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フィリアラピス  作者: 長谷川雫


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第三話

 星の海の中に俺は一人居た。


煌びやかに光る星が一つ一つ主張をするように輝いていた。


すると星のカケラから元気な赤ん坊の泣き声が聞こえた。


愛おしそうにその赤ん坊を見つめて涙を流している夫婦がいた。


その夫婦を見て、俺は全てを理解したのだ――。


あの、生まれてきた小さな命は自分であるのだと。


星のカケラ一つ一つに俺の人生が刻まれていた。


ここにある星のカケラは全て、俺が紡いできた人生の思い出なのだ。


思い出の空は多くの縁や愛に恵まれ溢れている。


この空に輝く星は俺だけのものなのだ。


時が少しでも戻ってくれたなら....


「それは違うなよな」


だから、今はもう大切にするしかないのだ。


一条 蛍という自分自身が生きた証を。


下を見て俯くのはもう終わりにしよう。


夜空はこんなにも輝いているのだから。


俺は腕を伸ばし優しい夜空を抱きしめた――


「おかえりなさい、一条さん。ふふっ....あなたは泣き虫さんですねぇ」


出迎えの言葉と共に微笑む女神様が俺の頬をつたう涙を優しく拭ってくれた。


「ただいま。女神様」


俺は笑顔で女神様に答えた。


 時間にしては一瞬ではあったが、その一瞬は俺にとってかけがえのないものだった。


「ねぇ、女神様。もうすでに貴方から色んな物をもらってるんですけど、我儘聞いてもらってもいいですか?」


「はい!もちろんですよ」


内容を聞く前に答える彼女に、少々苦笑いを浮かべた。


「ピアノって出せたりしないですか?」


「え、でも....」


先ほどまで明るい笑顔を浮かべていた女神様が悲しい表情をしていた。


「やっぱり、知っていましたか」


別に今更だ。彼女に隠し事など筒抜けなのだ。


それこそ、隠し通せるなら他に重要項目がいくつか浮かぶのは男に生まれた性だろう。


「あなたの為に一曲プレゼントしたくて」


少し前にここでは返せる物が無いと思っていたが、色々できる女神様だ。


ピアノ一つくらいならば容易く用意できるだろう。


「そういうことでしたら、お任せください」


次の瞬間には少し離れた所にグランドピアノがセットされていた。


「最高のステージですね」


青色の花の絨毯に空には綺麗な星が沢山あり、その真ん中のピアノは優しい夜の光のスポットライトを浴びている。


「天才ピアニストと呼ばれた一条さんのステージですからね!」


「そんな御恐れた人じゃないですよ。久しぶりに弾くので大目に見てくださいね」


 確かに世間からはそう呼ばれていた事もあった。


だが、それは病気になる以前の話だ。


昔みたいに弾けるかと言われればそこまで自信はない。


でも、この人の為に弾きたくて、この人に聞いてもらいたくて今はただその一心だ。


「では、行きましょうか」


俺は起き上がり、女神様の手を引きながらピアノの元へいく。


 椅子に腰をかけペダルの位置を確認する。


久しぶりに触れたピアノに懐かしさを覚え、白鍵に指を置く。


一呼吸置き、女神様をチラッと見ると目が合う。


俺は頷き、指を走らせ始めた。


十本の指は俺の期待に応えるかのように鍵盤の隅から隅まで駆け巡った。


自分が思っていたより体に染みついており、久しぶりに弾くというのにブランクを感じることはなかった。


なら、俺がすることは一つだ。


彼女だけに向けた、最高の演奏を。


ここに来てからのことも、ここへ来るまでのことも。


どうか聴いてほしい。


俺は想いを乗せ鍵盤を走らせた。


 最初は静かに耳を傾けていた女神様が次第に口を開いて、綺麗な透き通った声で俺のピアノに合わせて歌い始めた。


その声が、表情を見れば「嬉しい」「楽しい」と伝わってくる。


俺の最初で最後のコンサートは、いつの間にか女神様とのデュエットへ変わっていた。


二人で重ねる音色に惹かれるように、周りにいた蝶たちが観客のように集まってくる。


曲が終わるその時まで、俺は女神様と顔を見合わせながら鍵盤を奏で続けた――




 演奏を終え、鍵盤から指を離しピアノにお別れを告げるように蓋を下ろす。


席から立ち上がるとピアノは星の砂に変わるように消えていった。


