19. さよならバースデー6(メルシー視点)
「エメル、メルシー。ほら手だして、イエーイ!!」
「なんなのあなたは。意味がわからないわ。本当に……」
私は恐る恐る魔力を練って魔法を発動させようとするが、全く何もできない。
便利だからよく使っていた創造魔法も、敵を殲滅するための上級魔法も。あの悪魔から授かった力が失われている。
手をあげたままハイタッチを求めるグラトンと目が合う。
「イエーイ!!」
「イエーイじゃないわよ、イエーイじゃ」
「じゃあ唐揚げ!!」
「意味がわからないわ、本当に」
死ぬつもりだった。もう誰にも迷惑をかけまいと、魔法書や貴重品は全てマジックバックに放り込んだ。
数年後若しくは数十年後。もしグラトンが約束通りにこの場所――私の居なくなったこの家に来てくれた時に、せめてもの贈り物としてこのマジックバックの中身が彼の役にたてばと。
怖かったのだ。自分がこの世界にいた証明が欲しかったんだ。魔女と呼ばれて、世界中が敵に回ったあの日からずっと生きる理由を求めていた。
母の仇だとか研究という言葉で理論武装して、見ないようにしていた。
グラトンなら私を覚えてくれる。絵本に描かれた怖い『魔女』としての私ではなくて、本当の私を。エマの娘で妖精メルシーの親友のエメルとして。
そうして自分を納得させていたのに、この食い意地をはったデブは。
色んな感情を飲み込んで、私はグラトンの手を強く叩く。
「今回は感謝してあげる。助けてくれてありがとう」
「誕生日だからね、楽しくないイベントはスキップするのに限るよ」
そう言って座り込む私の腕を掴んで立ち上がらせてくれる。
空が広い。ここだけ焼け野原だ。
魔境の森の性質上、数時間もしない内に緑豊かな森の一部へと姿を戻すだろうが、今はこの夜空を自由に眺めることができる。
私が住んでた家は跡形もなく消え去ったが、そんなことが些細に思えるほど私の心は晴れ渡っている。
これもグラトンという太った男との出会いが起こしてくれた奇跡なのかもしれない。
「そう言えば、僕がまたここに訪れたら日記読んでいいって言ってなかったけ? どこにあるの?」
「さぁ、あなた達が暴れて燃えたんじゃない。所詮は紙の束なんだし、当然よね。あぁー読んでもらいたかったのに残念だわ、でも仕方ないわよね。だって燃えて消えてしまったのだから」
「それなら仕方ないか。だって家ごと消し飛んじゃったんだから」
「そうね、ないものはないのだから」
私とグラトンは腹を抱えて笑う。
どうでも良いようなやり取り。そんなものすら、昨日の私ならきっと信じられなかったであろう未来。
夜が明ける。
空が黎明を迎え、暗闇に飲み込まれた森の中。清々しいほど広い空に太陽が昇り始め、世界は徐々に色を取り戻す。
空の色、森の色、土の色、命の色。
「そうだ、折角だし僕たちの家に来なよ。そこで誕生日会しよう。僕ちゃんと招待状貰ってるんだよ、ほらメルシーから」
「嬉しい提案だけど、断るわ。もうこれ以上迷惑かけられない」
「えー、来ないの。いいじゃん迷惑かけて、グラトンなら笑って許してくれます。あっ、エンチャルトだよ。皆からはルトって呼ばれてるから、エメルもルトのことそう呼んでいいですよ」
「えっ、でも」
「ルトの言う通りよ。誕生日なんでしょ、我が儘くらい言ってもいいのよ。私はルトの姉のディメルル、ルルって呼んで。グラトンちゃんから事情は聞いているは、その上で私たちはここにいるのよ」
「僕も同意見だ。断る理由なんてありませんよね」
「だってさ、エメル。どうする?」
「私は――」
大きな音がして、振り向くとボロボロな火竜が倒れていた。ガーくんだ。
「ガルグルゥ~」
「グラトンもう無理って、ガーくんが。グラトン!! ガーくんにモンスターの露払いなんてさせたら駄目。エメルの魔法で強化してだけでガーくん本当は弱い、エメルの魔法が解けたらヘッポコ。ヘッポコの助」
「そうだったのか、ガーくん。だったら言ってくれたら良かったのに」
「ガルゥ~」
「エメルのことが大好きだからって、無茶ダメっ!!」
ガーくんを吹き飛ばした張本人が現れる。
ガーくんより一回り体が大きいワイバーンだ。竜の出来損ないと言われるそれは、空を飛ぶことができない種で竜の配下として仕えていることもある。
たくさんのワイバーンが結界を囲んで様子を伺っていると、空から親玉らしき竜が姿を現す。ガーくんと縄張り争いをしている火竜だ。
火竜はその特性上、他の竜より数が多く火竜同士で争うことが多い。
このタイミングで起きるとは運がない。
悪魔との契約がなくなり、魔法の力を失った私には火竜と戦うこともガーくんを強化することもできない。
「メルシー。この結界って頑丈だよね?」
「エメルの魔法が消えたから、触れたら壊れる。ペラペラの紙切れ、あははは」
「みんなガーくんの近くに集合!! ルル転移魔法の準備!!」
「三分ください。絶対間に合わせます」
「わかった」
「グラトンさん、スミスどうしますか? 置いていきます?」
「なんでそんなに嬉しそうなの!! ああぁもう、僕が拾ってくる。その間、ルトとアルケミーは敵どうにかして!!」
「了解」
「任せてください」
結界は一瞬で破壊され、雪崩れ込むようにワイバーンが私たちに襲いかかる。
大きな物を転移させるのはそれだけ魔力と準備時間がかかる。それまで耐える戦いだった。グラトンが気絶しているスミスという男をガーくんに投げつけて、防衛に参加する。
ワイバーンを倒して火竜を退けるも、一息つく間もなく音に引き寄せられて新手のモンスターと戦うのを繰り返すこと三回。
フェンリル率いるモンスターの群れとの乱闘中に声が通る。
「準備できました!!」
「よしっ、駆け込め!! ほらエメルもメルシーも行くよ」
「あっ」
心の準備をできてない私の手を掴み、魔方陣へと連れ込むグラトン。全員が魔方陣へ入ったことを確認し、魔法が発動される。
「転移」
目映い光で一瞬目をつぶると、景色が変わっていた。
「ようこそ、僕たちの家へ。皆でアイディアを出しあって改造を繰り返した、僕たちだけのお家さっ」
自慢げに手を広げるグラトンに私は聞かずにはいられなかった。
「家は?」
「えっ!! 家がなくなってる」
「壊したです」
「グラトンちゃんごめんなさい。修行してたら、こうなっちゃった。まぁこれはこれで趣あるよね」
「あははは確かに趣がある、わけないよ。どうするのこれ、誕生日会できないじゃん」
「外でやればいいと思いますよ、グラトンさん」
グラトンはなるほどと手を打った。
「それもそうか、よし今日の誕生日会は外でやろう。スミスの傷を治して、早速みんなで買い出しだ!!」
「イエーイ!!」
グラトンの提案にノリノリのメルシーに頭を抱えていると、後ろから肩を叩かれる。振り向くと二人の女性が微笑んでいた。
「ねっ、笑って許してくれたでしょ」
「だからもっと頼ってもいいんですよ。あの妖精ちゃんや火竜にも。もちろんグラトンちゃんや、私たちにも」
私は黙って一言、素っ気なく答える。
「まぁいいわ、そういうことにしてあげる」
彼女らは顔を見合わせて吹き出した。




