127、母リーネルと弟ポウロ
「ええっ? どうして……」
キララの透過魔法で、扉の先へと進むと、そこは部屋というより、ガランとした塔の中だった。壁面に沿ってぐるっと階段がある。上の方に小さな窓があるが、塔の中には、ほとんど光が差し込んでいない。
「こんにちは。ジュリと申します。リーネル様に会いに来ました」
私達を見て完全に思考停止してる人は、侍女というより剣士に見える。扉番なのかも。
「どこから入ってきたのですか。ここは監獄塔ですから、外からは、この重い扉を開けない限り、入ることはできません」
私達が子供だからか、扉番の女性は警戒してるようには見えない。
「ジュリエッタのぶっしつスライムは、かべをとおりぬけるんだよっ。すごいでしょっ」
「えっ? ジュリエッタ……ジュリエッタ様?」
「ぼくは、ジュリエッタじゃないよ。ぼくをだっこしてるこが、ジュリエッタだよっ」
(わかってると思うよ)
小さな白い髪の女の子は、私を指差して教えてくれてる。
「ま、まぁ! どうしましょう」
ふわっと、何か美味しそうな匂いがしてきた。薄暗いけど、広い塔には、たくさんのパーテーションで仕切られた部屋があるのが見える。
「リーネル様は、どこにおられますか? 私の弟も一緒ですよね?」
私はそう尋ねたけど、扉番の女性は困った顔をしているだけだった。
「私の口からは、その、ジュリエッタ様の腕の中の方は、もしや、ジュリエット様……は、もう少し大きいはずですよね」
(ジュリエットって妹の名前?)
「ぼくは、ふわしろスライムだよっ。こっちがキララで、このこはネイルだよ」
「ええっ? スライム? いや、そんな反応は……」
「私以外は3人ともスライムです。ここに入れたのは、私を守る物質スライムの能力です。今、食事の準備中ですか?」
「は、はい。あの……」
私は、パーテーションの方へと歩いていく。扉番の女性は、困った顔のまま、私の後ろをついて来た。
「な、なぜ入れたのですか!」
「いや、入ってこられて……ジュリエッタ様のようで」
パーテーションの先には、簡易な調理場があった。すぐ右側には、白いテーブルクロスを掛けた食卓がある。誰も着席していないけど、二人分の椅子と食器が用意されていた。
調理中の料理は、赤いスープだけで、テーブルの上には、赤い米を炊いたような物が少しあるだけだ。
「ジュリエッタ様? 海で亡くなられたのではありませんか」
「それは、ジュリエット様です」
何か言い合いが始まったけど、私は仕事の邪魔をしに来たわけじゃない。
「ジュリエッタのおかあさんは、あっちにいるよ。ねてるみたい」
白い髪の小さな女の子が、指差した方へと、私は歩き始める。侍女達が慌てて後を追ってくるけど、私を止めようとはしない。
パーテーションをいくつか通っていくと、綺麗な赤い布がかけられているパーテーションがあった。
「失礼します」
一応、声をかけて、その先へ行くと、真っ白な髪の2〜3歳くらいの子が、驚いた顔をして固まっていた。
「あー、ぼくといっしょだねっ。ジュリエッタといっしょだよ」
白い髪の小さな女の子は、私の腕の中からピョンと飛び降りた。そして興味深そうな顔をして、白い髪の子の顔を見てる。
私は、その奥のベッドへと近寄っていった。
(ひどい……)
そこには、赤い髪の女性が、横たわっていた。生きているのかわからないほど、痩せ細っている。
「だ、だれ? ポウロ……」
(あっ、喋った!)
「おかあさま、ジュリエッタだって。ぼくみたいに、しろいかみだよ。ぼくより、ちいさなこもいるし、ふしぎなこもいる」
「ジュリエッタ?」
横たわっていた女性は、ゆっくりと上体を起こした。だけど、目の焦点は合ってない。
「ジュリエッタのおかあさんは、めがみえないよ。たくさんのばしょが、いたいよ。このちいさなこは、ポウロだって。ジュリエッタのおとうとだよ」
(ジュリが付いてない)
私も兄も妹も、ジュリなんちゃらなのに、一番下の子は、ポウロくんなのね。失わないように、名前に願いを込めたのかな。
白い髪の小さな女の子の声も、彼女にはあまり聞こえてないみたい。あまりにもひどい衰弱状態だ。
(あっ、そっか)
国王の葬式にも出て来なかったって聞いたけど、こんな状態なら、出られるわけがない。
後ろを振り返ってみると、侍女がすぐ近くにいた。
「母は、なぜこんなに、痩せ細っているの? ここに引きこもっているためかな」
「この場所を選ばれたのは、王妃様です。ポウロ様を隠すために、産後しばらくしてから、ずっとこちらにおられます。お食事も充分にご用意していたのですが、徐々に痩せていかれて、今では目は見えず、耳もあまり聞こえないようです。あっ、ポウロ様の声だけは、お分かりになるのですが……」
(彼女達も、王妃と呼ぶのね)
私は母の状態に驚いたけど、冷静だった。そして、強引に私を城に連れて行こうとしたお兄さんには、この状態がわかっていたように思える。
「お母様、ジュリエッタです。聞こえますか? とりあえず、お水を飲みませんか」
「ジュリエッタ、おかあさまは、へんじがむつかしいんだ」
「そっか。ポウロくん、ありがとう、わかったよ。キララ、水瓶を出せる?」
「この姿だと難しいよ」
「じゃあ、屋台ワゴンに変わって」
キララは、屋台ワゴンに姿を変えた。ポウロくんは、すっごく驚いた顔をして、固まってる。
「ポウロ、これもキララだよっ。ジュリエッタのぶっしつスライムは、すごいんだよ」
「ぶっしつスライムって、なぁに?」
「ん〜? キララとネイルだよ」
「んん〜?」
チビっ子二人が、互いに首を傾げてる。会話になってないんだけど、楽しそうにニコニコしてるから、まぁ、いっか。
私は、地底湖の水をコップに入れて、目の焦点が合わない母の手に持たせる。だけど、今の彼女には、コップも重いみたい。私は、コップの底を支える。
「お水です。少しでも飲んでください」
「ええ、ありがとう」
ゆっくりと口に持っていくと、コクっと一口だけ飲んでくれた。両手の力も無いみたい。コップは、私が持っていて、彼女は添えているだけだ。
もう一度、口に近づけてみると、また、コクっと一口だけ飲んでくれた。ゴクゴク飲んでしまうはずなのに、飲む力も無いみたい。
また、口に近づけると、また、一口飲んでくれた。これを繰り返しているうちに、やっとコップは空になった。
そして……。
「あぁ、見えるわ。幻かしら……」
母の目線は、しっかりと私に向いていた。




