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フィリアラピス  作者: 長谷川雫


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第一話

――この想いを、感情を、言葉をどうすれば伝えられただろうか。


今更考えても、時すでに遅く。


灰色に濁った空間にふわふわと浮かんでいた。




 周りを見渡しても特になにもなく、灰色の景色が無限に広がっている。


意識は思ったよりも明瞭だった。


今はもう、落ち着いて自分のことを俯瞰して考えられるくらいの余裕がある。


この不思議な現象の体験はなんなのだろうと考えている最中だ。


 自分の体は無く、どうしてか意識は残っているし一応上下左右にふわふわと移動することもできる事は分かっているし、これが夢ではないことはもう自分の中では分かりきっている。


――俺の最後の記憶。


大切な人であり、俺を生んでくれた母親に見送られ俺は深い眠りについたのだ。


親より先に死んでしまう親不孝者でごめん。と最後に見た母の姿を思い浮かべながら、心の中で謝った。


 自分は一体これからどうなるのだろうか?


あまりに未知数であり、未体験というより誰も知らない世界。


なんせここはきっと、死後の世界なのだろうから。


鼓動の無い世界は、生前に天国や地獄と呼ばれていた場所なのだろうか。


答えはわからない、死を得てたどり着ける場所。


誰に語るにも形を残すのも不可能と呼べるはずだ。


改めて周囲を見渡すも、景色に変わりはなく、俺はこの世界に一人漂う事しかできなかった。


親より先に世を去った俺への罰なのだろう....。


 別に死にたくて世を去った訳ではないし、自ら命を絶とうと思ったこともあったが踏みとどまり生きたつもりだ。


まぁ、抗うように生きたかと問われれば諦めていたのだが。


病というのはあまりに残酷だ。


誰が悪いわけでもないし、ぶつける先もない。


記憶を思い返しても楽しかった記憶よりも辛かった記憶の方が割合を占めている。


「もう辛くは無いし、楽になれたんだけどな...」


やっとの思いで楽になった先がこれかと呆れていた。


 すると、遠くの方で小さく光る何かが、ふわふわと漂っているのが見えた。


次第にその光は大きくなり、やがて一匹の蝶が姿を現す。


優しく淡い光を纏った蝶は、俺の周囲を円を描くように舞っていた。


そして蝶は、光り輝く鱗粉を残しながらゆっくりと飛んでいく。


まるで、ついて来いと誘うかのように。


俺は光り輝く蝶が作った、明るく灯された道を導かれるように進んでいった。





 光る蝶に誘われるようについて行っているが、灰色の世界は変わらない。


俺はもしかしたら遊ばれているのかもしれない。


そもそも自分で誘われているかもと勝手に思い込み、なにか根拠があったわけでもなく蝶が残す光る道を辿ってきた。


終着点も見えず、段々と痺れを切らしていく。


前を飛ぶ蝶に追いついた瞬間、蝶はピタリと動きを止めた。


そして、淡く光っていたその体が大きく発光した。


蝶は大きく円を描きながら上昇していき、次の瞬間大きな光と共に先程まで何もなかったところに大きな鳥居が現れた。


何事もなかったように、蝶はそのままパタパタと下降して鳥居を潜ると姿を消した。


 鳥居を改めてみるとそこから先は別の空間なのか、向こう側が見えなかった。


あの蝶はやはり俺をここに連れて来てくれたのだろう。


自分一人じゃきっと来れなかった場所だ。


俺も蝶の後に続いて鳥居を潜った。


 先程までの灰色で薄暗い世界とは大きく違い、一面に花が咲き誇り暖かくてとても居心地が良い場所だった。


やはりというか、あの鳥居に境界線ができているらしい。


辺りにも蝶は飛んでいるが、先程まで俺を案内してくれた蝶は見当たらなかった。


「ありがとうございます。ここまで連れてきていただきまして」


俺が辺りを見渡していると、澄み渡った声が聞こえた。


それは生前に聞いた言語であり、とても馴染みも深い。


「危うくあなたをひとりぼっちにさせてしまうところでした」


その言葉は俺に向けられているものだと目の前の見知らぬ女性を見ればわかった。


とはいえ、今の俺には返答する口どころか体すら持ちえないのだ。


無視するのもなんだか良心が痛むので精一杯くるくるその場を回って見せた。


「あ、失礼いたしました。その恰好ではお話できませんね」


目の前の彼女はそう言い「パチン」と高く良い音を鳴らすと白い光が俺の体を包み込み視界を襲った。


....瞼を持ち上げると淡い光が目に差し込み目を細めるが次第に視界が開けていく。


初めて視界に入ったのは人間の手だった。


その手は誰の物だろうかと認識するにはそう時間はかからなかった。


「初めまして。これで改めてお話する事ができますね、一条 蛍(いちじょう けい)さん」


一条 蛍(いちじょう けい)。彼女がそう口にした名前は俺の生前の名前だった。


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