そのため、自分は本社へ戻ることになった。




