第9話 誘い
最近、妙な噂を耳にするようになった。
私とセレフィーナが仲良くしている、という噂だ。
いや、それ自体は別に妙ではない。
実際に仲良くしているのだから、噂になっても不思議ではない。
問題は、その噂に余計な尾ひれがついていることだった。
「リュシエンヌさんって、セレフィーナ様に取り入ったらしいわよ」
「えっ?」
「王太子殿下との仲を取り持ってもらうためじゃないかって」
食堂で昼食を取っていたとき、そんな声が聞こえてきた。
私は思わずフォークを止めた。
取り入った?
誰に?
セレフィーナに?
どうして?
「……聞こえているわよ」
向かいに座るセレフィーナが、静かに言った。
「あ、すみません」
「あなたが謝ることではないでしょう」
「でも、私のせいで変な噂になっているみたいですし」
「気にする必要はないわ。好きに言わせておけばいいのよ」
セレフィーナは何事もなかったように食事を続けた。
その態度は堂々としている。
さすが公爵令嬢だ。
私だったら、少し気になってしまう。
「それに、私たちが仲良くしていることは事実でしょう?」
「はい」
「なら、何も問題はないわ」
セレフィーナはそう言って、水を一口飲んだ。
私は頷いた。
確かに、その通りだ。
他人がどう思おうと、私たちが一緒に食事をすることに変わりはない。
それに、セレフィーナが気にしていないのなら、私が気にする必要もないだろう。
……たぶん。
*
昼食を終え、午後の授業に向かおうとしたときだった。
「リュシエンヌ嬢」
廊下の向こうから声がした。
振り返ると、アレクシス殿下が立っていた。
「殿下」
「少し話がしたい。時間をもらえるだろうか」
私は隣にいるセレフィーナを見た。
彼女は特に表情を変えず、殿下を見返している。
「何のお話でしょうか?」
「君の魔法についてだ。先日の実習室でのことが気になってね」
「魔法のことでしたら、セレフィーナに教えてもらっています」
「それは聞いているよ。だが、君自身の話も聞いてみたいんだ」
私は困った。
どうしてそこまで私の話を聞きたいのだろう。
魔法の才能が珍しいからだろうか。
それなら、教師に聞けばいいと思う。
「申し訳ありません。今は授業がありますので」
「そうか。では、放課後はどうだろう?」
「放課後も予定があります」
「魔法の練習かな?」
「はい」
殿下は少し笑った。
「君は本当に魔法が好きなんだね」
「はい。まだ知らないことが多いので」
「なら、なおさら話を聞いてみたい」
話が進まない。
私はどう答えればいいのだろう。
「殿下」
セレフィーナが口を開いた。
「リュシエンヌさんが困っているように見えますが」
「私はただ話をしたいだけだ」
「それは存じています。ですが、本人が望んでいないのであれば、無理に誘う必要はないでしょう」
「……そうだな」
殿下は私に視線を戻した。
「すまない。少し強引だったようだ」
「いえ」
「また機会があれば話をしよう」
そう言って、殿下は去っていった。
私はほっと息を吐いた。
「助かりました」
「あなたは断るのが苦手なの?」
「苦手というか、どう断ればいいのかよくわからなくて」
「嫌なら嫌だと言えばいいのよ」
「それができれば苦労しません」
セレフィーナは少し呆れたような顔をした。
「あなたは、私にはずいぶんはっきり言うのに」
「セレフィーナには言いやすいんです」
「どういう意味よ」
「そのままの意味です」
「……そう」
彼女は前を向いた。
少しだけ頬が赤くなっている。
私はその理由がわからず、首を傾げた。
*
放課後。
私はセレフィーナと一緒に魔法実習室へ向かった。
今日の練習は、魔力の形を維持することだ。
以前よりは上達したものの、まだまだ安定しない。
「まずは球体を作って」
「はい」
「大きさは拳ほど。昨日と同じよ」
私は手のひらに魔力を集めた。
球体を作る。
大きさを整える。
維持する。
