16. さよならバースデー3(エメル視点)
最後の晩餐。
「味がしないわね」
いつもと同じ手順で作ったスープ。一口、二口と飲んでもまったく味がしないので、私はスプーンを置く。
食事は栄養補給。無駄な時間を削るために、適切な時間に適切な量を食べる。99年間続けてきた習慣。
食欲がなくても続けてきた食事をするという行為が、これほどまでに苦痛なのは一体どういうことか。
「エメル?」
「いいえ、なんでもないわメルシー」
理解している。心の声を聞く能力がない私でも、その原因は知っている。あの太った男、グラトンのせいだ。
グラトンが私に他人と時間を共有することの嬉しさを、食卓を囲む楽しさを思い出させたから、こんなにも苦しいのだ。
もしグラトンと出会っていなければ、私は迷うことなく明日を迎えることができたというのに。グラトンがくれた優しさが、温もりが私の胸を締め付ける。
「メルシー。こっちにおいで」
「うん」
メルシーの小さな頭を撫でる。
こどもの頃よく母にこうして頭を撫でられていた。私が眠るまでずっと、こうされると嫌なことや悲しいことを忘れて心がポカポカする。
「今頃、もう元の場所に戻ったころかしら。ごめんね、メルシー」
「ううん。エメル悪くない」
「……」
彼女はそう言うけれど、悪いのは全部私。
私さえいなければ、母さんは死ぬこともなかったし、メルシーもこんな場所に縛りつけられることもなく自由に生きられた。
あの時のことは今でも鮮明に思い出せる。
私は母と同じベットで横になりながら、自分の誕生日が来るのを寝ずに待っていた。そわそわする私の頭を撫でる母とともに、12歳の誕生日を待ち続けた。
日中の間、私の遊びに付き合っていたメルシーは小さな篭の中で体を丸めてぐっすりお休みしていた。
時計の針が夜の12時を指した瞬間、部屋に置いてあった蝋燭の火が消えた。全身の毛穴から汗が滲み出るほどの威圧感が襲い、暗闇の奥に潜む何かと目が合う。
「我を呼び出した対価として魂を貰う。さぁ、貴様はどの魂を我に献上する」
「なに言ってるの。お母さん、怖いよ」
恐怖で震える私を強く抱き締めて、毛布の中へと隠した。母の顔色を伺う私に、母はシーッと指を立てて毛布の隙間を閉じた。
私を掴んで離さないように、母は足を絡めて私の頭を自分の胸に押し当てた。
「大丈夫だから、お母さんに任せなさい。全部悪い夢だから、今はゆっくりお休み」
気丈に振る舞っていた母だけど、いつも私を安心させるゆっくりとした鼓動はドクンドクンと小刻みに爆音を流す。心なしか抱きしめている腕が少し震えていた。
「スリープ」
母の魔法によって私は眠りへと誘われた。
「メルシーさん、この子を頼んだわよ」
私は意識を手離した。
「母を売るとは見上げた女だ。その年で立派な魔女だな、貴様の母の魂は確かに貰い受けた。まさか一つで足りるとは、極上の魂だったぞ。契約に従い、貴様に我が魔法の全てを授けよう。100年後、また魂の回収に来る。それまでに上質な魂を集めて置くことだな、さもなくば貴様も母と同じ道を辿るだろうフハハハ」
目覚めた私に、一方的な言葉を残して声の主は姿を消した。
威圧感から解放された私は、毛布から頭を出すために母による拘束を逃れようとする。
「お母……さん」
返事をしない母に私は何度も呼びかける。お母さん、お母さんと。
ついには大声をあげて泣き出した私に、心配した隣人が様子を見に家の中に入り、冷たくなった母を見つける。衰弱死。それが医者が教えてくれた母の死因だ。
だけど違う。
私だけが知っている、母が死んだ理由はあの恐ろしい存在のせいだと。私は最後まで真実を伝えることができず、成人の儀を受けることとなった。
年末になると成人の儀と称して12歳になった村の少年少女を集め、一斉に教会でソウルスキルを確認する。
私の番は最後だった。メルシーを肩に乗せ、言葉を待つ。
メルシーには村から出て外に行こうとせがまれたが、私は断った。私はこの村が好きだ。母を思い出して悲しくなるけど、それでもここを離れたくなかった。
司祭が呪文を唱えると、紙に文字が浮かびそれを司祭が読み上げる
「ソウルスキル『魔女』……だと!?」
騒然とする教会。私を見る目が一瞬にして変わった。
まるでモンスターを見るような目で私を睨み付け、私から距離をとる。男の人がこども女を庇うように前に出て、口汚く罵りながら武器を突き立てる。
「悪魔に魂を売った背徳者め!!」
隣に住むおじちゃんが、手近にあった木の棒を振りかざす。
危ないと思って頭を庇って衝撃に備えるが、一向に痛みを感じないため目を開けると教会の残骸が一番に目についた。
私を中心に地面が抉れ、人が吹き飛ばされ地面に伏していた。
「魔女だ。本物の魔女だ!! 逃げろ!!」
「うわあああぁぁぁぁーーー!!!!」
「エマさんが死んだのも、あいつがエマさんを悪魔に売ったに違いねぇ。この人でなしが!!」
「待って。置いてかないで!!」
「あいつと一緒にいる妖精もグルだ。いや、あいつが悪魔かもしれねぇ」
