11. 五日目の夜食
夜が来た。
つまり、飯の時間である。今夜の献立は野菜と肉を煮込んだだけのシンプルなスープと、持ち歩いていた非常食のジャーキーだ。
ここに来てから、五日が経つ。
明日で彼女らとはお別れだ。寂しくもあり、ホッとする自分もいる。
ここ二日、エメルはよく家の中で調べものをしている。
食事時になっても外に出てこないため、庭で作った料理を家に運んでそこで食べる形式に変化しつつある。
「夜食できたよ。はい、どうぞ」
「もうそんな時間なのね、少し熱中しすぎたわ」
そう言ってペンを走らせていた本を閉じると、欠伸をしながら背伸びをする。
「何を書いてたの?」
「ん? ああ、これ。ただの日記よ、魔女になってからずっと書き続けているの。もう習慣みたいなものかしら…………読みたい?」
「いいの?」
「ふっ、ダメに決まってるでしょ。対価なしに乙女の秘密を覗くなんてナンセンス。まぁ、どうしても読んでみたいなら、もう一度ここに訪れたらいいわ。そうしたら、特別に対価なしで読ませてあげる」
「うん、次は僕の友達と一緒に来ると思うから、みんなの前で朗読するね」
「そう、なら私はあなたが口を開く前に息の根を止めてあげるわ。感謝しなさい」
顔を見合わせて僕とエメルは思わず腹を抱えて笑う。
生きてきた時間の差はあれど、こうして馬鹿みたいに笑い合える関係も悪くないかもしれない。
見た目はまんま12歳の蒼い髪をした少女だけど、僕よりも長い時間を過ごす人生の先輩だ。彼女が書き記した日記、きっと僕が思っている以上に大切なことが書かれているに違いない。
僕の悩みがちっぽけと思えるほどの、苦悩があったかもしれない。でも、こうして笑えるならきっと大丈夫だ。
笑いも一段落ついたころ、ふとエメルが運ばれた食事を見る。
「あら、私のスープにケチつけてたのに今日はスープなのね。まぁいいわ、スープ作り続けて99年のこの私が、あなたの作ったスープを採点してあげる」
「ケチはつけてないよ。実際エメルの作るスープはおいしかった。でも深層の食材が使えるんだ。色々試してみたいでしょ、自称美食家的に」
「そういうことにしといてあげるわ。メルシー、こっちにおいで。今日は私の隣で食べましょう」
「イエーイ、エメルの隣で食べる」
小さなお皿を自分の隣に置き、黙々とスープを飲み始める。
僕も見慣れた大鍋と向かい合いスプーンではなく、お玉を使ってスープを掬う。
調味料は一切使ってない、黄金のスープ。出汁はモンスターの骨からとって、あとは野菜と肉を適当にぶちこんだ時間のかからない料理だ。
時間のない主婦におすすめの簡単料理。
お味のほうは、いかに。
「いただきます」
片手だけで感謝の意を示し、早速スープを飲む。
一口、スープが舌の上を滑りそのまま喉を通過して、胃の中を温める。すかさず、二口目を頂く。今回は具材も一緒にお玉で掬って、一気に口に放り込む。
咀嚼。咀嚼。嚥下。
「こんなん美味しくないわけ、ないだろ。誰だよ、スープっていう偉大な発明をした人は。天才かよ、まったくよ」
「そうね、同感だわ。どんな料理ベタでも、スープならそれなりに食べられる味になるから初心者にはおすすめよね」
「いや、それは違う。……毒なしで人を殺せるスープを作る人種はいます、料理ベタを舐めないでください」
「真顔で敬語!! 過去に何があったのよ、グラトン」
本当の料理ベタは自分のことを、料理ベタだとは思わない。
奴等は優しくて思いやりがある体を装って、喉元にナイフを突き立てる暗殺者だ。
その上、奴等は悪意がないのだ。それ故に被害者は安心してしまう。それが地獄への片道切符とは知らずに、感謝する。
感謝されると人間嬉しく感じるもので、また同じことを繰り返す。そして、被害者がまた増える。
負のスパイラルはこうして完成するのだ。
料理ベタ、コワイ。
「この世には、知らない方が幸せなことがたくさんあります……」
「ダークマター、ダークマター」
「そう……なら聞かないであげるわ。それにしても、あれね。こうして誰かと話しながら食べるのも、案外悪くないかしら。今まで、食事の時間は無駄な時間だと思っていたけど、認識を改める必要があるわね。食事は楽しいものね、特に誰かと一緒に食べる時は格別ね」
「僕もパーティーの皆と離れて、初めて気づいたよ。みんなで食べる飯のありがたみと、友達がどれぐらい大切なものかって」
「私との食事はお気に召さなかったかしら」
「エメルもメルシーも友達だよ。楽しいに決まってる」
「まぁいいわ、お代わり」
「メルシーも、お代わりを所望する」
「はいはい」
こうして僕たちの最後の晩餐は続いた。
特段豪華でもないシンプルなスープだったけど、僕らにはこれで十分だった。
腹が膨れた僕は、家を出て外に設置されたテントに入る。
夜になると冷えるため、毛布を頭から被り僕は眠りにつく。
「――トン。グラトン」
名前を呼ぶ声が聞こえる。
「グラトン、グラトン。起きてグラトン」
メルシーだろうか、僕は働かない頭で生返事をする。
「グラトン。お手紙あげる、エメルに内緒。サプライズ」
「サプライズ?」
上半身を起こして、メルシーから手紙を受け取る。
そこには大きな文字で、エメルの誕生日招待券と書かれており、右下の日付は7月7日となっている。
僕が仲間とはぐれたのが、7月1日。今は、恐らく日を跨いだので7月6日。別れの日だ。
その次の日が彼女の誕生日らしい。
なんで誕生日会に誘ってくれなかったのだろう、恥ずかしかったのかな。でも、エメルの性格上「私の誕生日を祝うことを、許してあげる。感謝しなさい」って言うと思うんだけど。
こうして、メルシーがひっそり僕に招待券を渡すのを察するに、ただ忘れているのかもしれない。
100と12歳という区切りがいい誕生日会なのに、忘れるなんてエメルらしい。
「うーん。でもなぁ、これは厳しいかも。帰る日を延期しないと」
「帰る日、絶対。魔女は約束破れない。私の魔法も頼れない。だけど、もう一度ここに来て」
「来てって言われてもなぁ……僕もサプライズで驚かせたいけど、正直ここに辿り着く自信がないよ」
魔境の森は広大な領土を誇る、人類三大厄災のひとつだ。
身近にエメルという規格外がいるせいで、感覚が麻痺しているかもしれないが、ここはその深層。
英雄と言われる人類の強者が命を懸けて挑んで、文字通り命を落とすかもしれない危険な場所。エメルがいなければ、僕は虎に食われて死んでいた。
そもそも遠い。恐らく僕がここを目指して止まることなく一直線で走り続けても、一日では無理だと思う。
でも、誕生日は祝いたい。
感情と現実の間で板挟みされる中、僕が出した答え。
「わかった。頑張って、どうにかしてみるよ。絶対に祝いに来るとは約束できないけど、それでもいい?」
「イエーイ」
「イエーイ」
ハイタッチをして、僕らは結託した。
誕生日サプライズ協定はこうして相成った。
もしかしたらメルシーは、エメルの誕生日を祝うために僕を連れてきたのかもしれない。本人に聞いても、きっと誤魔化すだろうけど。
エメルとメルシーを見ていると、僕は幼馴染みを思い出す。
彼らは今何をしているのだろう。
僕を心配しているだろうか、それとも……




