生活の残骸とウチにしか見えない木
石化毒の森に生息する魔物を狩り、それを運ぶこと数回。
ようやく石化毒に対する器官らしきものが見つかった。
獣系の場合胃にくっつく形で存在し、虫の場合食道付近に、植物の場合どこかしらに小さなコブのような物があり、中には液体や粉が入っている。
これが石化した部分に効くのではなく、石化毒に対して抵抗するような働きとなった。
つまり、この液体や粉を体につけることで、石化毒の効果を防ぐことができるという訳だ。
ただし、粉も液体も消耗品だから、一定量の毒を弾いたら効果がなくなってしまう。
魔物はこの液体や粉を消化して、魔力として体内や体表を循環させているから活動できていると予想された。
そうなると体に塗るよりも薬にして摂取すればいいのだが、今度は濃度と効果時間を計測しなければならないようで、麻痺毒や吐血毒の森で実験用魔物を捕まえることになった。
ウチとネルソンは巻き込まれないように、そこから逃げるように池まで戻ってきている。
「これからどうするん?」
「もっと深いところに行く予定なんだが、あまりキャンプ地から離れすぎると連絡とかが取りづらくなる。それに、それをするなら報告してからの方がいい。そうなるとこの池を起点に周囲を探索する程度だな」
「報告、連絡、相談は大事やな」
「相談はどこから出てきたんだ……」
呆れるネルソンに背負われて、池からあまり離れないようにしながら探索を続けた。
森の浅いところに比べてたくさんの魔物が出てくるから、時には追跡して縄張りを調べたり、魔物が食べる木の実や果実を採取したり、他の水場を見つけたりとなかなかに発見があった。
その水場の中には池ではなく湖と呼べるほど大きなものもあり、水中には魚や水草があったので、水を弾くウチのおかげで水草だけでも採取する。
池の底を歩いている時、水底から草ではない何かが飛び出しているのに気がついた。
それは少し離れたところにあり、水辺の水草を狙っていたネルソンの視界には入っていない。
「なんか後ろにあるねんけど。湖の底から突き出しとる」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ周りが水の壁に慣れてないんだ。ゆっくり、ゆっくり採取するから、確認はその後だ」
「そんなビビらんでもええのに」
ネルソンは湖に入る時からおっかなびっくり、慎重に進んでいる。
底に到達するまでで軽い運動ができそうなほどかかっていたし、壁のようになる水に手を伸ばして固有魔法の効果で避けられたりと、なかなか面白い行動だった。
いつ周囲の水が押し寄せてくるかわからないと警戒しつつ、水草を採取し終わったネルソンがゆっくりと振り返る。
その動きはとても緩慢で、屋台が大盛況すぎて休憩が取れなかった時のウチやミミよりも遅かった。
「あの突き出たやつか。所々に木の枝が刺さっているが、他より太いしなにより丸みがあるな。調べてみる」
ネルソンが水の壁を押し除けながら、慎重に進む。
反対にウチの前にある水の壁は迫ってくるけれど、川に突っ込んだ事もあるから気にならない。
むしろ手を伸ばして変形を楽しむほどだ。
少ししてネルソンの採取が終わり、湖のほとりまで戻ってきた。
「これは、木の棒を削って何かに加工しているが、用途がわからんな。木のフォークにしては持ち手部分が長いし、指す部分が曲がっているから食事には使えない。水の中だから曲がったにしてはおかしな曲がり方だ」
「ウチにも見せて」
「ああ、これだ。ちなみに普通の枝はこれだ」
ネルソンから2本の棒を受け取った。
片方は普通の枝……にしては、折れ具合が少々格好良い枝で、森の中で見つけたならば持って帰るか、歩いている間はブンブンと振り回しそうなもの。
もう一方がネルソンの言った枝で、持ちやすい太さな上にキレに磨かれていて、棘が刺さるようなことはない。
木のフォークにしては長くて先端が曲がっているし、その先端も丸まっていることから刺すものではなさそうだ。
長さはウチの背中よりも少し長いぐらいで、何故か見ていると背中がむずむずする。
「これなんやろなぁ。高いところにある果物とか引っ掛けて落とすのに使えそうやわ」
「なるほど。その曲がった先端は刺すためじゃなくて引っ掛けるためか。確かに屋敷の高いところにある蝋燭立てなんかは、引き寄せるために棒を引っ掛ける物もある。これが金属製だったら火かき棒にも見えるんだが……」
ウチとネルソンでは棒の正体がわからないし、明らかに武器ではない加工された物が存在する理由も不明だ。
他の請負人がここまで持ち込んだとしても、使い方がわからなすぎる。
魔道具なら見た目から用途がわからなくても仕方がないが、魔石をセットする場所もなければ無属性の魔石を溶かして作る線もない。
2人して首を傾げつつも、他にないか湖の中を調べることにした。
せっかくだから拾った杖で底をかき混ぜながら。
「やっぱり水中なのに話せるのは違和感がすごいな……」
「慣れたら平気やで」
「慣れたくはないな。エルは白孔雀の輝き団に入らないんだろ?」
「今のところ入るつもりないな。なんか出来上がった集団に入っていくのってしんどそうやん?」
「あー……、まぁ、そういうところはあるな。団からすると入ってきた奴を覚えれば良いだけだが、入る側からすると人だけじゃなくて団の設備やルールも覚えなきゃならん。更に団員と息を合わせるために訓練も必要だし、迷宮の勉強もしてもらう。大きいところほど安定しているが、やることは多いな」
