第2話 悪役令嬢と友達になりたい
王立魔法学園への入学まで、あと一か月。
私は、ゲームのシナリオを思い出しながら、対策を練っていた。
まず、王太子には近づかない。
アレクシス・フォン・レイゼン。
乙女ゲーム『花冠の恋物語』のメイン攻略対象。
金髪碧眼の美形で、王太子としての責任感も強い。
そして、婚約者がいる。
セレフィーナ・ヴァルクレール公爵令嬢。
彼女はゲームの中で、リュシエンヌを断罪する悪役令嬢だった。
けれど、私は彼女を悪い人だとは思っていない。
むしろ、あの状況で怒らないほうがおかしい。
王太子に婚約者がいると知りながら、何度も相談を持ちかける。
そのうえ、婚約者には何も説明しない。
主人公に悪意がなくても、周囲から見れば問題だ。
だからこそ、私はセレフィーナと仲良くなりたい。
彼女に嫌われないためではない。
ゲームの知識を持っているからこそ、彼女のことをきちんと知りたいと思ったのだ。
「……まずは、挨拶ね」
私はノートに書き込んだ。
セレフィーナ様に、王太子殿下と親しくなるつもりはないと伝える。
ただし、いきなりそんなことを言うのは不自然だ。
まずは普通に会話をして、自然な流れで伝えよう。
そう考えていた。
しかし、入学前の茶会で、私はセレフィーナと出会ってしまった。
*
会場は、王都にある公爵家の庭園だった。
美しい花々が咲き誇り、白いテーブルには菓子と紅茶が並んでいる。
私は母の隣で、できるだけ目立たないように座っていた。
そのとき、庭園の向こうから一人の少女が歩いてきた。
銀色の髪。
淡い紫の瞳。
背筋の伸びた姿勢。
セレフィーナ・ヴァルクレール公爵令嬢。
ゲームで何度も見た、あの悪役令嬢だった。
私は思わず立ち上がった。
「ごきげんよう!」
声が少し大きくなった。
セレフィーナは、わずかに目を見開いた。
「ごきげんよう。リュシエンヌ様」
名前を呼ばれた。
私は緊張した。
どうしよう。
何を話せばいいのだろう。
王太子のこと?
いや、それは駄目だ。
婚約者の前で王太子の話をするなんて、誤解を招く。
では、花の話?
天気の話?
私は必死に考えた。
「あの!」
「はい?」
「私、アレクシス殿下に恋愛感情はありません!」
言ってしまった。
庭園の空気が止まった。
セレフィーナは、私を見つめている。
私は慌てて続けた。
「いえ、その、殿下には婚約者様がいらっしゃいますし! 私、そういうつもりは全くありませんので! ご安心ください!」
セレフィーナは、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「……そうですか」
声が冷たい。
私はさらに焦った。
「本当に、何もありません! 私、殿下に恋愛感情なんてありませんから!」
言えば言うほど、墓穴を掘っている気がする。
セレフィーナは、紅茶のカップを置いた。
「リュシエンヌ様」
「はい」
「なぜ、私にそのようなことをお話しになるのですか?」
私は固まった。
なぜ。
それは、誤解されたくないからだ。
でも、そんなことを言えば、余計に怪しまれる。
「……誤解されたくないからです」
セレフィーナの眉が、ほんの少し動いた。
「誤解?」
「はい。私、何かと勘違いされやすいので」
沈黙。
セレフィーナは、私をじっと見ていた。
やがて彼女は、静かに言った。
「……わかりました」
私はほっとした。
これで、少しは安心してもらえただろうか。
しかし。
「ただ、リュシエンヌ様」
「はい」
「殿下とお話しすること自体を、避ける必要はありませんわ」
「……え?」
「学園では、身分に関係なく交流する機会があります。必要な会話まで避けてしまえば、かえって不自然ですもの」
私は目を瞬かせた。
セレフィーナは、優しく微笑んだ。
「どうか、自然に振る舞ってくださいませ」
その言葉に、私は胸を打たれた。
なんて優しい人なのだろう。
ゲームでは悪役令嬢だったけれど、本当はこんなに親切な人なのだ。
「ありがとうございます!」
私は深く頭を下げた。
セレフィーナは、少しだけ困ったように笑った。
その後、茶会は何事もなく終わった。
私は帰りの馬車の中で、ノートに書き込んだ。
『セレフィーナ様は、思っていたよりも優しい』
そして、もう一つ。
『王太子殿下との会話を避けすぎるのも、不自然』
私はこれから、自然に振る舞うことにした。




