第二話
目の前の見知らぬ女性に名前を呼ばれ、一瞬体が強張ったが改めて自分の手のひらを開いては閉じてを繰り返しただそれを見つめた。
体に痛みは無く身軽に動けそうなくらいには快適である。
ただ、何処か体の色素が薄く、透けている様に思えた。
「お伝えしずらいですが、あなたはもう亡くなっています。その体は私が作り出した器に過ぎません」
眉を八の字に落とし彼女は申し訳なさそうに告げた。
俺はその言葉を聞き納得する事ができた。
「気にしないでください。こうして一時でもまた自分の体を動かせるなんて思ってもなかったですから」
....これは本心だ。
俺の最後は病床で高熱と体中に走る痛みで横たわりろくに動く事さえままならなかった。
それがもう一度動かせるなんて誰が思うだろうか、それに先ほど彼女は俺に言ったではないか。
「亡くなっている」と....。
それがこうしてまた作り出された物だとしても、俺からしたらとても嬉しく願っていたことでもあった。
「ところで、俺の名前を知っているみたいだけどあなたのお名前は?」
「恥ずかしながら名を持つものではございません。ですが、あなた方の世界で大きく分類するとなれば「女神」に属しますね、一応」
言い終わると同時にへへっと恥ずかしそうに笑いながら頬をかいていた。
死んだ俺をここに呼び、体を作り出したんだいきなり女神とそう言われても驚きはしない。
強いて言えばそんなファンタジーみたいな事が本当にあるんだなと感動を覚えたくらいだ。
穢れを知らない雪のような白い肌に、腰まで伸びた綺麗な銀髪。
華奢なその体は、触れれば簡単に消えてしまいそうである。
儚げという言葉は、きっと彼女のためにあるのだろう。
彼女に視線を奪われていると、不意に目が合った。
ニコっと微笑み返されると気恥ずかしさがこみ上げ視線を逸らした。
「綺麗な銀髪ですね。地毛なんですか?」
ごまかすように俺は質問をした。
「ありがとうございます。地毛と言われればそうですが髪色は気分で変えてますね」
言葉と共に、彼女の髪色は銀からピンク、オレンジ、青、黒――はたまたピンクと黒のツートンカラーへと次々に変化していった。
女神様の行動に呆気にとられ言葉を失った。
やはり俺が知っている人間とは根本的に違うらしく俺の思考がショートしかけたので考えることをやめた。
女神様は「やっぱり、これが一番馴染みますね」と元通りの銀髪に戻していた。
「ところで女神様、ここは天国なの?それとも地獄なの?」
俺は疑問に思っていた事を口にした、天国なら何となく納得が行くし地獄だって言われるのであれば生前聞いたことがある話とイメージが違い少々納得しずらい。
目の前の女神様は先程までと雰囲気が変わり、俺の顔を見て首を横に振った。
「ここは天国でも地獄でもありません。強いて言うならその中間と言うところでしょうか?」
「中間....?」
極端に二分類されているものだと思い込んでいた俺は初めて聞くその中間とやらに疑問を持たずにはいられなかった。
「この空間はいわば一条さんの言う天国と地獄に行く前に未練を清算する場所と言えば分かりやすいでしょうか?」
「なるほど。ということは俺が知っている二分類はこの先の話であって、俺は今から過去を清算しないといけないそういうことですね?」
「はい。その通りでございます」
「ちなみになんだけどさ、清算する事が無い場合はもうこのまま先に行けるのかな?」
俺個人としてはもう全て終わってしまったことなのだ、今更清算も何もない。
ここに連れてきてもらえて感謝は山々だが、ありがたく次の場所へ送っていただきたい。
「そうですね。不可能ではないですが、一条さんは本当にそれで良いのですか?」
「はい。もう前世に後悔なんてないですから....」
「その想いを、感情を、言葉を本当に伝えなくて良いですか?」
女神様は俺の目を見つめ、静かに問いかけてくる。
華奢な身体から放たれる見えない圧に、透き通った肌がひりつくように震えた。
俺は生唾を飲み込み、降参と告げるように手をひらひらと振って見せた。
「女神様それはずるいですよ」
「一条さんが自分の気持ちに素直にならずにいたので」
「....そうですね。でも、もう今更なので」
死んでしまえば全て遅いのだ。
せめてもう少し、あと少し早くに言葉にすればよかったのだ。
変な意地なんて張らずに素直になればよかったのだ。
そうすれば伝えられたのだ。
――この想いを、感情を、言葉を大切な人に伝えられたのだ。
