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第11話 〜藤堂視点〜


綺麗な子だな――。

最初に彼女を見た時、ただそれだけを思った。

春の講義終わり。

人で溢れる廊下の窓際に、彼女は一人で立っていた。

長い黒髪が夕陽を受けて柔らかく光っている。

周りには友達同士で騒ぐ学生たち。

笑い声が飛び交う中、彼女だけが静かだった。

どこか近寄りがたい空気を纏っていて、けれど目が離せなかった。

気づけば、視線で追うようになっていた。

正直、女の子に困ったことはない。

話しかければ大抵の子は笑うし、連絡先を聞かれて困ることも多かった。

でも――彼女は違った。

美人なのに、それをまるで自覚していない。

誰かに褒められても興味なさそうに「そう?」と返すだけ。

男子に囲まれても愛想笑いすらしない。

いつも隣にいるのは、優子という友達一人だけだった。

不思議な子だと思った。

だから余計に気になった。

講義中も、食堂でも、気づけば彼女を探していた。

そんなある日。

中庭のベンチで、彼女がふっと笑っているのを見た。

普段はクールで、感情なんて表に出さないのに。

両手を口元に当てて、頬をほんのり赤く染めながら、小さく笑っていた。

胸がどきりとした。

……こんな顔するんだ。

その瞬間、多分、俺は落ちた。

勇気を出して話しかけたこともある。

「大洗さんってさ、いつも何聴いてるの?」

「……別に」

「映画とか好き?」

「普通」

見事なくらい素っ気なかった。

普通なら心折れる。

でも不思議と、もっと知りたいと思ってしまった。

彼女に近づきたくて、共通点を探した。

好きな講義。

読む本。

よくいる場所。

そんなふうに彼女を見ているうちに、あることに気づいた。

彼女が笑う時。

彼女が目を輝かせる時。

その視線の先には、いつも同じ人物がいた。

――倉持教授。

最初は気のせいだと思った。

だって相手は、くたびれたスーツを着た、煙草臭いオッサンだ。

無精髭もあるし、目の下には薄く隈まである。

どう考えても、俺たちみたいな大学生とは違う。

なのに。

彼女は教授を見つめる時だけ、まるで世界が変わったみたいな顔をしていた。

その視線が、ずっと頭から離れなかった。

やがて、二人が一緒にいる姿を見かけることが増えた。

講義後、並んで歩く姿。

中庭で静かに話す姿。

教授がふっと笑うたび、嬉しそうに目を細める彼女。

周りも少しずつ噂し始めた。

「最近あの二人距離近くない?」

「え、まさか付き合ってる?」

聞きたくないのに、耳に入ってくる。

胸の奥がざわついた。

気になって。

気になって。

結局、直接聞きに行った。

そしたら、教授は驚くほどあっさり認めた。

『……ああ』

その一言だけで、頭が真っ白になった。

教授と生徒とか。

年齢差とか。

立場とか。

気づけば、感情のまま言葉をぶつけていた。

でも倉持教授は、ずっと落ち着いていた。

怒りもしない。

見下しもしない。

ただ静かに、真っ直ぐ俺を見ていた。

それが悔しかった。

自分だけが子供みたいで。

感情を抑えられない自分が、すごくガキに思えて。

最後には、

『……俺は認めませんから!』

なんて、ドラマみたいな捨て台詞まで吐いて逃げた。

……今思い出しても死ぬほど恥ずかしい。

でも。

それでも、諦めたくなかった。

倉持教授より、ずっとずっと俺の方が彼女を見てきた。

彼女が笑わないことも。

寂しそうに空を見ることも。

誰にも心を開かないことも知ってる。

だから。

誰よりも、幸せにしたいと思った。

夕暮れの風が頬を撫でる。

藤堂は空を見上げ、小さく拳を握り締めた。

――まだ、終わらせたくない。

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