第3話 王太子殿下には興味がありません
王立魔法学園の入学式。
私は、緊張していた。
広い講堂。
大勢の生徒。
華やかな制服。
そして、壇上には王太子殿下がいる。
アレクシス・フォン・レイゼン。
金色の髪に、青い瞳。
ゲームの攻略対象の中でも、最も人気のある人物だった。
私は彼を見ないようにしていた。
見てはいけない。
見れば、何かが始まってしまう気がする。
式が終わり、生徒たちが講堂を出ていく。
私は人混みに紛れようとした。
そのとき。
「君が、リュシエンヌ・エルヴェール嬢か?」
声をかけられた。
振り返ると、アレクシス殿下が立っていた。
私は息を呑んだ。
なぜ。
どうして。
どうして私に話しかけるのだろう。
「はい。そうですが」
「入学おめでとう。君の魔法適性について、教師から聞いている。素晴らしい才能だそうだね」
私は慌てて頭を下げた。
「ありがとうございます。でも、まだまだです」
「謙遜する必要はないよ」
殿下は微笑んだ。
その笑顔を見て、私は思った。
ゲームの主人公なら、ここで頬を赤らめるのだろう。
そして、殿下の好感度が上がる。
でも、私は違う。
私は、断罪されたくない。
「……あの、殿下」
「何かな?」
「私、セレフィーナ様を尊敬しております」
殿下の表情が変わった。
「……セレフィーナを?」
「はい。とても素敵な方です。私、学園でも仲良くさせていただきたいと思っております」
殿下は、しばらく私を見つめていた。
それから、少しだけ笑った。
「そうか。セレフィーナも、君のような友人ができれば喜ぶだろう」
私はほっとした。
これで大丈夫。
殿下にセレフィーナへの敬意を伝えた。
誤解も生まれない。
そう思っていた。
しかし、その日の昼休み。
私は学園の中庭で、思いもよらない光景を目にした。
セレフィーナが、数人の令嬢に囲まれていたのだ。
「セレフィーナ様、あのリュシエンヌという方と仲良くなったのですか?」
「王太子殿下にも、随分と親しげに話しかけられていたようですが」
「もしかして、殿下のお気持ちを……?」
私は思わず足を止めた。
違う。
私は、殿下に話しかけられただけだ。
それに、セレフィーナを尊敬していると伝えた。
なのに、どうして。
セレフィーナは、静かに答えた。
「リュシエンヌ様は、殿下に恋愛感情をお持ちではないとおっしゃっていましたわ」
令嬢たちは顔を見合わせた。
「……ご本人が?」
「ええ」
「それは、少し不自然ではありませんか?」
私は胸が苦しくなった。
不自然。
そうなのだろうか。
私が余計なことを言ったのだろうか。
セレフィーナに迷惑をかけてしまったのだろうか。
私は、逃げるようにその場を離れた。
*
その日の放課後。
私は教室で、ノートを開いた。
誤解を避けるために、何をすればいいのだろう。
殿下と話さない。
セレフィーナにも近づかない。
でも、それでは不自然だと言われてしまう。
どうすればいいのか、わからない。
私は頭を抱えた。
そのとき、教室の扉が開いた。
「リュシエンヌ様」
顔を上げると、セレフィーナが立っていた。
「……セレフィーナ様?」
「少し、お話ししてもよろしいかしら」
私は慌てて立ち上がった。
「もちろんです」
セレフィーナは、私の机の前まで歩いてきた。
そして、私のノートに目を落とした。
そこには、こう書かれていた。
『殿下と話さない』
『セレフィーナ様に迷惑をかけない』
『誤解されない』
『断罪されない』
セレフィーナは、しばらく黙っていた。
私は顔が熱くなった。
「……あの、これは」
「リュシエンヌ様」
セレフィーナは、静かに言った。
「あなたは、何を恐れていらっしゃるのですか?」
私は答えられなかった。
断罪される未来。
ゲームのシナリオ。
自分が何をしても、悪意があると誤解されてしまうこと。
けれど、それを説明することはできない。
私は俯いた。
「……私、誰かに嫌われるのが嫌なんです」
セレフィーナは、少しだけ目を細めた。
「そうですか」
それから、私のノートをそっと閉じた。
「では、一つだけ覚えておいてくださいませ」
私は顔を上げた。
「誤解を恐れるあまり、何も話さなくなってしまえば、相手はあなたのことを理解できませんわ」
その言葉は、胸に刺さった。
「あなたが何を考えているのか。何を望んでいるのか。きちんと伝えることも、大切です」
セレフィーナは、微笑んだ。
「私も、あなたのことを知りたいと思っています」
私は、思わず目を見開いた。
セレフィーナは、私を嫌っていない。
少なくとも、今は。
その事実が、嬉しかった。
「ありがとうございます」
私は小さく頭を下げた。
そのとき、教室の外から声がした。
「セレフィーナ様。王太子殿下がお呼びです」
セレフィーナは、扉の方を振り返った。
「……わかりました」
そして、私に向き直る。
「また、お話ししましょう。リュシエンヌ様」
「はい!」
セレフィーナが教室を出ていく。
私は、その背中を見送った。
そして、ノートを開く。
これまで書いてきた対策を、私は一つずつ消していった。
殿下と話さない。
セレフィーナに近づかない。
誤解されないように、何も言わない。
それらは、きっと間違っていた。
私は新しいページを開いた。
そして、こう書いた。
『誤解されたら、説明する』
『相手の話を聞く』
『自分の気持ちを、きちんと伝える』
私は、深呼吸をした。
まだ怖い。
けれど、少しだけ前に進めた気がした。
――その頃。
王太子殿下の執務室では、セレフィーナが彼に告げていた。
「殿下。リュシエンヌ様について、少し気になることがございます」
「……彼女が?」
「はい。どうやら、何かをひどく恐れていらっしゃるようです」
アレクシスは、窓の外を見つめた。
「……そうか」
そして、静かに呟いた。
「彼女のことを、もう少し調べてみよう」