瞳から一つ二つと大きな雫が落ちてゆく。
溜まる涙を拭っても拭っても、涙があふれ視界がぼやけてしまう。
「不思議なもので大事な事に気づくのはいつも取り返しがつかない時が多いです。でもね、それに気がつくことが出来たのなら大きな一歩を踏み出しているのですよ」
女神様と目が合うとニコっと優しく微笑みながら伸ばされた細い腕に引き寄せられそのまま優しく抱きしめられた。
いきなりのことで驚いたが女神様だからだろうか、そのぬくもりがとても心地よくて安心する。
優しく頭を撫でるその手が、荒んでいた俺の心を少しずつ絆していく。
「私はちゃんと知っていますから。あなたがここに来るまでのことを」
....そりゃあ、そうか。
「よく頑張りましたね。あなたは尊敬するに相応しいお方ですよ」
その言葉を聞いたのを最後に溜め込んでいたものが全て涙と変わり溢れでた。
「死にたくなかった。これからだったのに、まだやりたいことあったんだよ....なんで俺だったのかな。俺何か悪いことしたのかな....」
問いかけに返事はなく、代わりに抱きしめる腕へそっと力が込められた。
俺は女神様の胸に顔を埋め、声を出して泣きじゃくった。
やり場のなかった感情が涙に変わるかのようにただひたすらに。
彼女は涙が枯れるまで優しく抱きしめてくれていたが、その腕は震えていた。
♢
自分が抱えた気持ちは涙となり消えていった。
これ以上溢れ出ることはなく、身体も疲れを感じていた。
思ったより抱えた荷を下ろすのは簡単だった。
吐き場所がなかっただけなのだ。
....いや、違うな。
不貞腐れ、諦めて何もしなかったのだ。
大事な事に気づくのはいつも取り返しがつかない時が多い。
女神様が言った言葉は本当にその通りなのだ。
「ごめんなさい。女神様」
俺が謝罪の言葉を彼女に伝えると不思議そうに首を傾げた。
「俺、最後の最後で女神様に当たっちゃった」
最後にボロを出してしまうなんて最悪だ。
それも、俺を導いてくれた彼女に対して。
「気にしないでください。これも女神としてのお役目ですから。少し休息をとりましょうか」
差し出された手を取ると女神様は優しく俺の手を握った。
パチンと指を弾き良い音を鳴らすと先程と似たような場所であって全く違う場所へ連れられた。
視界に入る場所全てが綺麗な青色で染まっている。
「綺麗ですよね。この場所私もお気に入りの場所です」
俺の思ったことを代弁するように隣でそう告げる彼女はとても優しい顔をしていた。
どこまでも続いて咲き誇るネモフィラの花畑に綺麗な水色の蝶がふわふわと飛んでいる。
まさに神秘的な場所だった。
「よいしょ」っと可愛らしく女神様は腰を落とした。
「ほら、ここへいらっしゃい」
俺を見ながら自分の太腿をポンポンと叩き俺を呼んでいる。
「えっと、それは....」
「見てわかりませんか?膝枕ですよ」
「いや、わかりますけど、それは恥ずかしいというか、なんというか・・・」
「いいじゃないですか。二人だけなんですから、それとも、私の太腿ではご不満ですか?」
プクッと頬を膨らませご機嫌斜めな女神様は俺の顔をじっと見つめている。
....まぁ、それ以上に恥ずかしいところを先ほど見せたばかりだしな。
それに、年頃の男として女神様の膝枕を堪能しないのはそれこそ色々やっかみをかいそうである。
などと、理由を作りながら俺は女神様の太腿に頭を乗せて身を委ねた。
「どうですか?居心地は良いですか?」
「あまりに贅沢でこの先、生まれ変わっても運なんてものすっからかんになっちゃうよ」
「大袈裟ですね。このくらいで変わったりしませんよ」
鈴を転がすような声で女神様は笑った。
あまりに彼女が楽しそうに笑うものだから、俺もそれにつられて笑った。
「一条さんの髪色はとても綺麗な黒色ですね」
女神様は俺の髪をもふもふしながら言った。
「黒髪の人口の方が多いからみんな似たような物ですよ、女神様の方こそとてもお綺麗ですけどね」
俺の視界に入る女神様の長く揺れる銀髪にさらりと触れた。
「そう言っていただけると、いつも時間をかけて髪を梳いている甲斐がありますね」
「女神様は努力家ですね」
ここに来てそう多くの時間を過ごして来たわけではないし、女神様とは少し前に出会ったばかりだ。
それなのにわかった気でいるのは違うかもしれないが、彼女は女神様という種だとしても普通の女の子のように感じてしまう。
同い年か少し上くらいだろうか?