「うへ〜……。想像しただけで面倒そうやわ。ウチはのんびりしたいねん。たまにこういう依頼を受けるのはええけど、美味しいもの食べて過ごしたいわ」
「あー……、まぁ、迷宮攻略中は食事の質が落ちるからなぁ」
雑談しながらでもネルソンはいい感じの棒を使って湖の底を探索していて、見落としがあれば後ろを見ているウチが声をかける。
その結果、大なり小なりいろいろな物が見つかった。
木製の器やコップ、ナイフやフォークにスプーンといった雑貨、足が折れた丸椅子に引き出しの半分ほど、折れた弓や割れた木の盾などのガラクタ、何か模様が彫られた杖のような物など様々だ。
拾った物は湖の側にまとめてあり、一つ一つ確認してはウチに渡してくれるネルソン。
2人で見れば何かわかるんじゃないかということだが、見ただけでいつ作られた物かわかるような知識も目もない。
ただ、なんとなく古そうという印象があるだけだった。
「もしかしたら草原エリアにある廃墟みたいに、意味のない生活の跡なのかもな」
「へー、意味ないん?」
「ああ。ボロボロの家や壁があるだけで、請負人たちが拠点にできるわけでもない。一応迷宮で取った素材で補修することで休憩所みたいにはしたけど、魔物が暴れたらすぐに壊れるだろうな。食料の関係で常に誰かを置いておくわけにもいかない。そこではこういった生活の跡はなかったらしいが、それも風化したのか魔物に壊されたのかはわからないけどな」
「ほーん。色々あるんやなぁ。じゃあ、この辺探したら、廃墟みたいなものが見つかるかもしれへんねんな」
「そうだな。一応これを持ち帰って、後日探索だろう」
「せやな。急いでも危なくなるし、一旦報告や」
湖の底で拾った物を皮袋に入れて、周囲を警戒しながらキャンプ地に戻った。
説明をしつつ皮袋ごと渡せば、誰かがナーシャの元へと報告に向かってくれる。
ウチとネルソンは食事をとってから新しい皮袋を受け取り、また探索に出た。
もしも廃墟があるとしたら水場の近くだろうということで、湖の先を重点的に探す予定だ。
「廃墟ってどんな感じなん?」
「そうだな……木と土壁でできた小屋が道に沿って並んでいるような見た目だ。周囲には腰ぐらいの壁が作られているが、ほとんど壊れている。近い場所としたら賑わっていない農村だな」
「ふーん。そういうのが森の中にあるんやろか?」
「森に住むとしたら、木を切ってある程度場所を開けないと難しいだろう。一度木を登ってみるのもありだな」
「せやなぁ。周り木ばっかやからわからんかもしれんけど」
「他の方法も思いつかないし、試してみるか」
ネルソンは湖へと急ぎ、たくさん生えている木の中から登りやすそうなものを選別した。
ウチにはわからないほどの差で決められた木は、確かに周囲よりもウチ1人分ぐらい高いように見える。
そんな木に対してネルソンが何かを勢いよく投げつけると、ウチを背負っているにも関わらず、木を駆け上がっていく。
勢いが落ちると木にしがみつくように登り出したけれど、最初の駆け上がりで1/3ほどを過ぎていた。
そしてネルソンが掴んでいるものは、木ではなく深く刺さった投げナイフのような物に見える。
半ばまで刺さっているせいで刃がほとんど見えないけれど、それを足場にしてスイスイと登っていく。
投げる時点で手足を置く位置まで計算していることに驚いているうちに、高いところにあった枝まで到達できた。
ここまで来るとナイフはいらないようで、強化した脚力を持って枝を飛び移っていく。
やがて木の天辺まで登り切ると、周りを見渡し始めた。
「こっちは木ばかりだな。広場らしいところは見つからない」
「こっちもそんな感じやわ。湖ぐらいちゃうかな。木が多くて全然見渡されへんわ」
「そうか。念のため俺とエルでぐるりと見渡すか」
ネルソンは枝の先端に捕まったまま、器用に周囲を回る。
それに合わせて背中合わせのウチの視界も回り、ほとんど緑しか見えない景色を堪能した。
そして半周が過ぎたころ、ウチが見えるものが大きく変わった。
「めっちゃでかい木生えてるやん!なんで気づかへんねん!」
「ん?エルが見ているのは最初に俺が見た方角だろう?今俺は湖が見えているし。大きな木なんてなかったぞ」
「なんでやねん!めっっっっっっっちゃでかいやん!周りの木を10本積んでも届かんぐらいでかいやん!ほとんど石になってるけど!」
「半周するから待ってくれ……。やはり何も見えないな。言われてみれば向こう側にはこの木よりも少し高い木が生えているが、せいぜい1本半ってところだ」
「その木の真ん中にめっちゃでかい木あるやん!なんで見えへんねん!」
「エルに見えて、俺に見えない……。固有魔法か?しかし、俺もエルの魔法を受けているはずなんだが……」
「あー、それあれちゃう?なんか効果が及ぶ範囲の違いやっけ。ウチから離れると効果が下がるやつ。後は相手が強力過ぎたら負けるはずやし。強い毒とかそういうやつ。ウチには効かんかっても背負ってる人には影響出てたで。シルビアさんは指先とかからやったけど」
「遠くにある木は触れないからよくわからんが、目に効果が出たのかもな」
「効果が出てないの方が正しいかもしれんけど」
「違いない」
ネルソンが小さく笑った。
ウチにしか見えない巨大な木。
木がそうさせているのか、途中に何かがあるのかはわからないけれど、向かう先は決まった。
奇しくも方向は入ってきた方とは逆、さらに奥の森だった。
・・・それにしても、森広過ぎやろ……。こんなん探索するの無理ちゃうか。森の中で生活できんと夢のまた夢や。