「一条さん、とっても素敵な演奏でした!目の前で演奏してもらえるなんて思っても無くて本当にありがとうございます」


瞳を揺らしながら女神様は嬉しそうに言った。


「俺の方こそ我儘聞いてもらってありがとうございます。あなたの為に弾きましたからそう言ってもらえてよかったです。女神様の方こそ、歌とっても綺麗でした」


「一条さんのピアノを聴いていたら、私の体が勝手に歌っちゃったんですよね」


「女神様が楽しんでもらえたならよかったです。そ、それと....」


演奏中彼女が歌い始めた時に俺はもう一つ、プレゼントを思いついたのだ。


ただ、それが喜ばれるかどうかはわからない。


「私に気にせず続けてくださいな」


彼女に背中を押されるように、俺は深呼吸をした。


「女神様、俺がここへ来た時に、名乗る名前は無いって言ってたから、それで”サイネ”って名前はどうかな?もちろん気に入らなかったら全然大丈夫なんだけど」


女神様は手で顔を覆って涙を流していた。


「ご、ごめん。そんな泣かせるつもりはなくて....」


「違うんです。私だけの名前がとっても嬉しいのです」


彼女は満面の笑みを浮かべていた。


あの、演奏は俺一人だけでは奏でることは出来なかった。


彼女の透き通った歌声が、俺の旋律へ美しい彩の音を重ねてくれたことで、その演奏は完成したのだ。


「気に入ってもらえたならよかったよ、サイネ」


「最高のプレゼントをありがとうございます!蛍くん」


二人で名前を呼び合う少しくすぐったいが温かい時間。


その残り時間も、終わりが近づいて来ている。


 いつまでも、この時間が続けばいいと思ってしまう程にサイネと過ごすのは心地が良いことに俺は気づいてしまったのだ。


だけど、いつまでもここにいるわけにいかない。


悲しいがここはあくまで中間地点だ。


「サイネ、俺決めたよ。宝石を贈る相手」


少し寄り道をしてしまったが、俺の過去を辿り贈る相手はもうすでに決めているのだ。


「とても良い顔をしてますね。ここに来た時とは見間違えるほどに」


「それはサイネに出会えたからだよ」


「そう言っていただけるならよかったです。では、そのルースケースに想いを込めてみてください」


俺はサイネから渡されたケースを持って目を閉じた。


もう、迷うことはなにもない。


手に持ったケースが淡く光り始めた。


俺はこれから渡す人たちを思い浮かべた。


せっかく機会をもらえたのだ。


終わってから始まる物語があってもいいのではないだろうか。


淡く光っていたケースが大きな輝きをみせた後、先程何も無かったルースケースの中には宝石が埋め込まれていた。


少し離れた場所にいたサイネが近くに寄ってルースケースを覗き込む。


「ガーネット、エメラルド、アレキサンドライト。どれも綺麗な宝石ですね」


「よくわかるね。エメラルドは流石に分かったけど。他二つは流石にわからなかったよ」


ガーネットに関しては色は分かるがそもそも赤色の時点で知識が浅ければルビーと勘違いしてしまうし、アレキサンドライトに関しては初めて聞く宝石だ。


「そうですね。ガーネットで言えばよくルビーとよく比べられがちですが、実は結構色味が違いますし、あと単屈折といいまして見る角度を変えても色が変わらないんですよ」


「じゃあ、このアレキサンドライトは?」


「アレキサンドライトは逆にですね、光によって色が変わる不思議な宝石なんですよ。太陽光では緑っぽく見えて、灯りの下では赤紫色に変わったりするんです」


後半説明そっちのけで楽しそうに説明する顔に視線を奪われた。


「でも、これだと誰にどれ渡せばいいかわからないな」


「大丈夫ですよ。蛍くんの想いで結晶化された宝石ですから。渡したい人にお会いした時に必然的にわかりますよ」


「そっか。サイネが言うなら間違いないな」


「ちょっと私を信用しすぎなのでは?嘘ついてたらどうするんですか」


そんなことを口にしながらサイネは笑っていた。


「....なぁ、宝石を渡し終えた後って、もうサイネに会えないのか?」


「大丈夫ですよ。また最後ここでお会いできますから」


少し寂しそうな表情を浮かべたのは、その時こそ本当のお別れだからなのだろう。

また会える。


それが知れただけで俺的にはとても嬉しいというものだ。


「じゃあ、行ってくるよ」


「はい。行ってらっしゃい」


サイネのお見送りの言葉を聞いて俺は目を瞑った。

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