今度はうまくいった。
「できました!」
「そうね。昨日より安定しているわ」
「本当ですか?」
「ええ」
セレフィーナが頷いた。
私は嬉しくなった。
「ありがとうございます!」
「まだ終わっていないわ。次は、その球体を半分に分けてみて」
「半分に?」
「そう。二つの球体を同じ大きさで維持するの」
私は言われた通りにやってみた。
球体を二つに分ける。
しかし、片方が大きくなり、もう片方が小さくなってしまう。
「ああ……」
「焦らないで。両方に同じ量の魔力を流すことを意識して」
「はい」
何度か挑戦した。
ようやく二つの球体が同じ大きさになった。
「できました!」
「よくできたわね」
セレフィーナが近づいてきて、私の手元を確認する。
「ただ、まだ少し揺れているわ。もう少し練習すれば安定するでしょう」
「ありがとうございます」
私は球体を消した。
そのとき、ふと思った。
「セレフィーナは、どうしてそんなに魔法を教えるのが上手なんですか?」
「上手?」
「はい。説明がわかりやすいです」
「自分が苦労したからよ。どこで失敗しやすいのか、どうすれば改善できるのか、何度も考えてきたもの」
「なるほど」
「あなたは、説明を聞くとすぐに試そうとするでしょう。だから教えやすいのかもしれないわね」
「そうですか?」
「ええ。少なくとも、話を聞かずに勝手に魔法を使うような生徒よりは」
私は少し考えた。
「それは、褒められているんでしょうか?」
「褒めているわ」
「本当ですか?」
「本当よ」
セレフィーナは小さく笑った。
*
練習を終え、実習室を出たところで、廊下に人影があった。
アレクシス殿下だ。
「まだ練習していたのか」
「はい」
「セレフィーナも一緒だったんだね」
「ええ」
殿下は私たちを交互に見た。
「二人はずいぶん仲がいいようだ」
「そうですね」
私は素直に答えた。
セレフィーナがこちらを見た。
「……リュシエンヌ」
「はい?」
「少しは考えて答えなさい」
「何をですか?」
「いえ、もういいわ」
殿下は苦笑した。
「君たちを見ていると、以前とはずいぶん印象が違うな」
「以前?」
「セレフィーナは、昔から誰かと一緒に行動することが少なかったからね」
「それは殿下が知らないだけですわ」
「そうかもしれない」
セレフィーナはそれ以上答えなかった。
殿下は少し考えるように視線を落とし、それから私に向き直った。
「リュシエンヌ嬢。今度、王宮で魔法に関する催しがある。もし興味があるなら、招待したいと思っているんだ」
「王宮ですか?」
「ああ。各地から魔法使いが集まる予定だ。君のように魔法の才能がある者なら、きっと楽しめると思う」
それは少し興味があった。
この世界の魔法について、もっと知りたいと思っていたからだ。
けれど、王宮に行くというのは少し面倒な気もする。
「セレフィーナも行くんですか?」
「もちろん。私も招待されている」
セレフィーナが答えた。
「そうなんですね」
それなら、少し考えてみてもいいかもしれない。
「お返事は後日でもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。急がなくていい」
「ありがとうございます」
殿下は満足そうに頷いた。
「では、また」
そう言って、廊下の向こうへ歩いていった。
私はその背中を見送った。
「王宮で魔法の催しですか。面白そうですね」
「そうね。各地の魔法使いが集まるのなら、見ておいて損はないと思うわ」
「セレフィーナは行くんですよね?」
「ええ」
「じゃあ、私も行こうかな」
「あなたが決めることよ」
「でも、一緒に行けたら楽しそうです」
セレフィーナは少しだけ目を伏せた。
「……そうね」
その返事を聞いて、私は嬉しくなった。
王宮という場所には、まだ少し緊張する。
けれど、セレフィーナが一緒なら大丈夫だろう。
そう思いながら、私は彼女と並んで帰り道を歩いた。