「殺せ。なんとしても殺すんだ。この村から魔女を出してはならん、なんとしても息の根を止めろ!!!!」
逃げる人、罵倒する人、殺そうとする人。
魔女とは忌避される存在だったのだ。それを私は身をもって理解した。
「ねぇ、メルシー。私との契約を破棄して、逃げていいのよ。あなたの好きなことをして生きて。お母さんとの約束を気にしてるのなら、もう大丈夫よ。いままで一緒に居てくれたのだから、私はそれで十分」
「うん、じゃあエメルと一緒にいる。メルシー好きなところ、ここ」
私の隣をポンポンと叩く。
「死んじゃうよ」
「エメルと一緒、怖くない」
「そう」
駄目だとわかっていても、彼女の優しさに甘えてしまう。ほっとする自分がいる。
メルシーだけは、メルシーだけは私を裏切らない。魔女になろうと、私を私のまま受け入れてくれる。いつもはこどもの様に振る舞うのに、これじゃあまるで……
「100年か。長かったようで短かったわ。今思い返すと、あれよね、研究のために時間を削ってたのに、何も成果をあげられないなんて時間の無駄だったのね。それならあなたとの時間をもっと大切にすればよかったわ。色んな場所を見て美味しいものを食べて悪戯をして回って自分の思うままに、生きれば良かった」
「エメル間違ってない。頑張った、無駄じゃない」
「無駄だったのよ。母の復讐をするために必死で研究した。寝る間を惜しんで、あなたとの時間を切り捨てて世界中の書物を読み漁った。だけど、無理なのよ。私は魔女で、あいつは悪魔。悪魔と契約を交わした者は、悪魔を害することはできない。代償で得た力は、万能で無敵に近い力。あの悪魔の全て、とても人類が敵う相手じゃないのよ」
「そうだね」
「可笑しいよね、前までは死ぬことなんて恐くなかったのに。今は凄く恐くて、逃げ出したい」
「逃げていいんだよ。まだ間に合うよ。街行って住む人生贄にすればいい」
生き残りたいのなら、彼女の言う通りにすればいい。悪魔から得た力を使えば、街の一つ二つ落とすのも容易い。
だけど、私は……
「できないでしょ。エメル優しい、だからここにいる。迷惑かけたくない、グラトン帰した理由それ。助けてって言わない理由それ。エメルの悪いところそれ、自分で抱え込む。言ってくれたらグラトン助けてくれる、エメルわかってた」
「……」
「エメルの意見、メルシー尊重する。だからメルシーの意見も聞いて、一人で抱え込まないで。エメル頑張ったから、本当に頑張ったから。弱音を吐いたっていい、よ」
いつも私を振り回して、無茶苦茶なことばかりするくせに、こんな時だけそんな態度をとるなんてズルい。
グラトンが羨ましかった。
自分の好きなことをして、幼馴染みたちに囲まれて仲良く暮らして。私が望んでも手に入れることができない生活を送って、下らないことに悩んで笑って努力して明日に生きる。
表面上は何もないように振る舞っていたけど、それが嫌になるぐらい眩しかった。
メルシーの意図はわかっていた。
彼に助けを求めるか、あるいは彼を騙して魂を悪魔に売るという選択肢を提示してくれたのだ。
私の研究は息詰まっていた。もうどうしようもなかった、誰かを犠牲にするか自分が死ぬしか他に方法がなかった。
私は前者を選んだ。選んだつもりだった。
母の仇を討つために、それ以外に方法がなかった。研究と称して、期限まで家に留める予定だった。
極力関わらないようにするために、魔女と教えてあけだ。逃げるチャンスをあげた。
なのに彼は、あの太ったら男はそんな私の意図を無視して、ズカズカと家に入ってきて、態度を変えることなく私に接してきた。
嬉しかった。楽しかった。どうしようもなく心揺さぶられた。
「私だって、私だって普通に生きたかった。馬鹿みたいに遊んで、疲れて家に帰ったらお母さんがいて、料理の手伝いして一緒にご飯を食べて寝て。貧しくても平凡でもいい、ただ私とお母さんとメルシーと三人でずっと暮らしたかった」
「うん」
「大人になって、家を出て誰かを好きになって、結婚してこどもができて、お母さんにしてもらったことを自分のこどもにして、老いて死ぬ。そんな普通の生活を送りたかっただけなのに」
「うん」
「私の意思とは関係なく悪魔と契約させられて、魔女と呼ばれてみんなで寄ってたかって私を迫害して。私なにも悪いことしてない、迷惑かけてない。私はこんな力欲しくなかった!! 嫌い。みんな大嫌い。私を置いていったお母さんも、ずっと側にいるメルシーも、幸せそうなグラトンも。みんなみんな大嫌い。どうして私なのよ……」
「代わってあげられなくて、ごめんねエメル」
違う。そうじゃない。
だけど出てしまった言葉は取り消すことはできない。私は言いたい言葉を言えず、泣きじゃくる。駄々をこねたこどものように言葉にならない感情を涙として流す。
メルシーはその小さな手で私の頭を撫でる。母がしたように私を落ち着かせてくれる。
――これじゃあまるでお母さんじゃないか。メルシーの癖に生意気だ
そんなことを思いながら、私はなすがままにされる。
時計の針は12時を指し、私は100と12歳の誕生日を迎える。




