第7話 得手不得手
魔法の授業には、実技と座学がある。
座学では魔法の歴史や理論を学び、実技では実際に魔法を使う。
私が得意なのは、どうやら実技の方らしい。
「では、今日は魔力の操作について確認します」
教壇に立つ教師が、教室を見渡した。
「これから皆さんには、指定した大きさの魔力球を作ってもらいます。大きさは拳ほど。形を崩さず、三十秒間維持してください」
教師が手を振ると、教室の前方に小さな魔法陣が浮かび上がった。
「魔力の量だけでなく、制御の正確さも評価します。大きければよいというものではありませんからね」
なるほど。
つまり、魔力をたくさん出せばいいという話ではないらしい。
私は隣の席に座るセレフィーナを見た。
「得意そうですね」
「どうして?」
「魔力の制御なら、昨日教えてもらいましたから」
「……あれは、まだ練習の途中でしょう」
「でも、セレフィーナは上手です」
「あなたも少しは上達したようだけれど」
「はい。昨日は糸を三本出せました」
「その話はもういいわ」
セレフィーナは前を向いた。
少しだけ耳が赤くなっている。
照れているのだろうか。
それとも、昨日のことを思い出しているのだろうか。
どちらにしても、あまり追及しない方がよさそうだった。
*
実技が始まった。
生徒たちはそれぞれ魔力を集め、手のひらの上に小さな球体を作っていく。
私も同じように手を掲げた。
魔力を集める。
球体を作る。
大きさを拳ほどに調整する。
そこまでは簡単だった。
問題は、その状態を維持することだった。
「あっ」
球体が一瞬だけ膨らんだ。
慌てて小さくしようとすると、今度は反対に縮んでしまう。
大きくなったり、小さくなったり。
まるで呼吸でもしているようだった。
「リュシエンヌ、落ち着きなさい」
隣からセレフィーナの声が聞こえた。
「魔力を押さえつけるのではなく、一定に保つのよ」
「一定に……」
「力を入れすぎないこと。あなたは魔力を流しすぎる傾向があるわ」
言われた通り、力を抜いてみる。
すると、球体の揺れが少しずつ収まった。
拳ほどの大きさ。
そのまま、十秒。
二十秒。
三十秒。
「できました!」
私は思わず声を上げた。
球体はまだ少し歪んでいたが、なんとか形を維持できていた。
「よくできましたね、リュシエンヌさん」
教師が近づいてきた。
「初めてにしては、魔力の量が非常に多い。少し調整に苦労したようですが、最後はうまく制御できていました」
「ありがとうございます!」
「ただし、魔力の量を増やすことと、制御することは別です。今後はその点を意識してください」
「はい!」
教師が去っていく。
私は隣のセレフィーナを見た。
彼女の手の上には、綺麗な球体が浮かんでいた。
大きさは最初から最後まで変わらない。
表面には一切の揺らぎもなかった。
「すごいですね」
「これくらい、できて当然よ」
「でも、私よりずっと綺麗です」
「あなたは魔力の量が多いのでしょう。私は制御を練習してきただけ」
セレフィーナは球体を消した。
「どちらが優れているという話ではないわ」
その言葉に、私は頷いた。
確かにそうだ。
私には私の得意なことがあり、セレフィーナにはセレフィーナの得意なことがある。
それを比べて、どちらかが上だと決める必要はない。
「では、次の課題に移ります」
教師の声が響いた。
「今度は魔力球を、指定された形に変えてください。形状は自由ですが、維持時間は先ほどと同じ三十秒です」
教室のあちこちで、生徒たちが魔法を使い始めた。
私は先ほどの魔力球を思い出しながら、再び魔力を集めた。
今度は形を変える。
何にしよう。
鳥は難しい。
花も難しそうだ。
それなら、簡単なものにしよう。
私は魔力球を細長く伸ばし、剣のような形にしてみた。
形は歪んでいたが、一応それらしくはなった。
「……あなた、それは何?」
セレフィーナがこちらを見た。
「剣です」
「剣?」
「はい。剣に見えませんか?」
「見えなくはないけれど……」
彼女は少し考えた。
「どうして剣なの?」
「格好いいからです」
「そう」
セレフィーナは自分の魔力を動かした。
彼女の手の上には、小さな花が咲いていた。
花びらは五枚。
それぞれの形が揃っていて、中央には小さな光が灯っている。
「綺麗ですね」
「ありがとう」
彼女は花を消した。
その後も、私たちはそれぞれの形を作っては消した。
私は剣を作り、棒を作り、最後には大きな魚を作ろうとして失敗した。
セレフィーナは花や鳥を作り、どれも形が整っていた。
同じ魔法を使っているはずなのに、ずいぶん違う。
*
授業が終わると、私はセレフィーナと一緒に教室を出た。
「セレフィーナは、細かい魔法が得意なんですね」
「そうね。昔から、そういう練習をしてきたから」
「私は大きな魔法の方が得意なんでしょうか」
「おそらくは」
「じゃあ、今度は大きな魔法を教えてください」
「大きな魔法?」
「はい。私、まだ自分の魔力をどれくらい使えるのか、よくわかっていないんです」
セレフィーナは少し考え込んだ。
「大きな魔法は、制御を誤ると危険よ。まずは今の練習を続けなさい」
「そうですね」
「それに、魔力が多いからといって、何でもできるわけではないわ」
「わかっています」
「本当に?」
「昨日、魔力の糸を三本にするのに苦労しましたから」
「……そうだったわね」
セレフィーナは呆れたように息を吐いた。
それから、少しだけ笑った。
「でも、あなたが自分の魔法について知りたいと思うのは、悪いことではないわ」
「ありがとうございます」
「私も、あなたの魔力の扱い方には興味があるの。普通の生徒とは少し違うから」
「そうなんですか?」
「ええ。だから、これからも一緒に練習しましょう」
私は頷いた。
「よろしくお願いします」
廊下の窓から、午後の日差しが差し込んでいる。
窓の外では、庭師が花壇の手入れをしていた。
私はその様子を眺めながら、セレフィーナと並んで歩いた。
魔法のことを教えてもらえるのも嬉しい。
けれど、それ以上に、彼女とこうして話せるようになったことが嬉しかった。
最初に会ったとき、私は彼女を怖い人だと思っていた。
ゲームの中では、主人公を追い詰める悪役令嬢だったからだ。
けれど、実際に話してみれば、彼女は努力家で、真面目で、少し頑固なところがあるだけの女の子だった。
「セレフィーナ」
「何?」
「今日の授業、楽しかったですね」
「……そうね」
彼女は前を向いたまま答えた。
「あなたがあんな剣を作るとは思わなかったけれど」
「格好よかったでしょう?」
「歪んでいたわ」
「そこは言わなくていいです」
セレフィーナの小さな笑い声が、静かな廊下に響いた。