俺が賞賛を送ると可愛らしい笑顔を浮かべているのがとても眩しい。
どうか、彼女の笑顔がずっと絶えませんように。
穏やかでいられますように。
目の前にいるのは神様であるがゆえに誰に願っているかもわからないが俺は祈った。
「眠そうですね。良い頃合いに起こして差し上げますから、少しおやすみなさい」
静かな世界で陽だまりのような彼女の腿の上で俺は次第に意識が薄れてゆく。
生きている時に出会いたかったなと、命を無くしてから増える願いに呆れながら深い海に落ちていった。
♢
重く閉ざされていた瞼を、ゆっくりと持ち上げる。
目を覚まして最初に視界に映ったのは、綺麗な銀髪だった。
辺りはすっかり暗くなっているらしく、淡い月明かりがその銀色を優しく照らしている。
銀髪の彼女は俺が起きたことにはまだ気がついておらず綺麗な声で歌を歌っている。
意識はだいぶはっきりしてきたが、彼女の歌をこの特等席でもう少し聞いていたかったので俺は静かに彼女の声に耳を澄ませた。
「綺麗な歌声ですね。思わず聞き入っちゃいました」
彼女が歌い終わると俺は声をかけた。
「え!?起きてたんですか!?」
「少し前からですけどね」
「もう少ししたら起こそうと思っていたのに・・・聞かれていたなんて恥ずかしいです」
そう言って自分の髪で顔を隠しているので本当に恥ずかしかったのだろう。
「歌好きなんですか?」
「はい!歌うの大好きです!」
先程まで恥ずかしがっていたが、好きか問うと勢いよく俺に顔を近づけ主張をしてくる。
あまりに勢いがすごくて驚いた後に笑いが込み上げてしまう。
「あ!笑いましたね!」
頬をパンパンに膨らませ怒っている女神様が可愛くてほっぺを人差し指で突くと膨らんだほっぺが萎んだ。
こういう時、得意だったものを持ち込めれば格好もついたんだけどな。
そんなことを考えながら、まだ少し不機嫌そうな女神様を見つめた。
「そろそろ、時間ですね」辺り一帯が深い闇に包まれた。
彼女がそう言うと辺り一帯が深い闇に包まれたが、空に光る無限の星々が現れ俺たちを照らしてくれた。
「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデーディア、蛍くん〜!ハッピーバースデートゥーユー!」
唐突に歌われた、前世でお誕生日を祝福する曲に俺は首を傾げるしかなかった。
「今日は五月二十三日。一条さんの十八歳のお誕生日の日ですよ」
「そっか、今日誕生日だったんだ、俺」
「そうですよ!十八歳は大きな節目なのです!お祝いも無しなんてとても悲しいですから」
「ありがとうございます....」
俺はこの方にどれだけ救われれば良いのだろうか。
込み上げてくる想いに胸が熱くなり、うまく声が出てこない。
「それに知ってましたか?元々この歌はおはようと挨拶する歌なのですよ」
「お祝いありがとうございます、本当に嬉しいです。あの歌ってそんな由来があったんですね。初めて知りました、では改めて。女神様おはようございます」
「だから、いい頃合いに起こして差し上げると言ったのに」と先ほど俺が静かに歌を聞いていた事をまだ引きずっているらしい。
俺は特等席から体を起こし女神様の目の前に立った。
「え、え、どうされたんですか!?」
いきなりの行動で彼女を戸惑わせてしまったが、今の俺に出来て彼女に少しでも返せるのはこれくらいだろう。
「改めて、本当にありがとうございます。この御恩は、今の俺では返せるものがないので来世にてお返しできればと思います 」
俺は左手を胸に当て、彼女に敬意を持って感謝をした。
「一条さんは律儀な方ですね。きっと大切に大切にされてきたんですね」
「そうですね。周りには恵まれていました」
女神様の問いに対しては胸を張ってそう言い切れる。
それくらい周りには恵まれていたし、母にも大切にされてきた。
だけど、俺はそれを裏切ってしまった。
病気になった事で塞ぎこみ俺は皆との距離を遠ざけていった。
自分の過去を思い出し溜息一つこぼした。
「バカだな」
そう小さく呟いて過去の自分の過ちを悔やんだ。
「では、そんな一条さんに私から最後のプレゼントを」
そう言って渡されたのは、綺麗な装飾が施された小さなルースケースだった。
「女神様、これは一体....?」
唐突に手渡されたそれを見つめながら、俺は困惑気味に問いかける。
「一条さん、来世でも会いたい人にそのルースケースに入っている宝石を渡してください。それが私にできる最後のプレゼントです」
女神様にそう言われるが、中には宝石は入っていないし、いきなり来世で会いたい人と言われても可能であれば全員と言いたいくらいだ。
元々狭く深くのタイプなのもあるが、自分の身近に居る人は全員大切な人である。
だが、それはいくら神といえど女神様でもできないのだろう。
それは、渡されたルースケースの数が物語っている。
女神様から渡されたケースは三つ。
つまり、俺が来世でも会える人は三人までということだろう。
意地悪とは思わない。
むしろこんなプレゼントをもらえただけでありがたい限りだ。
「女神様聞きたいことがあるのですが、先程宝石と言っていたのですがこのケースの中に宝石が見受けられないんですが」
「それは、まだ一条さんが誰に贈るかを決めてないからですね」
「贈る相手ですか?」
「そのケースに生まれる宝石は、一条さんが贈りたい相手にピッタリな宝石が一条さんの想いを元に結晶化されます」
その言葉を聞き、分かったこともあったし、不安も生まれた。
「一条さんはわかりやすい方ですね。では、もう少しだけ私の力をお貸ししましょう。 ――Luciora Vita」
俺が返事を返す前に彼女が発した言葉と共に星の煌めきに包まれ意識を手放した。




