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乙女ゲームの気弱なヒロインに転生したけど、私そんなに気弱じゃありません!!  作者: ふたーなる


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第8話 二人っきり

 魔法の授業が始まってから、しばらく経った。


 私は相変わらず魔法の制御に苦戦していたが、以前よりは上達している。


 少なくとも、魔力の糸を三本出すことはできるようになった。


 ただし、それを綺麗に並べたり、何かの形にしたりするのはまだ難しい。


「リュシエンヌ、また魔力が散っているわ」


「すみません」


「謝る必要はないけれど、もう少し集中しなさい」


「はい」


 放課後の魔法実習室。


 セレフィーナは私の隣に立ち、手本を見せてくれていた。


 彼女の指先から伸びる魔力は、細く、まっすぐで、少しも揺らがない。


 同じことをやっているはずなのに、どうしてこうも違うのだろう。


「やっぱり、セレフィーナは上手ですね」


「何度も練習したもの。あなたも続けていればできるようになるわ」


「そうだといいんですけど」


「それに、あなたにはあなたの得意なことがあるでしょう」


「魔力が多いことですか?」


「そうね。ただ、多いだけでは意味がないけれど」


 セレフィーナは少し厳しい顔をした。


「魔法は便利なものだけれど、扱いを間違えれば危険にもなる。自分の力を理解しておくことは大切よ」


「わかりました」


 私はもう一度、魔力を指先に集めた。


 細く伸ばす。


 一本目は成功。


 二本目も成功。


 三本目を作ろうとしたところで、魔力が急に膨らんだ。


「あっ」


「リュシエンヌ!」


 セレフィーナが声を上げる。


 膨らんだ魔力が、私の手のひらから弾けるように広がった。


 強い風が実習室を吹き抜ける。


 机の上に置かれていた教材が床に散らばり、窓際のカーテンが大きく揺れた。


 私は慌てて魔力を抑えようとした。


 しかし、どうすればいいのかわからない。


「落ち着いて! 魔力を無理に押さえ込まないで!」


「でも、止まらないんです!」


「流れを変えるのよ!」


 セレフィーナが私の手首をつかんだ。


 彼女の魔力が流れ込んでくる。


 私の中で暴れていた魔力が、少しずつ方向を変えていった。


 やがて、風は収まった。


 床に散らばった紙が、ひらひらと落ちてくる。


「……終わりました?」


「ええ。もう大丈夫よ」


 セレフィーナは私の手首を離した。


「ごめんなさい。私、また失敗してしまって」


「失敗すること自体は問題ではないわ。次に同じことが起きないようにすることが大切なの」


「はい」


「それに、今のは私も少し驚いたわ。あなたの魔力、思っていた以上に大きいのね」


 セレフィーナが床に落ちた教材を拾い始める。


 私も慌ててしゃがんだ。


「手伝います」


「当然よ。あなたが散らかしたのだから」


「はい……」


 二人で片付けていると、実習室の扉が開いた。


「何があった?」


 入ってきたのは、アレクシス殿下だった。


 王太子殿下が、どうしてここに?


「殿下。どうかなさいましたか?」


 セレフィーナが立ち上がり、軽く頭を下げた。


「廊下まで大きな音が聞こえた。何か事故でもあったのかと思ってね」


「少し魔法の制御に失敗しただけです」


 私が答えると、殿下は散らかった室内を見渡した。


「これを一人で?」


「いえ、セレフィーナが助けてくれました」


「そうか」


 殿下はセレフィーナに視線を向けた。


「君が魔法を教えていたのか?」


「ええ。リュシエンヌさんが魔法について学びたいと言ったので」


「君が誰かに魔法を教えるとは珍しいな」


「私が誰に何を教えるかは、殿下に報告する必要があるのでしょうか?」


 セレフィーナの声は静かだった。


 けれど、少し冷たい。


「いや、そういう意味ではない」


「でしたら、問題ありませんわ」


 私は二人の会話を聞きながら、床の教材を拾っていた。


 どうやら、あまり仲がよくないらしい。


 婚約者なのだから、もう少し親しげに話すものだと思っていた。


 もっとも、私が前世で遊んだゲームでも、二人の仲は決してよくなかった。


 アレクシスはヒロインに惹かれ、セレフィーナはそれを快く思わない。


 その結果、最後には婚約者を断罪する。


 私はゲームの展開を思い出し、少しだけ気が重くなった。


「リュシエンヌ嬢」


「はい?」


 突然、殿下に呼ばれた。


「怪我はないか?」


「ありません。セレフィーナが助けてくれましたから」


「そうか。君は魔法の才能があると聞いている。だが、無理はしない方がいい」


「ありがとうございます」


「もしよければ、今度私にも君の魔法を見せてほしい」


 ……またそれだ。


 私は以前にも、殿下から魔法の才能を褒められたことがある。


 どうやら、殿下は私に興味を持っているらしい。


 しかし、私にはその理由がわからない。


 そもそも、私は殿下と親しくなりたいわけではない。


「申し訳ありません。今はセレフィーナに教えてもらっているので、そちらに集中したいんです」


「そうか。なら、仕方がないな」


 殿下は穏やかに笑った。


 その笑顔を見て、私は少し困った。


 断ったつもりだったのだが、あまり伝わっていないのだろうか。


「殿下」


 セレフィーナが口を開いた。


「リュシエンヌさんは、まだ魔法の制御を学んでいる途中です。今は余計な負担をかけないでいただけますか」


「……わかった。邪魔をするつもりはない」


 殿下はそう言って、実習室を出ていった。


 扉が閉まる。


 私はセレフィーナの方を向いた。


「ありがとうございました」


「何のこと?」


「殿下に、私の代わりに言ってくれたのでしょう?」


「別に。あなたはまだ練習中なのだから、当然のことを言っただけよ」


「そうですか」


「それより、片付けを終わらせましょう」


「はい」


 私たちは再び床に散らばった教材を拾い始めた。


 *


 片付けが終わるころには、外は夕暮れになっていた。


 実習室を出ると、セレフィーナが隣を歩きながら言った。


「アレクシス殿下とは、あまり親しくならない方がいいわ」


「どうしてですか?」


「あなたに興味を持っているようだから」


「魔法のことでは?」


「それだけなら、あんなふうに何度も声をかけたりはしないでしょう」


 私は少し考えた。


 確かに、殿下は私に何度か話しかけてきている。


 けれど、それが恋愛感情だとは思いたくなかった。


「私は殿下と仲良くなるつもりはありません」


「そう」


「セレフィーナと仲良くしていたいです」


 セレフィーナは足を止めた。


 そして、私の顔を見た。


「……あなたは、本当に遠慮がないわね」


「そうでしょうか?」


「そうよ」


 彼女は小さく息を吐いた。


 けれど、その表情は怒っているようには見えなかった。


「でも、ありがとう」


「どういたしまして」


「まだ何もしていないでしょう」


「それでもです」


 セレフィーナは少しだけ笑った。


 私たちは並んで校舎を出た。


 夕日が校門の向こうに沈みかけている。


 今日も魔法の練習は失敗ばかりだった。


 けれど、セレフィーナと一緒に過ごす時間は楽しい。


 私はそのことを、素直に嬉しいと思っていた。

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