第6話 才能と努力
セレフィーナと昼食を共にするようになって、三日が経った。
といっても、私たちの関係が劇的に変わったわけではない。
彼女は相変わらず背筋を伸ばして食事をするし、私は相変わらず食べたいものから食べる。
ただ、以前よりも会話が増えた。
「リュシエンヌ。あなた、魔法の授業で何を習ったの?」
「ええと、魔力の流し方と、簡単な火の魔法です」
「火の魔法?」
「はい。これです」
私は指先に魔力を集めた。
ぽっと、小さな火が灯る。
蝋燭の火くらいの大きさだ。授業で習ったばかりの初歩的な魔法である。
セレフィーナはそれをじっと見つめた。
「……それだけ?」
「それだけですけど」
「そう」
彼女は何か言いたげに口を閉じた。
その反応に、私は少し不安になる。
「もしかして、間違っていますか?」
「いいえ。間違ってはいないわ」
「じゃあ、どうしてそんな顔を?」
「あなたは、自分の魔力をどれくらい扱えるのか理解していないのね」
セレフィーナはそう言うと、食事を終えた皿を端に寄せた。
「午後の授業が終わったら、魔法実習室に来なさい。少し確認したいことがあるの」
「確認?」
「あなたの魔法のことよ」
私は頷いた。
魔法のことなら、ぜひ教えてほしい。
前世の知識など役に立たない世界で、魔法は私にとって数少ない興味の対象だった。
それに、セレフィーナが教えてくれるというのなら、断る理由はない。
*
放課後。
魔法実習室には、私とセレフィーナの二人だけだった。
窓から差し込む夕日が、床に長い影を落としている。
「まずは、これを見て」
セレフィーナが右手を掲げた。
指先に淡い光が集まる。
光は小さな球体となり、そこから細い糸のようなものが伸びた。糸は空中で絡み合い、やがて一羽の鳥の形を作る。
鳥は羽ばたいた。
実体があるわけではない。光で作られた幻影だ。
それでも、羽の一枚一枚まで細かく表現されている。
「すごい……」
思わず声が漏れた。
「これは、魔力を細かく分けて制御する練習よ。簡単な魔法だけれど、形を維持するには集中力が必要になる」
「こんなこともできるんですね」
「あなたにはできないの?」
「できません」
私は即答した。
セレフィーナは眉をひそめた。
「……本当に?」
「はい。火を出すくらいならできますけど、こんなに細かいことは無理です」
「そう」
彼女は光の鳥を消した。
その表情には、どこか複雑なものが浮かんでいる。
「あなたは、魔力を扱うこと自体は得意なのでしょう?」
「たぶん。授業では、先生に褒められました」
「それなのに、どうしてこんな簡単な制御ができないの?」
「簡単なんですか?」
「……あなたにとっては、そうなのかもしれないわね」
セレフィーナは小さく息を吐いた。
私は彼女の顔を見つめる。
以前、彼女は私の才能を見て、自分の努力が無意味に思えると言っていた。
今も、同じことを考えているのだろうか。
「セレフィーナ」
「何?」
「私に教えてください」
「何を?」
「今の魔法です。私もできるようになりたいです」
セレフィーナは少しだけ目を見開いた。
「……あなた、本当に変わっているわね」
「そうですか?」
「普通なら、自分の得意なことだけを伸ばそうとするものよ」
「でも、できることが増えたら楽しいじゃないですか」
私はそう答えた。
セレフィーナはしばらく私を見ていたが、やがて小さく頷いた。
「いいわ。教えてあげる」
「ありがとうございます!」
「ただし、簡単にできると思わないことね」
「はい!」
*
「まず、魔力を指先に集めなさい」
セレフィーナの指示に従い、私は魔力を集めた。
火を出すときと同じ要領だ。
「そこから、魔力を細く分けるの」
「細く……」
「一度にたくさん流そうとしないで。必要な分だけを、必要な場所に」
彼女の説明は丁寧だった。
言葉だけでなく、実際に何度も見本を見せてくれる。
私はそれを真似してみた。
指先に集めた魔力を、少しずつ分ける。
しかし、うまくいかない。
魔力が一つにまとまってしまったり、途中で散ってしまったりする。
「難しいですね」
「当然よ。私も最初はできなかったわ」
「そうなんですか?」
「ええ。何度も失敗したもの」
セレフィーナは淡々と答えた。
その言葉に、私は少しだけ安心した。
彼女も最初から何でもできたわけではない。
当たり前のことなのに、私はそれを忘れかけていた。
「もう一度やってみます」
「そうしなさい」
私は再び魔力を集めた。
今度は、指先から細い糸を伸ばすことを意識する。
一本。
もう一本。
途中で切れそうになったが、なんとか維持できた。
「できた!」
思わず声を上げる。
セレフィーナがこちらを見た。
「……まだ鳥の形にはなっていないわ」
「でも、糸ができました!」
「そうね」
彼女の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「その調子よ」
私は嬉しくなって、もう一度魔力を流した。
今度は二本の糸が絡まり、ぐちゃぐちゃになった。
「あっ」
「集中しなさい」
「はい!」
*
結局、光の鳥を作ることはできなかった。
それでも、魔力を細く分ける感覚は少しだけつかめた気がする。
実習室を出るころには、窓の外はすっかり暗くなっていた。
「今日はありがとうございました」
「別に。私も復習になったわ」
「また教えてもらってもいいですか?」
「……あなたが本気で学ぶつもりなら」
「本気です!」
セレフィーナは私の返事を聞き、満足そうに頷いた。
私は彼女と並んで廊下を歩く。
夕方の校舎は静かだった。
遠くから、運動部の掛け声が聞こえてくる。
「セレフィーナは、どうして魔法を勉強しているんですか?」
「どうしてって……必要だからよ」
「必要?」
「公爵家の人間として、身につけておくべきものだから」
彼女はそう言った。
けれど、その声には少しだけ迷いがあった。
「それだけですか?」
「……それだけではないわ」
セレフィーナは歩みを止めた。
「私は、自分の力で何かを成し遂げたいの」
その言葉は、思っていたよりも強かった。
「誰かに与えられた立場や、家の名前ではなく。自分自身の力で」
私は彼女を見た。
彼女がどれほど努力してきたのか、私にはわからない。
けれど、彼女が魔法を使う姿を見ていれば、その努力の一端くらいは想像できる。
「素敵だと思います」
「……そう」
「私も、自分の力で何かできるようになりたいです」
セレフィーナは少しだけこちらを見た。
「あなたは、すでに十分な才能を持っているでしょう」
「でも、まだ何もできませんから」
「……そうね」
彼女は小さく笑った。
その笑顔は、今まで見たものよりも少しだけ柔らかかった。
*
翌日の昼休み。
私はいつもの席でセレフィーナと食事をしていた。
「昨日の魔法、家でも練習してみました」
「そう」
「まだ鳥はできませんでしたけど、糸を三本まで増やせました!」
「……三本?」
「はい!」
セレフィーナは箸を止めた。
いや、正確にはフォークを止めた。
この世界の食事には、箸は存在しない。
「あなた、昨日初めて練習したのよね?」
「そうです」
「……そう」
彼女は少しだけ目を伏せた。
私は何か失敗したのだろうか。
「セレフィーナ?」
「何でもないわ」
彼女は再び食事を始めた。
しばらくして、ぽつりと言った。
「あなたは、本当に人を苛立たせるのが上手ね」
「えっ?」
「褒めているのよ」
「褒めているようには聞こえませんけど……」
セレフィーナは小さく笑った。
私は首を傾げながら、食事を続けた。




