第4章 1話 アパレル就職。まさかのクビ
服飾専門学校を卒業後、最初に就職したのは社員3名の小さなアパレル会社だった。
入社を決めた理由は2つある。
1つは月給21万円と、当時としては少し給料が高かったこと。
もう1つは、デザインから発送まで、服作りに関わるすべてを経験してみたかったことだった。
大手アパレル企業では、新人はファスナーの色すら決められないと聞いていた。
だったら小さな会社で全部見てみたい。
そんな考えだった。
入社してすぐに現実を知った。
その会社は、いわゆる量販店向けの商品を扱う会社だった。
アパレル業界には流行の流れがある。
パリコレクションから始まり、高級ブランド、百貨店ブランドを経て、最後に量販店へ流れていく。
自分が入った会社は、その一番末端に近い場所だった。
それでも最初は必死だった。
しかし3か月後、会社を辞めることになる。
きっかけは社長との衝突だった。
仕事が一段落したある日、社長から発送用段ボールのデザインをやれと言われた。
当時の自分は若かった。
「こんなのはデザインじゃない」
そう反発した。
結果、そのまま解雇された。
今思えば、社会人として未熟だったのだと思う。
ただ、その時の自分には譲れないものがあった。
会社を出た時のことは正直あまり覚えていない。
普通に電車に乗って帰った気がする。
頭が真っ白だった。
ただ1つだけ覚えている。
人生が終わったと思った。
当時はまだ終身雇用神話が色濃く残っていた時代だった。
新卒で入った会社を3か月で解雇された。
自分は落伍者になったのだと思った。
それでも3日ほど考えた後、再就職活動を始めた。
親には申し訳なかった。
服飾専門学校へ行かせてもらったのに、その就職先を3か月で失ったのだから。
頭を下げて、もう1度だけ資金援助をお願いした。
同時にアパレル業界での再就職も試みた。
デザイン画を100枚描いて提出するような選考も受けた。
だが就職氷河期2年目。
しかも3か月で会社を辞めた人間を採用する会社はなかなか見つからなかった。
キズ物扱いだったのである。
2週間ほど動いてみて、自分は結論を出した。
アパレルへの再就職は1度諦めよう。
東京には残りたい。
生きていかなければならない。




