128、穏やかな時間
「幻じゃないですよ、お母様。私は、ジュリエッタです。赤ん坊の頃から、スライム神の島で暮らしてるの。8歳のときに、お母様の手紙をスライム神から渡されたんです」
「あぁ、ジュリエッタ。生きていてくれたのね……」
母の目からは、涙が溢れている。
「私は元気だよ。お母様は心労のせいで、そんなに痩せ細ってしまわれて……」
「私は呪われているのよ。だから、私が産む子は、みんな白い髪に生まれてしまった。本当にごめんなさい」
私の顔を見て、目に輝きが戻ったのに、またその瞳には何も映してないように見える。
「お母様、食事の用意がされていたわ。ポウロくんも、お腹が空いているかも。テーブルまで歩ける?」
そう尋ねると、母は首を横に振っている。
「ジュリエッタ様、王妃様は、半年ほど前から歩くことはできません。体調の良いときは、騎士が、お席までお運びするのですが」
(騎士って、あの扉番かな?)
侍女は、小さな声で、そう話した。彼女は、母の側近なのかも。
「さっき飲んでもらったのは、スライム神の島の地底湖の水なの。体力を回復する効果があるわ。だけど、水だけでは栄養にならないわね。歩けないのは、痩せすぎて筋力がなくなっているからかな」
「あ、あの、ジュリエッタ様は、まるで大人のように話されるのですね」
「そうね。私には、前世の記憶があるの。8歳のときに、その記憶が戻ったからね。これは、白い髪の人の共通点だよ。白い髪は、異世界からの転生者の証なんだって。前世の記憶が戻るタイミングは個人差があるらしいよ」
「えっ!? 白い髪は、呪いでは……」
「それは、大陸を支配しようとするスライム達が流したデマだよ。人化するスライム達は、異世界の記憶を持つ人間が怖いの。だから、排除させようとしてる」
「スライムが人化するので……あ、あぁ、お連れの人達はスライムだとおっしゃっていましたね」
侍女は、人化したスライムの存在さえ、知らなかったみたい。
「本当に呪いではないの?」
母が、私を真っ直ぐに見ていた。
「ええ、スライム神が言っていたから間違いないわ。大陸では、スライム神のことは、千年を生きる孤島の賢者って言われてるみたいだけど、この世界の神様だよ」
「まぁっ! 孤島の賢者様がスライム神……」
痩せ細った顔で、目を見開いた母は、目玉が飛び出して見えた。ほとんどミイラじゃないかというくらい、骨と皮しかない。
「うん、この世界はスライムが統べる世界だからね。でも、大陸は人間の領土だよ。スライム達は、人間のことを愛玩動物って言ってる。人間の行動を観察するのが楽しいみたい」
「それは、青の王国の主張だわ。それが正しかったのね」
「そうなの? あっ、青の王国は再建が始まったよ。大陸が戦乱だらけになっているのは、人間がスライムに守られていることを忘れたからかもね。それに便乗して、人化したスライムが、大陸を支配しようとしてた」
「戦乱が激化し、国王も、緑の帝国に討たれたと聞いたわ。その葬儀にも私は出られなかった……」
「お母様は寝たきり状態だったんだから、仕方ないよ。それに、お父様を殺したのは、緑の帝国の人のフリをしたスライムだよ。大国同士をぶつけて潰そうとしていたの。でも、もう、それも終わりだよ。元凶となったスライムは、赤い丘で、石像になった。新たに生まれたレッドスライムの王は、スライムと人間のハーフだから、きっと、スライムの干渉は減ると思う」
私は、ゆっくりと説明したけど、母の表情には変化はない。難しすぎる話だったよね。
コンコン
パーテーションがノックされた。
「王妃様、お食事の用意ができたようです」
「そう、ポウロを連れて行ってやって」
(食欲はないのね)
「お母様、食べなきゃダメだよ。キララ、私達を移動させて」
私がそう言うと、キララは屋台ワゴンの姿から人の姿に変わった。そして、私達はキララの転移魔法の光に包まれる。いつもなら一瞬なのに、キララはわざとゆっくりと発動するつもりみたい。ショックを与えないためかな。
◇◇◇
「わぁっ! あるいてないのに、ごはんだぁ」
「キララは、すごいぶっしつスライムなんだよっ」
(ちょっと待った〜)
二つある椅子の一つに、ポウロくんが座ると、その横の椅子には、白い髪の小さな女の子が座っちゃった。侍女達も困惑してる。
「おかあさま、このこ、スライムなんだって」
ポウロくんは、キラッキラな笑顔を見せた。
「まぁ、スライム? お食事はできるのかしら」
「できるよっ。ぼくは、ふわしろスライムだよ。リーネルもすわるといいよっ」
侍女が慌てて、椅子を運んでくる。
「ふふっ、じゃあ、座ろうかしら」
白い髪の小さな女の子は、私とは顔は似てないけど白い髪だから、母には娘に見えているのかもしれない。
赤いスープが、二人のチビっ子と母の前に置かれた。スプーンを持った白い髪の小さな女の子は、早速スープを飲もうとしているが、すくえない。スプーンの背だもんね。
「あらあら、お嬢さん、スプーンが逆だわ。へこんだ方を上にしてすくうのよ」
「んん〜?」
「ふわしろスライム、こうやるんだぞ」
ポウロくんは見本を見せている。
「わかった! あっ……」
(やると思った)
スープ皿にスプーンを勢いよく押し当てた白い髪の小さな女の子。白いモコモコな着ぐるみに、スープが飛び散ってる。
「ふわしろスライム、ゆっくりだぞ」
そう言いつつ、澄まし顔でスープを口に運んだポウロくんは、口の場所の目測を誤ったらしく、ほっぺにスプーンが当たり、頬から上着にスープが垂れている。
「ポウロは、おとなだね。バシャンってしないね」
なぜか褒める白い髪の小さな女の子。頬から上着に垂れたスープに気づかず、えへんと胸を張るポウロくん。
そんな二人の様子を、母は目を細めて眺めている。
「王妃様も、召し上がれそうですか?」
侍女にそう言われて、母はスプーンを持つ。今の彼女には座っていることも辛そうだけど、にこやかな笑みを浮かべて、スープをすくって飲み始めた。
「キララ、水瓶を置いていこっか」
私がそう言うと、キララは、屋台ワゴンに姿を変えた。初めてキララを見た侍女達は驚いているが、私は気にせず話しかける。
「水瓶を置ける台はありますか?」
「はい、こちらに。まぁっ!」
侍女が返事をした瞬間、水瓶は移動し、キララは人の姿に戻った。
「ここで働く皆さんも、良かったら飲んでください。スライム神の島の地底湖の水です。体力が回復します」




